【受講料】
各パート(全3回)1,500円(学生 1,000円)
【定   員】
250名
【時   間】
18:30〜20:15(受付開始 17:45)
【場   所】
損保ジャパン本社ビル2F大会議室講座開催場所地図

パート2次世代へつなぐ 生物多様性9月2・16・30日(火)

9月30日

生物の多様性を実感するために〜動物飼養の現代的意義〜

中川 志郎 氏  財団法人 日本動物愛護協会 理事長

先日ニュースで伝えられたように、2008年9月25日に佐渡島でトキが放鳥されました。人の手で育てられてきましたが、かなりの飛翔力があるのを見て私は感動を覚えました。トキのクチバシの先端は大変柔らかく、まるで人間の指先と同じ敏感さで、水中のエサを探すのに使われます。このクチバシで人を襲うようなことはありません。そして、あれだけ深い山があるにも関わらずトキは農耕地のすぐそばに巣を作ります。つまりトキは「里の鳥」であり、人と一緒に生きていくようになった動物なのです。ですから、今後この試みが上手くいくかどうかは、島の人々・環境とトキが一体になれるかどうか、言い換えれば「里のトキ」という考え方が島の人全てに浸透するかどうかにかかっているのではないでしょうか。

トキに代表される絶滅危惧種の動物の保護には、「生息地の中で保護する」「生息地の外で保護する」という2つの考え方があります。前者は当たり前のことですが、人間が出来ることの一つとして、滅びかけている種を外に連れ出して保存するという方法があり、動物園・植物園もその役割を担っています。これが動植物園の現代的意義です。

地球上の生物は、今から38億年前に単細胞生物が生まれて以来進化を続け、現在3000万種類とも3500万種類とも言われる多様な生物に分化しました。それらは他の生物との関わり合いの中で生きてきたわけですが、文化を持つようになったヒトだけはその関わり合いを無視してきたのです。他の生物に対して、人間のために役立つかどうか、儲かるかどうかばかりを考え、生き物同士の関わり合いという視点が抜け落ちてしまいました。なぜこんなことが起きてしまったのでしょう? 

今、地球上の人口の50%は都会に住んでおり、2030年には70%にまで増加するそうです。都市に住み自然から離れた環境の中で、ヒトは自然を理解することができるのでしょうか。ある程度の知識はある、しかし生き物として自然の実感を持たない…そんなヒトが増えているのではないでしょうか。私はWWFジャパンの理事も務めています。海外には100万〜300万人のWWFのメンバーがいますが、日本では未だ5万人に達しません。お金は世界14位の金額を集めていますが、サポーター数は下から数えた方が早い位です。自然と自分との関わり合いが実感として迫ってこない事情が、ここに表れているように思われます。今の私達ほど生き物同士の関係性を無視して生きている動物はいません。なぜならほとんどの動物は環境に自分の体を合わせて進化してきたのに、人間の場合は、自分はそのままで環境を変えることによって増殖してきた動物だからです。

実は、人間と他の動物の差はほとんどありません。例えば人間とチンパンジーの差はDNAレベルでは1.23%しかなく、ウマとシマウマ程度の差でしかありません。では何が大きく違うのかというと、個人の中に積上げてきた知識・経験・体験を意識的に「伝達」できるということです。他の動物は「学習」はするけれども「教授」はしません。私達は、他の生物との関係性を希薄にしてしまっている現状を、この「伝達」という力でもう一度蘇らせる必要があるのではないでしょうか。

今、福岡市動物園、井の頭自然文化園、富山市ファミリーパーク、よこはま動物園ズーラシアなどをはじめとした各動物園では、ツシマヤマネコなど希少動物の保護・繁殖事業に積極的に取組んでいます。しかもこれらは、各動物園が単独に取組むのではなくネットワークを持ってノウハウなどを共有しながら、野生動物の絶滅を防止する体制になっています。動物園の評価として来園者数ばかりが話題にされる傾向にありますが、こうした取組みにより、なぜ保護・繁殖事業をする必要があるのか、動物達に差し迫っている現状を皆さんに知り、実感して貰うことも動物園の重要な役割なのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン