漁業創生で目指す持続可能な水産資源と食の未来
私どもは、海産物を通じて食を提供する企業として、漁師や水産関係者の皆さまと共に共栄共存をはかりながら、気候変動により大きく変化する海洋環境をはじめ、さまざまな課題に向き合い、未来へとつながる魚食文化のあり方を模索しています。本講演では、いくつかの取り組みをご紹介しながら、持続可能な水産資源と食の未来について、皆さまと共に考える時間を共有できれば幸いです。
講座ダイジェスト

増え続ける世界の水産物消費量
私どもは2010年ごろから漁業創生という取り組みを続けてきました。そのきっかけとなったことの一つが魚食増加への危機感です。回転寿司で人気が一番高いサーモンと次に人気があるマグロは、ここ数年で仕入価格が非常に高騰しています。その背景となっているのが、世界的な食用水産物の消費量増加です。世界の1人当たりの年間水産消費量は、ここ50年間で2倍ほど増加しており、2018年の20.5㎏が、2030年は21.5㎏になると推定されています。人口の増加に伴って世界中の水産物消費量が増加し続ける傾向にあるのです。
日本は2018年で45㎏と、世界で一番消費量が高かったのですが、2000年ごろから徐々に低下しています。共働き家庭の増加などによって家庭での調理時間が減少したことが、一つの要因とされています。また、欧米の洋食普及などの食の多様化や、レトルト食品への移行、漁獲量低迷による魚価高騰なども要因になっていると思われます。
漁獲されている魚介類は横ばいで、養殖が増加しています。生産量は増加傾向ですが、水産物の需要増を考えると決して安心はできません。また、ロシア・ウクライナ問題などの世界情勢によって、空輸ルートを迂回したり、海上輸送にするなど、輸送法に影響が生じて仕入価格が高騰することも心配されています。
気候変動により忍び寄る危機
魚食の危機と切り離せないのが気候変動です。日本近海では平均海水温が2022年までの100年間で約1.24℃上昇しています。海水温が約1℃上昇すると、魚が受ける影響は10℃上昇と同じ程度と言われています。人間のように服を脱ぎ着できない魚は、海水温に合わせて生息地を変えるしかありません。捕れる魚が変わってしまうと、魚の大きさや種類によって加工技術も施設も異なるので、流通させる術がなくなるなど漁業従事者が大きな影響を受けてしまいます。
漁業創生に取り組み始めたきっかけ
水産業を取り巻く不安要素は10年以上前からありました。私どもは1次産業にもしっかりと目を向け、一緒になって課題に取り組んでいかなければ、海産物を安定的に届けられなくなると感じ、漁業創生に取り組み始めたのです。
私どもは輸入する食材が非常に多いのですが、漁業創生に取り組み始める前は漁食量が増え始めていたものの、円高も重なっていたため強い危機的はありませんでした。しかし、輸入に頼っていると、円安時に安定した価格で提供できなくなるという危機感がありました。そのため国産の魚にも更に注目するようになったのです。また、当時から漁業従事者の高齢化と減少傾向が見られたので、何ができるのかを考えた結果、漁業創生にたどり着いたのです。
釣り好きの社長が各地に釣りに行った際、漁業関係者と話をする中でいろいろな課題が見えてきました。例えば「とてもおいしいのに市場では買い手がつかない。身内で食べるけれど多くて廃棄せざるを得ない」といったことです。そのことを通じて現場の声を聞くのが非常に重要と気づき、バイヤーなどが各地の漁港を訪ねて、生産者の話や困りごとを聞くようになりました。そして一緒になって漁師さんたちの収入源につながる取り組みを模索するようになったのです。
一船買いのスタート
ある時、燃料費や人件費をかけても安定収入につながらないからと、定置網の廃業を考える漁師さんと出会いました。定置網は入る魚種も大きさもさまざまで、中には小さくて商品にならない魚もあります。そこで何が捕れたとしても1隻の船で捕れた魚をすべて買い取る一船買いを提案したのです。私どもも多種多様な魚種を商品化できるので、Win-Winな取り組みになりました。
「魚育(うおいく)」の開始
一船買いがきっかけで、捕れた魚のうち小さくて寿司ネタに加工できない魚を別のいけすに運んで育てる「魚育」という畜養を行うようになりました。寿司ネタにできるサイズに育てた後に加工・商品化するのです。また、低利用魚の活用にも取り組むようになりました。例えばボラやシイラを海鮮丼の端材などに使うことで、漁師さんに収入源として還元しています。
すべてを使いこなす「くら寿司 さかな100%プロジェクト」
魚から骨や内臓などを除いて、商品化できる部分は40%です。そこで海鮮丼への端材利用のほか、骨のまわりに少し残る身からつくったコロッケなど、商品化できる部分を60%にまで引き上げました。また、魚のアラなどを飼料・肥料にし、100%有効活用することにも成功しました。さらに、飼料・肥料を養殖業のエサとして活用し、養殖した魚を商品化して店舗で販売する「循環フィッシュ」というサイクルも築きました。これらを「さかな100%プロジェクト」と呼んでいます。
加えて未利用魚の活用にも取り組んでいます。例えば海藻が主食で、磯臭い独特な風味により市場に出回らない「ニダサイ」という魚です。ウニにキャベツを与えた例をヒントに、キャベツを与えてみたのです。それを「キャベツニザダイ」の名で商品化したことがありました。
水産専門会社「KURAおさかなファーム」の設立
水産専門の子会社「KURAおさかなファーム」も設立しました。今では自社養殖で「オーガニックはまち」を生産したり、「スマート養殖」という委託養殖に取り組んだりしています。スマート養殖はAIを活用した画像解析によって魚の満腹度合いを図りながら、効率よくエサを与えられるスマート給餌器を利用するものです。この委託養殖は、KURAおさかなファームでスマート給餌器や餌にかかるコストなど負担し、更に出荷時には全量買い取りをお約束させて頂いているので、生産者は安心して生産に注力頂け、私どもも安定した仕入が出来るというメリットがあります。
海にいる魚の種類は約15,000種類ほどといわれます。そのうち食べられている魚はまだ500種類ほどで、流通していない魚はたくさんあります。未来の子どもや孫にまで、栄養が高い魚食の文化を残していくためには何をすべきかを考えながら、今後も漁業創生に取り組み続けたいと考えています。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します
質問1くら寿司さんは加工技術や、スマート養殖のノウハウ提供、漁業者の次世代の育成など、人の支援が多い印象がありますが、それらを意識されているのでしょうか?
回答はい。意識しています。私どもは仕入れる魚がなくなることが致命的なため、漁業に従事する方々の困りごとや、直面する課題を一緒になって考えています。また、スマート養殖は長年の経験を持つ生産者の知見を交えて「魚がこういう動きをしているから、こういうふうにやらないといけない」といったデータを織り交ぜながら、AIに学習させていった経緯があります。その結果として新規参入者が漁業に従事するハードルを下げることにも、わずかながらですが貢献できているので、支援は大切です。

質問2養殖や天然魚の漁獲ではなく、あえて魚育に取り組むメリットを教えてください。また、新しい魚育に取り組む予定はあるのでしょうか?
回答一船買いは商品化できないと費用が出て行く一方なので、持続的に利益を得られるようにする必要があります。また、小さい魚や数量が取れないものを魚育すると、全国の500店舗以上に供給するには足りなくなってしまいます。そこでまずはハマチやマダイなどの比較的小さい魚でも、天然で定置網にかかりやすい人気魚種を中心にスタートしました。それ以外の小さい魚は、大阪にある天然魚の市場「くら おさかな市場」で販売しています。今後はまだ知られていない魚でも、商品化して流通させることで需要が高まるのであれば、魚育する可能性はあります。

質問3今まで日本人にあまりなじみのない魚は、実際に食べられているのでしょうか?
回答最近はシイラやパンガシウスが日本国内で流通し始めましたが、スーパーなどでは焼き魚やムニエルで販売されているようです。実はびんトロも脂身が多く、酸化による変色や鮮度問題があったので、最初は流通していなかったのです。漁師さんたちが非常においしい魚として食べる程度でしたが、回転寿司で普及し始めるとおいしいさが認知されて当たり前になったのです。今後もそういった魚種はたくさん生まれると思いますし、匂いや味付けを変えたりすることで商品化できる可能性もあるので、私たちもどんどん商品化していって、全国に店舗を持つ強みで流通させていきたいと思っています。
