レポート

パート 1 森と水 〜生命の源〜:「国際森林年」である今年、あらためて生命の源である森林の価値、森林と深い関係である水について考えます。日程:7月5日(火)7月12日(火)7月26日(火) 7月5日(火)

地球の生命の源泉〜水と森〜

月尾 嘉男 氏東京大学名誉教授

46億年前に誕生した地球に生命が誕生したのは38億年前ですが、それから34億年間、生命は水中でしか生存できませんでした。ようやく4億年前に植物が陸上に進出し、それ以後、陸上で生命が爆発しました。その生命の大半にとって酸素と淡水は生存に必須の物質ですが、それを枯渇させず地球で循環させているのが植物です。
ところが、わずか600万年前に登場した人間が爆発し、その植物を急速に消滅させようとしています。国際森林年の今年、生命の源泉である水と森と人の関係を再考します。

奇跡の惑星・地球と人類が起こした異常

月尾 嘉男 氏地球は平均表面温度が15℃で、その7割が水で覆われている類い稀な星です。この星に登場した人類は、地球の歴史では大変な新参者です。46億年とも言われる地球の歴史を1年に圧縮して考えると、1月1日深夜に地球が誕生、1週間経って海ができ、その約1ヶ月後に生命が海の中に誕生します。ところが、人間は大晦日にやっと登場するのです。その人間は、現在175万種とされている生物の既知種のたった一つの種でしかありません。この人間の人口が爆発しました。原因は、人間が自分達の都合で自然を収奪してきたことです。もう一つ爆発的に増えたのが一人当たりの消費エネルギーです。1万年前には2,500kcal/日でしたが、現在では250,000kcal/日と100倍になりました。この間に人口は1,000倍に増えているので、100倍×1,000倍=100,000倍ものエネルギーが、地球の歴史では一瞬ともいうべき時間に消費されているのです。これが環境問題の基本構造です。

ところが幸か不幸か、その自然の収奪もあまりできなくなってきました。ほとんどの金属資源や化石燃料は、数十年から100年程度の間に枯渇すると予測されていますし、多くの生物も絶滅しつつあります。また、地下資源を燃やして二酸化炭素を増加させたことによる気候変動も進んでいます。一人の人間が一年間生きるためにどれだけの面積の自然を利用するかを表わすエコロジカルフットプリントの世界平均値は2.7haですが、地球上の利用可能な土地と海の面積を人口で割ると2.1haです。0.6haの不足分は、世界の飢餓状態にいる人々によって補われているという状態です。さらに、酸素を作り出す森林は伐採によって年々減少していることが確認され、毎日安心して飲める水が手に入らない人も13億人にも上ります。

東日本大震災が露呈した文明の矛盾

月尾 嘉男 氏東日本大震災の被災地を訪ね、各地で被害の実態を見てきましたが、そこでは、人間の英知を駆使して作られた構造物がいとも簡単に破壊されていました。その一方で、各地の神社仏閣は難を逃れていたのです。また、何回かの三陸津波の経験を記録した石碑も300基近く残っています。それらの石碑や神社仏閣が建てられている場所の意味を真剣に考えていれば、災害は違ったものになっていたと思います。

私は、現在のような技術がなかった時代に、人間はどのように生きていたかを知ることが必要だと思い、世界の先住民族を訪ね歩いています。そこで分かったことの一つは、どの先住民族も先進諸国の人々よりもはるかに自然を崇拝していることです。例えば、ニュージーランドの先住民族であるマオリ族は、原生林に先祖の霊が宿っていると考え、山に入るときはお祈りをします。日本人も同じような考え方を持っています。日本各地には、山や滝や木などを御神体とする神社が数多くあるように、自然を神として崇拝してきました。

日本の森林文化に誇りを持とう

月尾 嘉男 氏これから自然を守るためには、経済至上主義とは違う考え方で自然を見なければいけないということです。日本の林業は20年前には1兆円産業でしたが、最近では4,200億円に減っています。この数字は木材や椎茸など副産物だけの値段です。しかし、森林は土砂崩れを防ぎ、水を浄化し、酸素を作り出すなど様々な機能を持っています。こうした価値を金銭に換算すると、日本の森林の価値は75兆円になります。さらに、世界の海洋・海岸・森林・草原などの自然がもたらす価値は3,300兆円、世界経済全体の6割に相当するという計算もあります。

その森林の国土面積に占める割合を見ると、日本は67%でフィンランドに次いで世界2位です。しかも世界有数の人口密度が高い国にもかかわらず、森林を維持してきたことは特筆すべきことです。これは、日本人が日常的に利用する「里山」と、神の領域である「奥山」とを区別してきたことに由来します。この奥山から発した水が里山・里川・里海を経て、また雨として奥山に戻るという循環を守るために、祖先は奥山と里山という分け方を考え出したのです。

月尾 嘉男 氏この6月11日に能登半島と佐渡の農業が世界農業遺産に登録されました。これは世界でこれまでに8ヶ所しか選定されておらず、また先進工業国では初めてという画期的なことです。それは日本の農業が自然の循環を維持しながら生産してきたことが評価されたからです。私たちは、日本の伝統的な自然の循環システムを誇りに思い、これからの時代に繋げていく必要があると思います。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン