レポート

パート2:日本の文化と生物多様性の調和(今年のキーワード「生物多様性」を考える )

生きものの多様性とつながり

9月21日(火)

中村 桂子 氏JT生命誌研究館 館長

「生物多様性」の本来の姿

中村 桂子 氏 最近、「生物多様性」という言葉を毎日のように耳にします。事実、生物多様性が失われつつあることが大きな問題であり、それを守るために木を植えたり、絶滅しそうな生物を救う等の活動が大事だということは分かるのですが、自然の力と人間の力を考えると、現代社会の持つ価値観を自然重視に変える必要があると思っています。個人の生活、企業の活動共に、生物多様性について考えるとき、次の3点を基本にすることが大事です。
①生物は本来多様なもの (自然の力を生かす)  ②私たち人間も多様な生きものの一つ (その意識で暮らす)  ③多様だが“生きている”基本は同じ(共通性を見る)
 現在地球上には、名前がつけられた生物が170万種存在していますが、まだ知られていない種も多く、実は何千万種もいると考えられています。ところで、これらの生物は約38億年前の海の中で誕生した1つの細胞から始まっています。それが進化をして多様な生きものへと進化してきたのです。もちろん人間もその中の1つです。生きものの世界は、この共通であり多様であるということを基本に置いて考えていかなくてはなりません。

ヒトという生きものの特殊性

中村 桂子 氏 一方で、私たち人間は特殊な側面も持っています。私たちの祖先は二足歩行を始め、文化を持つに至ったわけですが、特に注目すべきことは、今から1万年前に農業を始めたことです。一定の土地で暮らせる生きものの数は、食べ物で決まります。食べ物を作る技術を手に入れた人間は、これによって数を増やすことが可能になったのです。その後、産業革命を契機に人口爆発を迎えます。世界の人口の推移が、産業革命後急上昇しているグラフを見ると、生物学ではkの先に死があることを感じます。現存する人が生き生き生きられるためにどのような生き方を選択したらよいのか真剣に考えなければなりません。今の社会を動かしているのは、お金と科学技術です。その結果、自然を破壊しています。私たち自身が自然なのですから、外の自然を壊す行為は私たちの内の自然をも壊しています。

経済からでなく「生命」から始める

中村 桂子 氏 38億年の年月をかけてつくってきた生命の仕組みを変えることはできません。生命を基本に置いたときに見えてくる重要な分野は、次の5つです。
○食べもの(農業・水産業) ○健康(医療) ○住居(林業) ○心・知(教育) ○環境、とくに水
 これらは、20世紀に文明が大きく進んでいく中で特に問題の多かった分野です。それは、私たちが生命についてきちんと考えてこなかったからです。まず経済ありきで、そのために技術を開発すると、生命はつらくなります。それとは逆に、まず生命が持っている、つまり自然が持っている力をできるだけ生かし、それを基本に技術を開発し、経済を成り立たせるという方向を探りたいと思うのです。私たちは、20世紀に機械をたくさん作ってきました。機械は便利ですが、同時にエネルギーを消費します。それが進歩であり、人間が幸せになることだと考えられていたのです。この時代に重要視されてきたのは「早くできる」「手が抜ける」「思い通りにできる」という利便性です。しかし、そもそも生きものはその本質として早くはできません。例えばイネは、様々な品種改良がなされてきましたが、毎月に収穫することはできませんし、栽培に手を抜くこともできません。工業製品に比べたら思い通りにはなりません。私たちは、そういう性質のものの中で生きているという発想を持って生きていくことが必要なのです。

中村 桂子 氏  球には多様な生きものがいて、それらが38億年の進化を遂げて生態系をつくり、そして今でも生き続け、それぞれの一生を生きています。そして、そのような世界の中で私たちは自分の人生を生き、社会を形成しています。つまり、私達人間の生命と社会は、その他の多様な生きものの世界と重なり合っているのです。この視点で新しい社会システムを作っていきたいと思うのです。