レポート

パート3:国際交渉の真実に迫る(環境問題における世界の対話はどのように進むのか )

気候変動問題をめぐる国際交渉

9月28日(火)

山田 彰氏外務省国際協力局参事官

気候変動問題をめぐる国際交渉のこれまで

山田 彰氏 気候変動枠組条約は、1992年にリオの地球サミットで採択され、誕生しました。そして、どの国がどうするのかという具体的な枠組みを定めたのが1997年に議決された京都議定書です。しかし、京都議定書は、アメリカが離脱したことや、今や主要排出国となっている新興国の中国・インドが温室効果ガスの排出削減義務を負っていないこと、さらに、今後の排出量増大が見込まれる途上国のすべてが削減義務を負わないなどの問題を抱えており、全ての主要国が参加する公平かつ実効性のある国際的枠組を構築する、新しい一つの包括的な法的文書の早急な採択が必要となっています。このような国際情勢を背景として、気候変動枠組条約の下で、現在2つの作業部会が新しい枠組づくりについて議論をしています。長期的協力の行動のためのAWG-LCA(条約作業部会)と、京都議定書のさらなる約束について議論するAWG-KP(議定書作業部会)です。今後の交渉では以下の5点が主要な論点となると考えられます。①アメリカの参加、中国等の取組の国際的なコミットメントをどう実現するか ②排出削減(国際交渉の場では「緩和」と呼ばれる)のための、長期目標、2020年までの中期目標、途上国における森林保全 ③気候変動から生じる海面上昇等の悪影響への適応 ④途上国支援のための膨大な資金需要 ⑤気候変動に対応した技術移転などの国際協力 などが挙げられます。

国際交渉の現実

山田 彰氏 私は、外務省で国際協力などの分野で四半世紀に亘り携わってきましたが、去年最初に気候変動に関する国際交渉に参加した時には、これほど雰囲気の悪い会議はないと感じました。一般的な、途上国と先進国間の交渉では、開発のために資金が必要な途上国側は、自国でも努力するというオーナーシップを持っており、その上で先進国もパートナーとしてそれを援助して欲しいというパートナーシップを念頭に置いた議論になります。しかし、私がこれまでに出席していた気候変動交渉においては、途上国の主張は、先進国に気候変動を引き起こした歴史的責任があり、途上国にはないということ、そして先進国は歴史的責任のいわば補償としてとにかく資金援助をするべきだという議論になってしまいがちです。その交渉は、先進国vs途上国という単純な構図にはなりません。例えば、途上国の中でも太平洋の島嶼諸国などにとっては、早急に対応しなければ国土が海に沈んでしまうという状況にあり、中国・インドなどにも具体策を取って欲しいという立場です。一方、中国やインドは自分達が経済発展する権利を有しており、その妨げになるような義務や国際的な検証などは受け入れられないと主張します。また、産油国は気候変動への対応が進み過ぎた場合、自分達が依って立つ石油の価格下落してしまうことなどへの対応をして欲しいと言っています。さらに、先進国の中でもヨーロッパは排出量取引のマーケットが確立されており、このヨーロッパ式マーケットルールを世界中に広めて有利に立ち回りたいと考えます。アメリカは、自分達なりの動きを自分達のルールでやっていきたいという立場です。

山田 彰氏 また、国際交渉の中では途上国ではG77+中国という交渉グループをつくっており、全体会議の前に予めG77+中国による打合せをした上で交渉に臨みます。この仕組みのために、様々な弊害が発生していると私は感じています。例えば、途上国とひとくくりに言っても、そもそも中国、インド、ウガンダ、ツバル、サウジアラビアの利害が同じであるはずはありません。そのため、本当の意味で各国の利益の擦り合せをするのではなく、先進国を叩くことや、先進国から資金や技術の協力をさせるという点でしか意見がまとまりません。その結果、交渉態度はどうしても硬直的になってしまいます。また、私の経験上の考えですが、交渉が中々上手くいかない原因の一つに、途上国の交渉官の中には必ずしも国益全体を考えられずに主張している場合が少なくありません。そのため、妥協を許さず、原則的、教条主義的な意見を頑なに通そうとして合意の幅を狭めてしまっているのです。それらの交渉官の国の首脳と話をすると、彼らの意見は交渉官よりずっと現実的な場合もあります。また、途上国の交渉官の中には、スキルを買われ雇われた外国人もいます。

ポストCOP16の展望

山田 彰氏 いずれにしても190ヶ国を包括して一つの文書を作るというのは非常に困難な作業で、気候変動問題をめぐる国際交渉は、現実にはなかなか上手く運んでいないというのが現状です。しかし、交渉が上手くいかないからと言って、各国が温室効果ガス削減の努力をやめてしまうことはないでしょう。先進国はもちろん、途上国にしても「努力をしない」とは言っていません。今後の自国の発展のために、エネルギー効率を上げる技術の導入などは避けて通れない道です。今年12月にメキシコのカンクンで行われるCOP16で、具体的な成果や前進があれば、現在の方法が継続されるでしょうし、進歩がなかった場合には、今後の交渉のやり方についても国際社会全体としてその枠組を考え直すことになるのではないかと私は見ています。

※本講演内容は、講演者の個人的見解であり、政府もしくは外務省の公式見解ではありません。