レポート 2012年10月30日(火)

海鳥から見た東京の自然、とくにアホウドリの復活

南北に広大な東京の海では、伊豆・小笠原諸島の島嶼や東京湾沿岸を営巣地として、20数種の海鳥が繁殖しています。これは日本列島で繁殖する海鳥類38種の半数以上にあたり、東京の海が日本でも最も豊かで多様な海域の一つであることを示しています。この数十年間にわたって、伊豆諸島鳥島で絶滅危惧種アホウドリの保護が積極的に取り組まれてきました。その努力の結果、この大型で美しい海鳥は、いま復活への道を着実に歩んでいます。

長谷川 博 氏
東邦大学理学部 教授

 

アホウドリ全22種が絶滅の危機に

東京都は、都道府県別で陸地面積が全国で3番目に小さいのですが、管轄する海は最も広いことをご存知でしょうか。伊豆・小笠原諸島をはじめとする330の島が属していて、海から見ると東京は全国で一番広い都道府県と言えます。その海域には23種の海鳥が繁殖し、これは日本列島で繁殖する39種の海鳥の半分以上を占めているのです。今、これら海鳥は、人間が営む漁業との相互作用、つまり海鳥の餌である魚を人間が獲ってしまったり、海鳥が魚網に引っ掛かったり、はえ縄を食べてしまったりすることや、海洋汚染、さらに陸上においても、人間が持ち込んだ動物による卵やひなへの襲撃、営巣する場所の劣化、人間の接近など様々な原因で、存続の危機にさらされています。こういった危機に瀕している海鳥の数は97種、世界の海鳥の28 %に上ると言われており、海鳥は、人間の生活と離れた場所にいるにもかかわらず、鳥全体の中で最も絶滅の恐れが高いグループです。特に、その中でも厳しい状況にあるのがアホウドリの仲間で、世界中に22種いるうちの17種が絶滅危惧種、5種が準絶滅危惧種となっているのです。

絶滅から再生への道程

アホウドリは、19世紀末から羽毛を採るために乱獲されました。1887年から羽毛採取が始まり、初めの15年間で500万羽位が捕獲されたそうです。今の貨幣価値に換算すると、10万羽捕まえると1億円くらいの輸出価格になるという、当時の成長産業でした。この乱獲によって、1933年には鳥島のアホウドリは数十羽にまで激減しました。戦後、ようやく狩猟鳥獣の指定から解除されたものの、1949年には一旦絶滅したと考えられていました。ところがその2年後、鳥島の気象観測所の方々によって10羽程度が再発見され、保護活動を行った結果、1960年代になると25組くらいが繁殖するようになりました。その後1965年、鳥島を群発地震が襲い火山噴火の危険が高まったことから島は無人となりますが、8年半が経過した1973年、イギリス人研究者のランス・ティッケル博士が鳥島に上陸し、24羽のひなを確認。この調査が終わった直後の彼に私は偶然出会い、これがきっかけとなって「アホウドリの再生」という困難な課題に取り組む決意をしました。

私が初めて調査をした1977年、ひなの数は15羽に減っており、繁殖成功率を高めることが急務となっていました。そこで5年後の1981年、突風などによって卵やひなの事故死を防ぐために、植生が衰退して裸地状態になっていた営巣地に植栽を行って地面を安定させ、巣の形成を促した結果、1985年には50羽を超すひなが巣立ったことが確認されました。しかし、1987年、台風の大雨による地滑りで営巣地が甚大な被害を受けました。その対策として、私達は二つの課題に取り組みました。一つは従来の営巣地に砂防工事を施すこと、もう一つは地滑りの危険性がない場所にアホウドリのデコイを設置し、アホウドリの音声を流すことで、新たな営巣地を形成させるということです。いずれも、その努力が実を結び、2011-12年繁殖期、島全体で合計512組のつがいが繁殖し、353羽のひなが巣立ちました。巣立った幼鳥を含めると、鳥島集団の総個体数は推定3000羽になりました。2019年には5000羽に到達すると予想されています。

アホウドリ、新時代へ

繁殖に成功した結果、嬉しい発見もありました。2010年、鳥島生まれのアホウドリがハワイ諸島ミッドウェー環礁に渡り、産卵をしたのです。その後、ここにもデコイを設置し、更なる繁殖を促しています。今後、果たしてここでも順調に数を増やしていけるかは未知数ですが、自発的にミッドウェーで繁殖を始めたこと自体は、アホウドリ全体が活気を取り戻したような気がしてなりません。

一方、主な繁殖地の鳥島は、日本で最も活発な18火山の一つです。実際、近年では1902年と1939年に大噴火を、2002年にも小噴火を起こしています。もし今後、新たな噴火が起きた場合、また、万が一感染症などが発生した場合などに、アホウドリは再び大打撃を受けてしまいます。そこで、火山のない安全な島であり、かつてアホウドリが繁殖をしていた歴史も持つ小笠原諸島聟島列島に第三の繁殖地を作ろうという動きが始まっています。これまで5年間に70羽のひなが運ばれ、69羽が巣立ちました。そのうち6〜7羽が帰ってきて求愛行動をしました。順調にいけば、2015年位には最初のつがいが産卵し、2020年位には5〜6つがい、2050年位には70つがいが繁殖すると期待されています。

アホウドリが絶滅危惧種から解除される条件は、小笠原でも75組が繁殖するようにならなければならず、これに到達するのは2050年頃と推測されています。そうなれば、小笠原諸島はアホウドリの島になり、小笠原の自然、つまり東京の海の自然が豊かであることを象徴するものになるでしょう。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン