気候変動・食料・生物多様性の両立統合評価モデルから見る持続可能な社会
現在、150カ国以上の国がカーボンニュートラルの目標を掲げています。なぜ今カーボンニュートラルが必要なのかについて解説し、その実現に向けて私たちがとりうる道筋について考えます。気候変動の抑制と食料、生物多様性保全の関係に触れながら、対策を進める上でどのような点に留意すべきかについてもご紹介します。
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講座ダイジェスト
私たちの研究分野では、温室効果ガスの排出量、生物多様性の指標、食料や土地の利用状況などのシミュレーションモデルをつくり、それを解析することで、必要な対策や行動変容による影響などを調査しています。
2015年にパリ協定が採択され、現在は約140カ国以上が今世紀半ばまでにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げています。CO2排出量の多い国では、おおむね2050年から2070年までにネットゼロ、またはカーボンニュートラルの達成を目指しています。日本は産業が海外に流出している現状もありますが、排出量は着実に減ってきています。
カーボンニュートラルはなぜ必要なのか
産業革命前から現在までに地球の平均気温が約1℃上昇し、対策をしなければ2100年までに約4℃上昇すると見込まれます。しっかり対策を実施していけば、気温上昇を1℃程度に抑えられることも報告されています。
気候変動による代表的な影響が、農業や生態系、人間の健康、インフラなどに大きなダメージをもたらす異常気象です。また、海面上昇も問題で、産業革命前から現在までに19㎝程度上昇している報告があります。温暖化対策をしなければ、将来は80㎝程度上昇するとも言われています。
気候変動は経済にも影響します。私たちの研究では温暖化対策をしっかりやらなければ、将来GDPが世界全体で4%~9%程度のロスになりますが、温暖化対策をしっかりやっていけば1%程度に抑えられることなどが分かっています。
気候変動をどの程度抑える必要があるのか
パリ協定では地球の平均気温上昇を産業革命前から2℃未満に抑える、1.5度未満を目指す目標が掲げられました。また、今世紀の後半にCO2の排出量と吸収量を均衡させることも掲げられました。
2℃目標の背景の一つとなったのが、海面上昇、生物種の絶滅、南極やグリーンランドでの氷の崩壊、地球の海洋中でのエネルギー循環の停止といった、一度起きてしまうと人間の手では元に戻せない不可逆的な影響を避けるべきという考えです。また、惨事の発生確率を上げてしまう気温レベルを超えないようにすべき、気候変動の悪影響が及ぶ傾向のある貧困地域や、脆弱な地域に配慮すべきといった考えも総合的に考慮されました。
しかし、気温上昇を2℃に抑えるCO2排出量のシナリオでは、2050年付近で約3分の1程度にまで減らす必要性や、今世紀の後半で吸収量の方が排出量よりも大きな状態にする必要があることが分かっています。
各国の削減割合も大切です。安く削減できるところで削減する、過去に多く排出してきた先進国がある程度多く削減する、途上国の経済発展機会を損なわないよう配慮する、将来の1人当たりの排出量が各国間で同じになるように削減していくことなどが検討されています。
どの程度の吸収量が必要か
あとどれだけCO2を排出できるかを示す炭素予算(カーボン・バジェット)を考える時に使うグラフからは、気温上昇を何度に抑えるために産業革命前からの排出の合計量をどの程度まで抑える必要があるかを読み取ることができます。それによると2℃目標に抑える場合は、2011年から2100年の90年で、CO2の排出量を1兆トンに抑えなければならないことが分かります。ところが現時点(2026年時点)で、このスタートから既に15年経っており、毎年、世界から350~400億トンを出していて、15年間で概ね合計5000億トンを既に排出したことになります。
これはつまり、2℃を達成するためには、私たちは今世紀中に二酸化炭素を1兆トンしか出すことができないのですが、その約半分相当の二酸化炭素を、最初の15年で既に出してしまっているということです。さらに、今の排出量をこのまま削減することができなければ、残り10年から15年でこの炭素予算を使い切ってしまうことになります。また、突然排出量をゼロにできるわけではなく、徐々に減らしていかなければならないとなると、次の20年ほどでこの排出量をゼロにまで落とす必要があり、そのためには次の20年で排出ゼロに至るように徐々に減らしていく必要があるということを意味します。
温室効果ガスの排出量を時系列に示したグラフでは、航空や農業、セメント、鉄鋼などの産業プロセスで出てくるCO2が、どうしても2100年時点で一定量残ってしまうことが示されています。これらの吸収技術が重要になってきます。
世界全体でのCO2排出量の推移を示すグラフ(水色の部分が1.5℃目標に相当する傾向)では、今世紀後半のマイナス吸収を実現するには、毎年平均100億トン規模を吸収する必要性があることも分かっています。これは現時点で世界全体から排出される量の約3分の1に相当します。
多様化している吸収技術
CO2の削減方法として、エネルギー供給側では再生可能エネルギー、CO2回収・貯留がついた化石燃料発電などの低炭素発電への移行が必要と言われています。IPCCの第6次評価報告書のグラフでは、2050年、2100年までに低炭素発電の割合を100%近くにする必要性が示されています。使う側も電気自動車、電気ボイラー、電炉などの電化を進めていく必要があります。
CO2の吸収技術は、植林やバイオエネルギーとCO2回収貯留技術を組み合わせたものが過去の主流でした。現在はCDR(CO2除去)技術が多様化し、大気中のCO2を回収して地中や海底に埋める技術、農地や牧草地に散布する砕いた玄武岩などにCO2を吸着させる技術、ブルーカーボンなどが考えられています。また、発電所で排出されたCO2を回収し、地中や海底に埋めるCCS(CO2回収貯留)技術も生まれていますが、コスト面で課題が残ります。また、10%ほど漏れることや、その技術が社会に受け入れられるか否かが今後の課題になると言われています。
いつ、どの程度の吸収が必要か
PCCの1.5℃特別報告書のグラフによると、最も左の直ちに対策を実施した場合は、排出量を最小限に抑えられてCO2吸収技術(黄色部分)の必要量も最小に抑えられることが分かっています。最も右の対策の開始が遅れた場合は、今世紀前半の継続的な排出を相殺するために、今世紀後半には大規模な吸収が必要になることが分かります。こういった比較から直ちに強い対策を実施することで、2℃目標達成の実現可能性が高められることが分かっています。
気候変動対策と食料への影響
これまでのように植林やバイオエネルギーだけで吸収しようとすると広大な土地が必要で、土地利用に大きな影響が生じると言われます。また、土地がひっ迫して土地価格が上がることによる食料価格の上昇、炭素税の導入による、生産過程で多くの温室効果ガスを排出する食料の価格上昇も考えられます。
加えて私たちのシミュレーションでは、価格上昇が一部の途上国での食料消費量を落とし、飢餓に直面するリスクを高めることが分かりました。また、温暖化対策を不注意かつ均一的に行うと、そのしわ寄せが行く脆弱な地域があり、それらへの配慮が必要ということも分かりました。
生物多様性への影響
CO2吸収を植林やバイオエネルギーだけに頼った場合は、南米や南・東南アジア地域などの一部の地域で、生物多様性の損失が生じる可能性も明らかになりました。また、気候変動と対策の生物多様性への影響を示すグラフを通じて、気候変動が生物多様性に大きく影響することや、2℃目標に向けた温暖化対策を実施すると、土地改変(青色の部分)が生物多様性に大きく影響するものの、生物多様性の損失を抑えられることを世界で初めて明らかにできました。
私たちにできること
最新のIPCCの報告書では、消費者側の取り組みの重要性も示されました。各部門の削減対策を示すグラフでは、消費者の取り組み(赤色・黄色・青色がついている部分)によって、半分から3分の1程度削減できることが示されています。例えば住宅の断熱やクールビズ、食品ロス削減などです。
この図では暮らしでできる対策と便益を示しています。これらの便益は温暖化対策だけではなく、日本のエネルギーや食料の安全保障の観点でも重要です。気候変動は皆さんの生活にも直結しています。これを機会に皆さんもライフスタイルを見直していただきたいと思っています。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します
分析目的に応じてモデルの実験設定を変えています。短期的な事象は短期的なCO₂排出量を変えますが、私たちのグローバル研究は今世紀半ばや今世紀末までの長期的な傾向や対策に主眼を置いています。そのため、短期的な事象は取り込まないことが多く、他方でそういった事象の影響を見るための研究では短期的な事象を取り込むようにしています。

技術によります。植林やバイオ炭などはすでに利用されています。一方、今回ご紹介したCCS技術などは、実証段階のものが多いものの、アメリカやヨーロッパを中心に民間のプロジェクトベースでの導入が始まっています。しかし、これらの技術によるCO₂の回収・貯留量は、現在でも年間数千万トン規模にとどまっており、世界全体のCO₂排出量と比べると、ごくわずかな量です。

一つのことだけに注目すると、他の事象に悪影響を及ぼすことがあります。そのため、多様な観点で評価・検討し、社会や環境への悪影響を極力抑えられる対策や取組みを提案していきたいと思っています。
