森と人をつなぐ、森林浴の力
森に入ると気持ちがいい。誰もが一度は感じたことのある森の力は、近年、医学的にも効果が証明され、森林浴の価値が見直されています。森林浴は日本発祥の取り組みとして、世界に認知され、現代人が求める自然との触れ合いの一つとなっており、森と人をつなぐ一つの手段として、健康を支え、山村と都市がつながるきっかけとして、効果から事例までを紹介し、皆さんと一緒に森の新たな価値を考えていきたいと思います。
講座ダイジェスト
日本の森の豊かさと現状
世界の森林面積は陸地の31%、約40億6000万haですが、ここ30年間で日本列島5個分ほどが減少しています。その一方で日本では森林蓄積量(森林を構成する樹木の幹の体積)が増加をしており、特に人工林は、56年間で6倍になっています。人工林がたくさんあるにもかかわらず、維持されているのは、世界的にもすごいことです。
森林には物質生産、生物多様性・地球環境の保全、災害防止、水源涵養・空気の浄化、保健・レクリエーション、文化創出など多くの機能があります。その森林機能の代替を人間が創出しようとすると、年間70兆円ほどの価値になるといわれています。
75年前(1950年)に甲府市で、第1回全国植樹祭が行われました。そのころの日本の森は、軍事用品物資や復興のために多くの木を伐採し、荒れ地になっていました。そこで国は木々を植え始めたのです。植えた苗木が立派な木になるのに、最低で50~60年かかります。その結果として今、日本の森はOECD加盟国の中で、国土における森林の割合(森林率)が第3位と、かつてないほど豊富な状態です。
しかし、皆さんが見かける森は暗い森が多いのではないでしょうか。放置された森は暗い森になります。光が入らないと木が細くなり、土壌に下草が生えません。根っこは土をグッとつかむみ、土壌を強くするので、下草の生えない暗い森は、大雨が降ったときに土砂災害の一因となります。
手入れができていない代表的な理由は、木材価格の影響です。自分が持っている山から60~70年生の杉の立木を売ろうとした時、山主に入るお金は1本あたり約牛丼1杯分ぐらいにしかならないため(山元立木価格)、多くの方が林業から離れ、山を放置せざるおえない状況となっています。
森林を活用する新しい取り組み
近年、農林水産省では、都市と地方の連携や、農林水産に関わりの少なかった企業との共創・新結合による新しいイノベーションが必要として、5月に「地方みらい共創戦略」で「森業(もりぎょう)」の推進を位置づけました (2025.10.15現在) 。また、林野庁は森林空間を活用し、健康・観光・教育などの体験サービスを提供する「森林サービス産業」をつくる挑戦を始めています。
さらに、国が5年ごとに策定する「森林・林業基本計画」には、新たに「山村価値の創造」という取り組みが加えられました。山村や森林の空間を活用して森林サービス産業を育てることで、地域に経済を循環させていく方針が示されています。このような新しい森林の産業は地域住民には新たな雇用や所得の創出を、民間企業には新しい事業の機会をもたらします。また、一般の人々にとっても森林浴などを通じて、心身を健康や豊かな体験を得る機会が増えます。
森林浴と健康効果
森林浴は1982年に当時の林野庁長官が提唱したのが始まりです。その後「森林療法」という言葉が出てきて、2000年代に入ると医療関係者も加わり、森林環境による人体への影響を研究するようになり、森林が身体に良いというエビデンスが発表されました。2020年には、コロナウイルスの感染が拡大し、世界的に自然を求める人が急増したように、現在は森林浴の価値が見直されています。
現在の日本では、高齢化が進み、1年間に亡くなる方3人に対して生まれるのは1〜2名のペースで人口が減少しています。一方で、2024年には年間2万人以上が自ら命を絶っており、ここ数年、働く人の10~20代で心の病が増えているというデータもあります。さらに、2025年6月に横浜市立大学と産業医科大学が発表したデータでは、出勤していてもパフォーマンスが発揮できていない「プレゼンティーズム」状態で働いている方々が仕事を続けることで、日本全体で年間およそ7.6兆円(GDPの1.1%に相当)の経済的な損失が生じていることが明らかになりました。
このような状況下、森林浴には大きく二つの効果があります。森の放出する物質、フィトンチッドが健康に良いことと、森に入ると五感が反応し、病気の予防に役立つことです。これらが相まって自律神経のバランスが整い、ストレスホルモンや血圧が下がることもわかっています。また、がん細胞やウイルスに感染した細胞を攻撃するNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の働きが高まることも報告されています。この効果は森林浴を行ったあとおよそ30日間持続することが分かっています。さらに、睡眠の質の向上や幸福感の高まりといった効果も確認されています。都市の公園を含めた調査では、約40分間の森林浴でこうした効果が得られるとされているので、皆さんも身近な森林公園で森林浴をしてみてはいかがでしょうか。
人類は誕生してから、99.9%を森林で生活してきました。森へ行くと何かが治ると言うより、人間は森林環境に身を置くことで、身体は本来持っている自然と調和する感覚を取り戻し、自律神経のバランスや恒常性が整うとわたしは考えています。
森林と親しむには、まず「森に行きたいな」など、森を想うことが必要です。そして身近な木々に触れてみたり、森の現状や課題について知る機会を得たりしながら、実際に森に出掛けてみて、“自ら森に触れ合う“ことがとても大切です。「自分には森が必要だな。この心地を大事にしたい」という自分の体感を持ってその感覚を得ることで、自然と森の現状や課題に興味を持ち、森林に関わる取り組みに参加してみようという行動に変わってきます。
森と未来の取り組み
私たち「森と未来」が大事にしているのは、森林浴を通じて多くの人たちに日本の森林の現状や価値を伝え、自分ごととして関わりを持つ機会を提供することです。また、あらゆるステークホルダーが日本の森林について理解を深め、互いに価値のある取り組みとして森林との関わりをつくっていくことです。
森林の価値を伝えるために、山村の方々と一緒に地域オリジナルの研修ブログラムを開発しています。また、山村地域で放置された森を森林浴に活用するための支援や、地域の方々が自分たちの地域の魅力を知り、住民が主役になれるコンテンツ作りをお手伝いしています。その他、ここ10年ほどは全国の小学生向けに、森と水のつながりや大切さを伝えるため、元競泳日本代表の萩原智子さんと「水ケーション~森と水の授業~」を行っています。
新型コロナウイルス禍の時期には県外移動禁止が出され、森林環境教育や体験サービスに関わる人は仕事がなくなりました。国からも特段支援がなかったため、全国の森で活動する方々に呼びかけをし、毎年5月4日の「みどりの日」に、森に触れ合う機会を提供する「Go to Forest !」を開催しています。各地で同じ日に森に入るので、一つの地域で少人数の開催でも、全国単位で見れば大きなイベントとなり数百人の方を森にお連れすることができるからです。
森林の現状を理解し、地域と共に森の新しい価値を生み出す「森林浴ファシリテーター」の育成も行っています。参加者だけのメリットだけでなく、地域や森林、主催者も価値を感じられる取り組みとなるよう「三方、四方、五方よし」の視点を大切に、森林浴を取り入れ、森と人が触れ合う機会を創出する役割を担っています。そのほかに講演活動、書籍執筆などの普及・啓発にも取り組んでいます。
日本人の自然観から森の未来を考える
いま世界では、日本発祥の「森林浴」が高く評価され、その価値が広く認知されるようになっています。国際的な基準づくりの動きも検討されており、医療や介護などの分野でも、その効果への関心が高まっています。森と未来では2023年からインバウンドツアーを開催し、海外の方に日本の森林浴を体験する機会を提供しています。ツアーを通じて分かったことは、世界では森林浴のガイド育成団体や研究組織がものすごく増えていることです。また、どの方々も「日本は森林浴発祥の地」とおっしゃいます。
日本人には、「八百万の神」や「畏敬の念」といった自然観があります。日本人にとって森は、ただ木がたくさん生えている場所ではなく、その土地を守る神様が宿っていたり、先祖の大切な記憶が刻まれている大切な場所です。今ある日本の森は、世代を超えて森林を大切にし続けてきた日本人の姿勢であり、その森を見れば自然と向き合う日本人の価値観が伝わります。わたしは「Made in Japanの価値」は日本の森を見れはわかると思っています。ぜひ皆さんも、まずは森林浴に行ってみてください。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

いろいろな地域でサービス産業として取り上げようとしています。例えば年間契約で森をレンタルし、いつでも自由にキャンプが行える場所として提供するサービスや、森林空間を活用してヨガイベントや、子どもの保育園を行っている例も増えています。

初めから危険などのリスクを伝えるのではなく、参加者の自然に対する認識のハードルを上げないことが大切です。主催者側は、危険なものを避けられる時間帯や場所を選び「大丈夫ですよ」と伝え安心していただく。また初めからハードな体験ではなく、「まずは森林浴からどうぞ。森の中をのんびり歩いて気持ちいい体験をしてください」という自然と触れ合うきっかけを作り「森って気持ちいいな」と思ってもらってから、次のアクションに進めていくことも大切です。
