身近な生きものに迫る危機モニタリングサイト1000里地調査から見える生物多様性の変化
人と自然が関わり合いながら維持してきた里山は、近年環境が大きく変化し、ホタルなど身近な生きものたちが絶滅の危機に瀕しています。日本自然保護協会では、自然の変化を早く察知し保全に取り組むため、市民・NGO・行政で連携した全国調査を18年前に開始。調査の結果、スズメなど身近な種が急激に減少していることが明らかとなり、これらの結果をどう生かし持続的な社会を築けるのか、各地の事例などを紹介し、皆さんと一緒に考えます。
講座ダイジェスト
生物多様性の大切さと危機的な状況
生物多様性という言葉をご存じでしょうか。2010年に名古屋で「生物多様性条約締約国会議」があり、以降はさまざまなメディアで報道されるようになりました。しかし、2019年のデータでは47.2%の方が「聞いたこともなかった」とのことで、これからも普及が必要だと思います。
生物多様性について少しご紹介します。何げなく私たちが食べているものは、ほとんどがマルハナバチやミツバチの受粉によって実るものです。マルハナバチの生息にはネズミの古巣が必要ですが、ネズミの生息には森が必要。森には地下水などさまざまなものが必要と、実は私たちの食べ物一つにしてもたくさんの要素が必要です。私たちが豊かで安全な暮らしができるのは、微生物など目に見えないものも含めた生き物同士のつながりや賑わいがあるからで、そのことが生物多様性と呼ばれています。
ところが日本では植物の約4分の1が、両生類は約3分の1が絶滅危惧種になっています。世界でも2013年に約21,000種がIUCN(国際自然保護連合)レッドリストに入っていますが、2022年には41,000種と急速に悪化しています。この状況を改善するため、2021年のG7サミットで「2030年までに生物多様性の損失を反転させる世界目標(ネイチャーポジティブ)」が設定されました。
日本での自然保護の課題
2023年度、日本のカロリーベース食料自給率は38%で、それ以外は輸入されています。食べ物が育つには水が必要なので、私たちは海外の生物多様性を利用して暮らしている状況です。私たちがエビを食べている裏で東南アジアのマングローブ林が壊されてエビの養殖場にされているなど、今の暮らしは自然の恩恵が見えていないことが課題になっています。また、森林に竹林が入り暗くなっているなど、生活や農業の変化で利用されなくなり、森林の質が変化していることや、里山管理の知識や昔の利用文化が失われつつあることも課題です。
つまり、現在は「身近ではないものの変化に気がつかない→失われてもわからないし、守ろうとも思わない→手遅れになってしまう」という状況にあるのです。
モニタリングサイト1000里地調査の概要
身近な自然を守るには、自然と人のつながりを取り戻す必要があり、そのためにも「調べる」ことは大切です。調査をして状況を把握し、結果を多くの人と共有することで、仲間づくりや課題解決の知恵が生まれます。日本自然保護協会はそういった市民調査の利点を生かすためにセミの抜け殻などの「自然しらべ」や、海岸植物群落調査などを行ってきました。今回は「里山」を舞台にした調査をご紹介します。
「里山」は田畑やため池、採草地、人工林などの多様な環境で形成され、そこに依存した生き物が多く見られる場所で、里山の生物多様性は、農林業の営みを支え、人々の暮らしにさまざまな恵みをもたらしてくれます。このような里山は1990年代前後からその荒廃と生物多様性の悪化が問題視され、2002年の「新・生物多様性国家戦略」では、生物多様性の危機の1つとして「里山の荒廃」が定義されるまでになりました。
そのような中、2003年に環境省は「モニタリングサイト1000事業」を始めました。具体的には、自然の変化を早期に発見し、原因の把握と悪化を抑制することを目的に、日本のいろいろな生態系ごとに1000カ所の調査地を設定し、100年間調査する事業です。私たちが市民団体と協力してモニタリング調査の手法検討を行ってきた経験から、環境省に「里山は地域をよく知る市民が調査をするのが一番いいのでは」と提案したところ、2005年から事務局を務めることになりました。そして5年ごとに調査地を募集する形式で、2008年から全国の約200カ所で「モニタリングサイト1000里地調査」を開始しました。
調査項目は現在8項目あり、その中から自分ができる調査を選んで調査サイトとして登録します。18年間の調査を通じて約5,700人が調査員として参加され、18年間で得られたデータは約298万件に及びます。
18年間にわたるモニタリング調査の結果
特に注目すべきことは、身近なチョウ類の33%、鳥類の15%の種が急速に減少した結果が出ていることです。特にスズメは1年間で3.6%減っていることが分かりました。また、日本固有種のセグロセキレイが、その2倍ぐらいの勢いで減少していることなども分かりました。この2種類以外に、どんな鳥やチョウが減少しているかを表にまとめました。私もどこでも見られた身近な種が減っていることに驚きました。
次に生息地や生息環境ごとの個体数の変化です。繁殖期に森と開けた場所の両方使う「里山の鳥」、繁殖期に開けた場所しか使わない「農地の鳥」が、減少していることが分かりました。特に「農地の鳥」は2015年を境にぐんと減り続けています。チョウも開放地にいる種(開放地性)だけが減少していることが分かりました。
気候変動の影響も調べています。南方系と非南方系のチョウに分けて分類したところ、南方系のチョウが増えている結果が得られています。
外来種の記録個体数の経年変化も調べました。侵略的外来種とされ、生態系に大きな影響を与える鳥類のソウシチョウとガビチョウ類は、どちらも記録個体数が増加傾向にある結果が得られました。また、分布域の拡大傾向も見られました。
哺乳類はセンサーカメラによる撮影頻度で計算しています。イノシシ、ニホンジカとも撮影頻度が増加傾向で、特にニホンジカが増減率20.1%と、見られる頻度も撮影された地点も増加していました。
草原性の植物・チョウ類・鳥類の記録種数に影響を与えている要因も解析しています。気温上昇が記録種数の減少にもっとも強い影響を与えていることや、予算獲得を伴う保全活動の実施が、種数の増加につながっていることが分かりました。しかし、調査参加団体で外部資金を獲得している団体が少ないことも分かっています。
一方で168サイトのうち65%のサイトで、調査結果を普及活動や保全活動、学校教育などに活用していることが分かりました。また、環境を改変する行為の改善にも活用されています。例えば千葉県の調査サイトでは、照明に近い区間のホタルが減少傾向にあることを行政に示し、照明が当たらないような工夫をしてもらったところ、ホタルが増えました。
今回の調査結果から、保全活動が活発にされている調査サイトのような場所でも年々生き物が減少していることから、保全活動がされていない里山では、より深刻に生物多様性が損なわれている可能性があることがわかりました。また、農地・湿地などの開放地性の生物が減っていることから、環境保全が急務なことも分かりました。これらの結果をもとに、日本の里山を守るための対策に役立てていくことが期待されます。
里山を守るために私たちができること
最後に里山を守るために、私たちができることをご紹介します。まず、いろいろな季節に生き物がいるところに行き「触れてみる」こと。また、季節のものや近くでとれたものを「食べる」ことで、暮らす地域にある自然の魅力を知ることができます。さらに生き物を守るお米、生物に優しい商品などを「選ぶ」ことで保全に寄与することができます。加えて見た生き物を調べるなど、他の生き物や自分とのつながりを「学ぶ」ことも大切です。
これらの他に里山を「守る」保全活動に参加することや、生物に出会って感じたこと、学んだことなどを家族や友だちに「伝え」たり、SNSなどで活動を紹介したりすることも大事です。また、保全活動を加速するために「寄付をする」ことも、できることの1つです。このように私たちができることはたくさんありますので、どれか一つでも始めていただきたいと思います。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

バイオームさんのアプリをお勧めします。アプリを通して生き物を知ることができ、全国の調査にも参加できます。身近な生き物がいろいろな場所で調査されると、そのデータが活用され、知らないうちにさまざまなことに貢献することもできます。

自然は暮らしの根底にあるものなので、生き物や生物多様性を守る活動はいろいろな社会課題の解決も同時に貢献できるようにしていきたいと思っています。また、たくさんの人がそれぞれの得意なことを活かして、教育、福祉などさまざまな分野と連携しながら、楽しく自然を守る取り組みを進められるのがベストと思っています。皆さんもぜひ自分の得意なことを入口に、自然を守る活動に参加していただけるとうれしいです。
