レポート 2012年9月25日(火)

ドイツのエネルギー政策

〜脱原発、再生可能エネルギーと経済成長〜

福島の原発事故が、ドイツの社会・政治・経済に大きな打撃を与え、メルケル政権が目指していた「脱・脱原発」路線が急遽に変更され、2000年に社民党・緑の党によって決議された脱原発が正しい選択であったと再確認されました。ドイツ社会において、この決断は大きく評価され、脱原発が再確認されたと同時に、将来に向けてエネルギー供給の確保が大きな課題になってきています。その結果、ドイツにおける再生可能エネルギーの拡充がさらにスピードアップされました。本講演では、最近のドイツにおけるエネルギー政策をめぐる議論を紹介しながら、日本とドイツの共通点と相違点について考えます。

サーラ・スヴェン 氏
上智大学 国際教養学部 准教授

 

ドイツの“脱原発宣言”〜その長い道のり

2011年に発表されたドイツの脱原発の決定は、福島原発事故の結果、突然起こったものではなく、40年以上続くドイツの市民運動によって支えられてきた長い議論の歴史の結果です。すでに1970年代から、環境保護運動のテーマの一つとして「原子力」は掲げられ、1986年のチェルノブイリ原発事故以前から、まるで日本の安保闘争さながらの反原発デモが行われていました。しかし、何と言ってもチェルノブイリがドイツ人の原発に対する意識を大きく変化させました。その影響は、ドイツの市民運動の勢力拡大に繋がっただけでなく、政治にも大きなインパクトを与え、環境問題を最重要課題として1980年に設立された緑の党は、チェルノブイリ後に躍進し、現在までドイツの重要な政党の一つですし、他の政党の政策にも大きな影響を与えました。このような経緯があり、ドイツで「脱原発」というテーマは、福島原発事故以前から世論に定着していたのです。ちなみに2010年の世論調査では、2/3の国民が脱原発を肯定しています。そうした中で起きた福島の事故後、ドイツ各地では大規模な抗議行動が行われる一方、保守的な地域として知られるバーデン=ヴュルテンベルク州で、戦後ドイツの州選挙では初めて緑の党が第一党になるなど脱原発の気運は急上昇し、当初は「脱・脱原発」を志向していたメルケル政権も政治的な判断を余儀なくされ「脱原発」を宣言。原発8基の稼働を即刻停止(9基が稼働中)させ、2022年までに原子力エネルギーから脱却する方針を打ち出しました。

動き出した“エネルギー革命”

このような脱原発の動きは、それ単独で考えるべきものではありません。ドイツでは常に再生可能エネルギーの拡張とセットで考えられ、最近ドイツでは「エネルギー革命」というテーマで論じられています。その契機となったのは、2000年に作られた再生可能エネルギー法です。これは、再生可能エネルギーの拡張によりエネルギー供給を安定化し、化石燃料への依存を減らす目的で、技術開発の助成、再生可能エネルギー固定価格買取制度の確立、さらに再生可能エネルギーの送電線接続義務や優先接続をするというものです。この結果、当時は地域ごとに4つの電力会社に独占されていた発送電が開放され、現在ドイツには約950社の電力会社があります。現在では、ドイツの消費者は自由に電力会社の選択・変更ができ、多少割高でも再生可能エネルギーを選ぶ人が増加しています。今やエネルギー消費の25%近くが再生可能エネルギーになり、原子力を上回っています。

この「エネルギー革命」は今や世界的潮流になりつつありますが、ここでその必要性について考えてみましょう。まず考えられるのは、コスト面の理由です。再生可能エネルギーは、燃料や原料、そして原発のような高い初期投資や保険料は不要です。また、使用済み燃料の最終処理のコストもありませんし、事故が起きた場合の処理コストも原発ほど高いとは考えられません。総じて言えば、ドイツの消費者にとって、「エネルギー革命」は現時点で家計にとって大きな負担にはなっていないのです。

次に、電力の自給率という理由もあります。当然のことながら、再生可能エネルギーなら燃料輸入率はゼロです。よく、ドイツはフランスから電力を輸入していると言われますが、実際は、全ての隣国と電力網を統合しているので、それらの国々との間で輸入も輸出もしており、トータルすると、ドイツは電力輸入量より電力輸出量の方が多いのが現状です。今後も、燃料輸入に頼らないためにも、可能な再生可能エネルギーの意味はより重要です。

また、再生可能エネルギーには、ビジネスチャンスとしての可能性も大きいという理由もあります。先ほども申し上げましたが、初期投資は原子力より安く、原料はタダなので、長期的に見れば黒字を見込むことができます。一般的に日本は資源が少ないという誤解があるようですが、確かにドイツ同様、日本も化石燃料が乏しい国ですが、再生可能エネルギーの資源は豊富です。特に、冬場は曇天が多いドイツと比べ、東京などは冬でも晴天が多いので太陽エネルギーの潜在力は高いですし、地熱というドイツには殆どないエネルギーもあります。またドイツでは、雇用効果という側面も強調されています。再生可能エネルギー関連の分野では、現時点で40万人の新規雇用が生じたという報告もありますが、例えばそれは、ソーラーパネルや風車の製造側だけでなく、各地元の施工業者などにも仕事が生まれ、地域経済の活性化に繋がっていると言われています。

“エネルギー革命”で新たな世界へ

日本でも、福島原発事故以降、脱原発の議論が高まってきましたが、2011年は、ドイツのみならずスイスでも脱原発宣言が出され、イタリアでは国民投票で原発廃止が決まり、ベルギーでも原発削減計画が発表されました。75%を原子力に依存しているフランスでも、オランド大統領が原発への依存を減らすべきだと主張しています。このように脱原発に向けて、世界は大きく動き出しているのです。2011年に世界で新設された発電施設のうち、43%は太陽エネルギーで、さらに23%は風力であったことから分るように、再生可能エネルギーはすで主流になっています。脱原発とは単にそれだけに留まるものではなく、「エネルギー革命」という大きな国家・社会ビジョンとしてドイツでは捉えられています。つまり、それによって技術立国として経済的競争力を強化する技術推進策であり、エネルギー自給率を高めることによる安全保障強化策であり、当然のことながら気候変動政策でもあるのです。

アメリカ、ソ連、日本という20世紀の三大国に大きな原発事故が起こりました。その現実を踏まえると、ドイツにだけ事故が起こり得ないとはならないわけであり、原発事故防止策としても、やはり脱原発しかないという結論になるのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン