市民のための環境公開講座2024

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9/4 18:00 - 19:30

大規模自然災害に備えた生態系減災

一ノ瀬 友博 氏 慶應義塾大学環境情報学部 学部長・教授

気候変動は、集中豪雨の増加や台風の巨大化など災害リスクを増大させると言われています。加えて、日本は地震や津波といった気候変動とは関係のない大規模災害のリスクも高い地域です。人口が急激に減少し、超高齢化社会を迎える中で、私たちは大規模自然災害に備えなければなりません。その切り札の一つとなるが生態系減災です。自然を再生し、持続可能な地域づくりを実現する生態系減災について解説します。

講座ダイジェスト


温暖化とともに高まる大洪水のリスク

温暖化は年々進んでおり、このままCO2やメタンガスなどを放出し続けると、2100年までに1850年に比べて4℃以上5℃近く平均気温が上がるといわれています。気温が上がることによる海面上昇も予測されていますが、今のまま温暖化が進むと、1900年と比べて2300年には6mから最大15mも海面が上昇すると予測されています。それは長い地球の歴史の中でもなかった急激な変化です。



一方で平均気温が2℃上昇すると降雨量が1.1倍に、河川に流れる水が1.2倍になり、洪水の頻度が2倍になるといわれています。頻度が2倍になると、200年に1回しか起こらない規模の洪水が100年に1回起こる可能性があります。また、4℃上昇すると、洪水の頻度が4倍になり、200年に1回の洪水が50年に1回になると考えられています。



大切なのは、災害リスクの低減

災害は自然現象によって引き起こされますが、人が影響を受けることで初めて災害といわれます。災害を防ぐためのいろいろな研究がされていますが、私たちが自然現象をコントロールすることは非常に難しいので「災害リスクを低減する=自然現象があっても被害がないようにする」取り組みが進められています。



災害のリスクを決める、非常に簡単な数式があります。



「ハザード」は自然現象です。「曝露」は災害に遭いそうな場所に人がいたり、大事なものがあったりする状況です。「脆弱性」は地震が多い地域なのに、石を積んだだけの家に住む、津波が来る地域なのに、津波に対する知識が住民になく、避難訓練もされていないことなどです。これらがリスクを大きくしてしまうのです。「キャパシティー」は個人やコミュニティ、組織の許容力で、災害に何らかの備えをしていたり、助け合えたりする場合に大きくなります。つまり、キャパシティーを大きくしていくと災害のリスクを下げられるのです。

注目を集める生態系減災

災害のリスクを下げることを、英語でDisaster Risk Reduction=DRRと言います。その方法のうち生態系に基づいて災害のリスクを下げるものをEcosystem-based Disaster Risk Reduction=Eco-DRRと呼んでいます。日本語に訳すと「生態系を基盤とした災害リスクの低減」ですが、私は「生態系減災」と呼んでいます。



生態学では、攪乱(災害の元となる自然現象)は生態系を維持する役割もあり非常に重要とされています。一方で健全な生態系が、私たちを災害から守ってくれることは古くから知られていましたが、スマトラ沖地震による津波被害があったころから、きちんと減災のしくみに位置付けて、機能を発揮させることを重視するようになってきました。というのもスマトラ沖地震による津波被災地から「マングローブが津波の威力を軽減した」といった報告があったのです。このように生態系減災は、生態系が発揮する機能の一つです。



防災面でも生物多様性でも効果がある生態系減災

地震、台風、豪雨など、日本は干ばつ以外の災害が全てある国です。その日本の人口は、2008年ごろをピークに急減し、2100年には4000万人前半のレベルになるといわれます。急激に人口が減るということは、これからは危ないところに住まなくてもいいということです。



また人口が減少する中、堤防や防潮堤などの防災インフラを新しく造るどころか、予算確保が困難で維持・更新でさえかなり厳しくなるといわれています。そういったインフラをどうするかが大きな課題の一つですが、防災と自然再生などをうまく組み合わせた生態系減災が向いていると考えられています。




日本には生態系減災といえるさまざまな技術があります。その一例が渡良瀬遊水地です。巴波川、思川、渡良瀬川の合流地点にあり、利根川に流れ込むところをせき止める形になっています。2019年の台風19号では、貯水量の94%に当たる1.6億㎥もの水をためました。渡良瀬遊水地でためられなかったら、東京の低地部東側の一帯で大きな浸水被害が発生する可能性があったといわれます。一方で遊水地内に建てられた巣塔でコウノトリが繁殖するようになるなど、野生生物の生息地としても重要な場になっているため、ラムサール条約のラムサール湿地に登録されています。




古くからある「霞堤」も生態系減災といえます。川の堤防が少し切れていて、不連続になっています。川が増水したとき、意図的にあふれさせて水を田んぼの方に流し込み、下流での被害を防ぐしくみです。かつては日本各地にありましたが、農地に水がたまってしまうので農家から厄介者扱いされ、多くのところで堤防が閉め切られてしまいました。




しかし、霞堤のような大雨時に水がたまりやすいところは、生き物にとって暮らしやすい場所でもあるようです。私の研究室で学んだ学生が、コウノトリを題材に調べたことがありました。福井県が発信機をつけて放鳥したコウノトリの滞在場所を分析し、土地利用やさまざまな環境要因などからコウノトリが好きな場所を明らかにしました。するとコウノトリは、洪水時に浸水被害や土砂災害に遭いそうなところとなどの、私たちにとってリスクがあるところが好きということが見えてきました。日本全国でも分析をしてみたところ、コウノトリが好きそうなところと、危ないところがかなり重なることも分かってきました。




人口が急減するこれからは、できるだけ危ない場所に住むことをやめて、そういった場所では自然再生を進めていくことが、人間にとっても生き物にとってもWin-Winと思うのです。人口減少を逆手に取った対策は、日本だからこそできることでもあるので、今回示したコウノトリなどを一つの指標にして、生態系にとっても幸せな未来をつくりたいと考えています。



ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1災害リスクの高い土地は自然再生を優先したいので、これ以上開発しないといった法規制などは進んでいるのでしょうか。

回答一番厳しい規制がかかっているのは土砂の崩壊で、ハザードマップなどが全県で整備されています。土砂崩れが起こりやすい危険地域が2段階で指定され、最も危険なところは住居を建てられません。それに対して水害や津波は厳しい規制がされていません。ハザードマップを発表しながら、自治体が立地適正化計画を策定し「そこに住むのは勧められません」と言ってはいますが、何の規制もかかっていない例があります。

質問2霞堤の場合、田畑の所有者との合意形成は、どのようにされているのでしょうか。また、霞堤が作られた時代、田畑の所有者は甘んじて受け入れていたのでしょうか?

回答霞堤が造られたのは、合意形成などを考えるような時代ではありません。下流に城下町や、災害が起こってほしくない地域があるため、為政者が造ったものなので、農家は被害を受け入れざるを得なかったと思います。ちなみに現代では水があふれて農作物が被害を受けた場合、保険でカバーされることがありますが、大量に流れ込んだごみが残ることがあります。それを撤去して廃棄処分するのは、全て農家の負担になってしまうようです。

質問3今後の大規模自然災害に対して、行政はコンクリートの護岸のようなもので洪水を抑え込んでいく発想なのでしょうか。それとも生態系減災などを、もう少し採用していくようなビジョンを描いているのでしょうか。

回答国土交通省で河川防災を担う河川局は、基本的に河川区域(川の堤防と堤防の間)とのことを扱ってきました。しかし、それだけでは気候変動による洪水を防げないことが明確になってきたので、この数年は流域全体で使えるものは何でも使う方向に政策を大きく転換しています。例えば森林や湿地などで一時的に水をためたり吸収したりする、農地もあぜの高さまでなら一時的にでも水をためて、下に流すのを少しでも遅らせることなどです。