市民のための環境公開講座2024

市民のための環境公開講座は、市民の皆さまと共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から “ゆたかな” 暮らしを考えていきます。

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7/17 18:00 - 19:30

生物多様性のモニタリングを通じたネイチャーポジティブな社会の実現支援

藤木 庄五郎 氏 株式会社バイオーム 代表取締役

現在、世界の動植物約100万種が絶滅の危機にあるとされており、生物多様性の保全とその実用的なモニタリング手法の確立が喫緊の課題となっています。近年の画像解析技術の進歩は目覚ましく、モバイル端末から得られた画像データの解釈を自動化することで、現地データ収集のブレイクスルーになる可能性を秘めています。本講演では、私がこれまで取り組んできたスマートフォンアプリによる生物モニタリングの事業を紹介し、関連する分野を要説することで、生物多様性と経済社会の今後の関係性について考察を行います。

講座ダイジェスト


ボルネオ島の現場より

ボルネオで5年ほど生物調査に関わり、インドネシア、マレーシアの熱帯林を調査して回りました。ボルネオで特に衝撃を受けたのは、360度地平線が見えるまで森林を破壊し尽くされた現場でした。また、先行研究で、ボルネオ島の大半の森林が10年ほどのスパンで激減しているデータを知ったとき「ここまで破壊されているのか」と、強いショックを受けました。




このような破壊が起こる原因は、自然を壊せば壊すほどもうかる社会の仕組みがあるからだと考えられます。僕は「この仕組みがある限り、環境は守れないのではないか」と実感するようになりました。そこで、逆に環境を守ったらもうかるような仕組みをつくって世の中を変えたい、と思い、環境保全で利益を上げる会社を目指して2017年にバイオームを立ち上げました。



社会問題としての生物多様性

生物は今、大量絶滅のフェーズに入ったといわれています。地球生命史上の前回の大量絶滅期は、恐竜時代の白亜紀で、約75%の生物が絶滅したといわれています。現代は50%以上が100年以内に絶滅するのではないかともいわれています。1000年や万年単位ではなく、100年や数十年のスケールということに強い危機感を抱いています。



生物多様性が失われると、いろいろな損害が発生します。特に世界の食料作物の3/4は昆虫受粉が必要といわれているので、昆虫がいなくなると大半の食料がつくれなくなります。また、感染症、特に人と動物が感染する感染症は、生物多様性が低くなるにつれて感染の可能性が非常に高くなると考えられています。つまり生物多様性問題は、人類の生存に関わる重大問題といえます。

こうした中で2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組(COP15)では「この10年がラストチャンスではないか」ということで、23項目の生物多様性目標が定められました。特に注目度が非常に高いのがターゲット3の「30by30」で、2030年までに陸域・海域30%以上を保護することです。OECM(Other effective area-based conservation measures)という仕組みにより、民間や企業が所有する土地を準保護エリアのような形で保護していく動きが始まっています。同じく注目度の高いターゲット15では、企業の情報開示が努力目標にされました。僕自身がずっと考えてきた、企業や経済と生物多様性の共存のようなものが、求められる社会になりつつあると感じています。



経済から見た生物多様性

経済面での環境の考え方は、2008年ごろに大きな転換期を迎えたといわれます。リーマンショックでは、短期利益ばかりを追究する企業に投・融資していた投資家や銀行などが大損しました。そのため長い目で見て生き残りそうな会社や、長期リスクに対応できている企業などに投資した方が、パフォーマンスがいいという考え方が生まれ、ESG投資などが形になってきました。

長期リスクを分析する世界経済フォーラムでは、毎年、今後10年の重大リスクを発表しています。実はここ数年の上位を環境問題が独占しています。特に気候変動と生物多様性が非常に高い経済リスクと考えられるようになってきたのです。先行して経済の中に組み込まれる動きをしている気候変動では、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)により、自社の炭素の排出量などを開示する仕組みが機能し始めています。つまり、環境にいいものをつくったり、カーボンニュートラルに取り組んでいったりしないと、物が売れず取引もできないといったことが起こり始めています。




生物多様性の領域でも、天然資源の使用や環境にいいプロセスでの生産などを評価する動きが始まっています。こうした中でTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) の正式版がリリースされ、企業はそれに従って開示をする必要性が高まってきました。すでに株価への影響も出始めているようです。



しかし、生物多様性や自然資本は、それを数値化すること自体が非常に難しく、経済の中に生物多様性を組み込む動きの中で大きな課題となっています。そこでバイオームでは、生物多様性をデジタル化して、多くの人がそのデータにアクセスできる仕組みをつくることにチャレンジしてきました。




バイオームの取り組み

現地データを集めることが必要なのに、一番労力がかかり、ボトルネックになっていると考えるようになり、うまく収集できる仕組みを考え始めました。特に大事だと思ったのが、生物がその時にこの場所にいたという情報です。利用する電子デバイスは、世界中で普及しているスマートフォンにしました。GPS情報や日時情報が記録された写真が撮れるうえに、通信もできるからです。




そしてみんなで生物の写真をシェアしながら、楽しくゲーム感覚で生き物探しができる体験を通じて、生物のデータが集められるスマートフォン用アプリ「Biome(バイオーム)」の開発に取り組んできました。また、誰でも参加できるようにしたいと考え、国内のほぼ全生物である約10万種の名前を、画像からAIで特定する仕組みを組み込みました。




さらにAIだけでは全部を判定しきれないので、他の人に質問をする機能を付けるなど、いろいろな機能を盛り込みました。これらの結果、今では約100万人が使ってくれていて、リアルタイムのデータが750万件以上集まり、毎日1万件前後の情報が更新されています。ちなみにデータの精度は、データ解析の際にシステム側で担保することなどにより、91%以上正しいものになっています。





ネイチャーポジティブの取り組みに活用

現在はそれらのデータを社会に還元し、保全につなげることにも取り組んでいます。開発エリアと保全エリアのゾーニングや、希少種がいるエリアの保護、侵入した外来種をすぐに駆除する仕組みなどに活用している自治体もあります。

また、データを自然共生サイトの認定申請や、企業のTNFD情報開示に活用することにも取り組んでいます。さらに地域の自然再生に適した在来種の決定や、在来種の種(たね)が取れるエリアの把握にも使われています。加えて環境省による気候変動の影響調査にも参画し、生物に現れている温暖化の影響を特定することにも着手しました。その他にも多くの事例があります。



「まだ全然取り組んでいない」という企業様とは今後、保全に資する取り組みにご一緒できればと思いますし、個人の皆様にもぜひ一度「Biome」を使ってみてほしいと思います。楽しみながら使っているうちに保全につながるアプリになっています。いろいろな貢献の仕方があると思いますので、今日をきっかけに、ぜひご自分の行動につなげていただきたいと考えています。



ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1駆除対象になることが多い外来種の中で、ポジティブに扱われている種や、いい結果をもたらしている種もあるのでしょうか。

回答何を正解と考えるかに依存する話かと思います。在来種を残すことが正解とされた場合は、外来種はすべて悪とされると思います。一方で、例えば鳥がたくさん来る場所をつくることが正解とされた場合は、劣化した環境に強い外来種が生えることで鳥が飛んでくるようになったから、外来種はいいものと言える場合もあるかもしれません。一概に外来種自体がいい・悪いと言い切るべきかは分かりません。

質問2OECMなどで保全をするとき、ありのまま保全するのと、人為的に生物が暮らしやすい環境を整えていくのとでは、どちらがいいのでしょうか。

回答日本には手入れすることで多様性が守れる里地里山的なフィールドがあり、すごくポジティブに捉えられています。一方で手入れを続けないと維持できないような環境をつくってしまうと、コストや維持ですごく苦労します。できればなるべく手入れしなくても成り立つ自然を多く再生したり、つくっていったりすることが、長い目で見ていい取り組みになっていく可能性が高いと思います。里地里山にも、手入れしなくてもいい環境にも、いいことと悪いことがあると感じています。

質問3明治神宮のような手入れをしなくても成長する森に関心があります。藤木さんがこの森は面白い、魅力的と思う森はありますか。

回答歴史の長い公園は、そういうことを考えてつくられているところが多いです。ただ、全体的に大事なのは、その地域の環境に適した木を植えることです。在来種や潜在自然植生、地域性種苗を意識することで、すくすく成長して更新が進む森になりやすいと思います。特に鎮守の森には魅力を感じています。