全体テーマわたしと地球のウェルビーイング

市民のための環境公開講座は、市民の皆さまと共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。複雑化・深刻化する地球環境の変化の中で、自然の美しさにふれ、こころのゆたかさを保ちながら環境問題に対し、未来志向で取り組んでいくヒントを探ります。

無料のオンライン講座として通常講座全9回および特別講座を開催します。

福島県の山あいにある土湯温泉が、震災と原発事故を乗り越えながら取り組んできた、持続可能な温泉観光地づくりの実践をご紹介。再エネ事業や地域循環モデル、発酵文化を活かした食のブランディングなどを通じたGX・DX・HXによる「まちのこし」戦略の挑戦と展望をお伝えします。

講座ダイジェスト


土湯温泉の今

土湯温泉では、訪れる人、住む人の誰もが幸せと歓びを感じられる地域を目指し、観光に「歓び幸せ」という字を当てています。また、GX、DXを構築するには、人や組織、風土が大事ということで「人間主義に基づいたトランスフォーメーションも同時に行っていく」という思いを込めて、HX(ヒューマニズム・トランスフォーメーション)という独自の造語を使っています。そして、持続可能という意味で「まちのこし」という言葉も使っています。

千年を超える歴史がある土湯温泉は、国立公園内に位置し、多彩な泉質の温泉が湧き出しています。温泉街の中央には、国土交通省から水質が最も良好な河川の認定を受けている「荒川」が流れています。自然環境と温泉の泉質が健康に有効と評価され、平成11年に環境省から「国民保養温泉地」に指定されました。一方で「限界集落」に位置づけられている地域でもあります。



復興のスタートライン

2011年3月に東日本大震災と福島原子力発電所の事故が発生し、旅館16軒のうち5軒が廃業しました。しかし、これまで、洪水や火事などを乗り越え千年の歴史を歩んできたため、「このまま負けてたまるか」との思いで復興再生機関を独自に設立して復興に取り組みました。まず国土交通省の補助金により、事業期間の5年間で廃旅館や廃屋の復旧・復興事業を行いました。また、2012年10月には、新たな価値創造事業を行うため、まちづくり会社の「元気アップつちゆ」を設立しました。



地域に夢と希望を与える温泉バイナリー発電

震災を機に「これまでの観光資源だけで、果たして将来はあるのか?」と考えました。また、脱原発を目指すべく、再エネに着目しました。もともと土湯には再エネに活かせる源泉と河川があり、温泉熱をロードヒーティングや暖房設備に活用していました。この河川には、大正時代に水力発電会社が存在していた歴史的な背景もあります。

加えて震災前から震災後に至るまで、小水力発電の可能性調査や、再エネ事業の緊急検討委託業務など、有効な事前調査や補助金を活用できました。また、2012年にFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)が発表されました。こうした背景から「復興再生と地域創生の先駆的かつ世界的なモデル地域になれる。疲弊した地域に夢と希望が生まれる。」と考え、再エネに取り組んだのです。



地熱バイナリー発電事業の概要

バイナリー発電の出力は440kW。現在の設備利用率は90%で、ノルマンペンタンという媒体と、温泉としては非常に高い130℃の蒸気、山から引いた冷却水を活用しています。年間可能発電電力量は260万kWで、一般家庭の約800世帯分に相当します。電力は全量をFIT制度により40円/kW(15年間)で売電し、収入は年間で1億円。収入のほとんどが融資を受けた事業費の返済に回っていますが、それ以外をまちづくりに充当しています。



サステイナブルなバイナリー発電の構造

バイナリー発電は化石燃料を一切使用せず、発電に使った後の源泉は従来通り活用できる、100%無駄のない発電です。太陽光や風力とは異なり、24時間安定した稼働が可能です。その構造は温泉とほとんど変わりません。源泉の蒸気・熱水、冷却水を、まず発電所に投入して発電します。その後は造湯槽に取り込んで適温にした後、温泉街に供給します。地熱発電とは異なり、掘削などの必要がないこと、温泉の全成分が変わることなく温泉旅館に流せること、その上で発電できて、売電もできることなどから、地域のコンセンサスが得られました。




東烏川小水力発電事業の概要

小水力発電を行うため、国土交通省の許可を得て砂防堰堤に穴を開けて、44mの落差を作りました。発電量は140kWで、一般家庭の約200~250世帯分に相当します。総事業費は3億円、FIT制度により34円/kW(20年間)で売電し、売電収入は年間約2,000万円です。



売電収入の地域還元

売電収入の一部は、町が全高齢者に配布するバスの定期券購入や、土湯温泉から市内に通学する学生の定期代の全額補助、にぎわい拠点の整備、名産品のブランディングなどに活用しています。こうした土湯温泉の取り組み内容が評価され、非常に多くの視察客が訪れるので、観光振興にもつながっています。



排水を活用したオニテナガエビの養殖事業

水源地からバイナリー発電所に引いた冷却水は、発電所内をめぐる中で21℃前後に暖められます。当初は川に戻していましたが、もったいないと考えていろいろと検討しました。最後にたどり着いたのが、東南アジア原産の温暖な海流で育つオニテナガエビです。養殖が簡単、山の中でエビは面白いなど、さまざまな理由で着地しました。地熱発電への理解促進に活用できる補助金を活用してスタートし、現在はふ化~養殖までの陸上完全養殖で、約2万匹を出荷しています。また、エビを釣り、その場で焼いて食べる観光アクティビティーを生み出しました。



コロナ禍後の「まちのこし」

さまざまな事業の芽が出てきた2020年に新型コロナウイルス感染症が流行し、ある程度整っていた観光基盤を、いかに活用していくかが命題になりました。震災時以上に人流が減る中で「ローカルな温泉地は、人がどんどん減るのは避けられない。持続可能にしていくには人が大事」と考えました。



よく「若者、ばか者、よそ者がいれば、まちづくりはできる」といわれます。若者、ばか者はいても、ローカルなエリアはよそ者の受け入れが難しいため、いろいろな人や団体、企業とつながり、価値を創造するプロジェクトを始めました。今では15の大学や企業、団体と連携協定を結んでいます。

これまでに再エネ、温泉熱の再利用に加えて、自然景観の環境維持・保全も行ってきました。また、EVの充電器設置、子ども中心の学習ツアーも行っています。さらに、アメニティーの脱プラ化、マイバッグやマイボトルの利用、ICTの活用によるテレワーク環境の充実なども進めています。





「新・湯治」に向けた取り組み

人も持続可能にしていくことが、温泉地の使命と考えて「新・湯治」も推進しています。その一環として、温泉街で気軽に購入ができる、発酵料理がメインの温泉メシ「いい醸(かも)つちゆ」をブランディングしました。



その一つのどぶろくは、通称「どぶろく特区」を福島市に取得していただき、土湯温泉で作り始めました。酒米から全部、自分たちで生産する決まりがあり、福島県産の酒造好適米「夢の香」を自主生産しています。



もう一つは納豆です。福島市は総務省の家計調査で、納豆の消費量が日本一である一方で、工場が1軒もなかったため、土湯温泉に「納豆ラボ」を作りました。発酵は温泉熱、水は荒川の水、大豆は県産大豆と、地域の資源を最大限に活用しています。



ご紹介してきた世界基準のサステイナブルな「歓幸地」の創造に挑戦し続けた成果から、2023年8月に東北初、全国では12番目の環境省「ゼロカーボンパーク」の認定登録を受けました。

土湯温泉への観光客は震災前以上に回復し、高齢化率も世帯数も改善してきました。これからも「地方の小さな集落の一つの光になれば」と考え、努力していきたいと思います。


ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1究極のよそ者とも言えるインバウンド客も増えているのでしょうか?また、オーバーツーリズムの可能性もあるのでしょうか?さらに、よそ者ならではの視点により、気づいた地域の魅力はありますか?
回答
インバウンドは、コロナ禍前の2019年比で300%ほど増えていますが、もともとの訪問者数が多かったわけではなく、オーバーツーリズムも起きていません。一方で「さまざまなコンテンツに町全体が温泉熱を活用していることは、非常に興味を持たれるんだな」という気づきがありました。また、外国人の方は体験を非常に重視することに気づいたので、アクティビティーのプロ集団と手を組んだりしながら、体験型アクティビティーをどんどん生み出しています。
質問2温泉が蒸気で噴き出しているのが特徴のようですが、その蒸気をそのままタービンに入れているのでしょうか?
回答
蒸気で出たものを熱水と蒸気に分け、熱水を活用します。その熱で沸点が36℃と非常に低い化学薬品のノルマルペンタンを蒸発させ、その水蒸気の力でタービンを回す仕組みです。ノルマルペンタンは一切温泉には触れず、使い回しができるので、温泉には全く影響がない仕組みになっています。
質問3FIT制度が終わった後は、どのような形で維持をしていくのが理想的な展開なのでしょうか?
回答
FIT制度はランニングコストを補う国の補助金に当たり、買取期間中に設備投資を回収する目的もあります。設備の耐用年数は30年以上と非常に長いので、FIT制度が終わった後は電気を地産地消することを夢見ています。どんどん上がるといわれる電気が安価に得られ「土湯って本当に豊かだね。全部土湯の自然から生み出されているんだ」という地域にできたらいいと思っています。