【受講料】
各パート(全3回)1,500円(学生 1,000円)
【定   員】
250名
【時   間】
18:30〜20:15(受付開始 17:45)
【場   所】
損保ジャパン本社ビル2F大会議室講座開催場所地図

パート2次世代へつなぐ 生物多様性9月2・16・30日(火)

9月16日

「かつて普通の、今絶滅危惧種」から考える日本の生物多様性の危機

鷲谷 いづみ 氏  東京大学大学院 教授・日本学術会議 会員

アカハライモリ、ニホンイシガメ、トウキョウダルマガエル、ゲンゴロウ、メダカ、マルタニシ…といった生物は、かつては特別珍しいものではありませんでした。しかし、これらが今は少なくなって絶滅危惧種(レッドリスト)に指定されるようになりました。一昔前まで普通に目にしていた植物、昆虫、淡水魚、両生類などがリストアップされるということは、それだけ日本の自然環境の変化が大きいということを表しています。

では、その衰退要因は何でしょうか。現実にはいくつもの要因が複合的に作用しているのですが、網羅的に挙げてみますと… 

  • 1.里地里山などの開発
  • 2.森林利用の変化
  • 3.農業形態の変化(農薬の多使用、圃場・水路・ため池などの整備)
  • 4.農業における休耕化に伴う管理放棄
  • 5.侵略的外来種
などが考えられます。

日本列島で人間活動が始まってから、何万年もかけて、ヒトの活動と自然との調和が出来上がってきました。この中で重要な役割を果たしてきたのが「攪乱」です。攪乱とは、植物生態学において、植物体や植生を破壊する作用のことを指します。自然の攪乱に、火山の噴火による泥流や山火事で、暗く鬱蒼とした森林が破壊されたり、風害で木が倒され、植生に隙間が生み出されるなどの例があります。一方、伐採、野焼き、採草などの人為的攪乱もあります。これらの行為で植生を破壊し、穴を開けることにより、競争力の強い植物種だけが優占する単純な植生になることを抑制し、ほどよく多様な植生を保つことに貢献しています。つまり、攪乱が多様性を作り出すのです。例えば、川は増水、土砂の堆積、浸食などの攪乱が絶えず起こる変化に富んだ環境です。この定期的な攪乱を乗越え、うまく自分の生活に取り込めるような生物が、川辺で生き残ることができるのです。

一つの例として、サクラソウに注目してみましょう。サクラソウは、かつては草原、用水や田んぼの周り、河川敷などで割合普通に見られました。元々は火山活動によって森や草原が焼けた後の場所などに自生し、火山による攪乱とともに進化してきた植物だと推定されています。そして多くの植物同様に、サクラソウは種の保存のために花粉を運ぶ役割を昆虫に託しています。花粉を媒介する動物のことを「ポリネーター」と言いますが、サクラソウの場合にはマルハナバチがそれに当たります。このマルハナバチは、定花性と言ってある時期に同じ種類の花だけに専門化して訪れる性質を持っており、違う種類の花を次々と訪れる昆虫より受粉の効率が良いため、サクラソウの健全な繁殖のために必要な昆虫です。特に、トラマルハナバチの女王バチに訪れてもらうためにサクラソウは進化してきました。しかし、そのトラマルハナバチが生きるためには、サクラソウが花をつける以外の時期にもトラマルハナバチが訪れることができる他の花が咲き続けていなければなりませんし、営巣するためのネズミの古巣も必要です。つまり、これらが揃っている環境がサクラソウにとっても同時に必要であると言えます。

生物が一種だけで生きていくことは難しく、エサになる生物、共生関係を持つ相手、その相手が生きていくのに必要な生物…と繋がり合っているのです。かつての生物学においては、適者生存のような競争関係ばかりを強調していた面がありましたが、最近は同時に共生関係も重視するようになってきました。冒頭で絶滅危惧種が増えているという話をしましたが、それはその種だけの問題ではなく、その種が色々な生き物と関係を持っていて、そのネットワークがおかしくなってしまうということを心配しなくてはならないのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン