市民のための環境公開講座は、市民の皆さまと共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から “ゆたかな” 暮らしを考えていきます。
ボルネオ島の現場より
ボルネオで5年ほど生物調査に関わり、インドネシア、マレーシアの熱帯林を調査して回りました。ボルネオで特に衝撃を受けたのは、360度地平線が見えるまで森林を破壊し尽くされた現場でした。また、先行研究で、ボルネオ島の大半の森林が10年ほどのスパンで激減しているデータを知ったとき「ここまで破壊されているのか」と、強いショックを受けました。
このような破壊が起こる原因は、自然を壊せば壊すほどもうかる社会の仕組みがあるからだと考えられます。僕は「この仕組みがある限り、環境は守れないのではないか」と実感するようになりました。そこで、逆に環境を守ったらもうかるような仕組みをつくって世の中を変えたい、と思い、環境保全で利益を上げる会社を目指して2017年にバイオームを立ち上げました。
社会問題としての生物多様性
生物は今、大量絶滅のフェーズに入ったといわれています。地球生命史上の前回の大量絶滅期は、恐竜時代の白亜紀で、約75%の生物が絶滅したといわれています。現代は50%以上が100年以内に絶滅するのではないかともいわれています。1000年や万年単位ではなく、100年や数十年のスケールということに強い危機感を抱いています。
生物多様性が失われると、いろいろな損害が発生します。特に世界の食料作物の3/4は昆虫受粉が必要といわれているので、昆虫がいなくなると大半の食料がつくれなくなります。また、感染症、特に人と動物が感染する感染症は、生物多様性が低くなるにつれて感染の可能性が非常に高くなると考えられています。つまり生物多様性問題は、人類の生存に関わる重大問題といえます。
こうした中で2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組(COP15)では「この10年がラストチャンスではないか」ということで、23項目の生物多様性目標が定められました。特に注目度が非常に高いのがターゲット3の「30by30」で、2030年までに陸域・海域30%以上を保護することです。OECM(Other effective area-based conservation measures)という仕組みにより、民間や企業が所有する土地を準保護エリアのような形で保護していく動きが始まっています。同じく注目度の高いターゲット15では、企業の情報開示が努力目標にされました。僕自身がずっと考えてきた、企業や経済と生物多様性の共存のようなものが、求められる社会になりつつあると感じています。
経済から見た生物多様性
経済面での環境の考え方は、2008年ごろに大きな転換期を迎えたといわれます。リーマンショックでは、短期利益ばかりを追究する企業に投・融資していた投資家や銀行などが大損しました。そのため長い目で見て生き残りそうな会社や、長期リスクに対応できている企業などに投資した方が、パフォーマンスがいいという考え方が生まれ、ESG投資などが形になってきました。
長期リスクを分析する世界経済フォーラムでは、毎年、今後10年の重大リスクを発表しています。実はここ数年の上位を環境問題が独占しています。特に気候変動と生物多様性が非常に高い経済リスクと考えられるようになってきたのです。先行して経済の中に組み込まれる動きをしている気候変動では、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)により、自社の炭素の排出量などを開示する仕組みが機能し始めています。つまり、環境にいいものをつくったり、カーボンニュートラルに取り組んでいったりしないと、物が売れず取引もできないといったことが起こり始めています。
生物多様性の領域でも、天然資源の使用や環境にいいプロセスでの生産などを評価する動きが始まっています。こうした中でTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) の正式版がリリースされ、企業はそれに従って開示をする必要性が高まってきました。すでに株価への影響も出始めているようです。
しかし、生物多様性や自然資本は、それを数値化すること自体が非常に難しく、経済の中に生物多様性を組み込む動きの中で大きな課題となっています。そこでバイオームでは、生物多様性をデジタル化して、多くの人がそのデータにアクセスできる仕組みをつくることにチャレンジしてきました。
バイオームの取り組み
現地データを集めることが必要なのに、一番労力がかかり、ボトルネックになっていると考えるようになり、うまく収集できる仕組みを考え始めました。特に大事だと思ったのが、生物がその時にこの場所にいたという情報です。利用する電子デバイスは、世界中で普及しているスマートフォンにしました。GPS情報や日時情報が記録された写真が撮れるうえに、通信もできるからです。
そしてみんなで生物の写真をシェアしながら、楽しくゲーム感覚で生き物探しができる体験を通じて、生物のデータが集められるスマートフォン用アプリ「Biome(バイオーム)」の開発に取り組んできました。また、誰でも参加できるようにしたいと考え、国内のほぼ全生物である約10万種の名前を、画像からAIで特定する仕組みを組み込みました。
さらにAIだけでは全部を判定しきれないので、他の人に質問をする機能を付けるなど、いろいろな機能を盛り込みました。これらの結果、今では約100万人が使ってくれていて、リアルタイムのデータが750万件以上集まり、毎日1万件前後の情報が更新されています。ちなみにデータの精度は、データ解析の際にシステム側で担保することなどにより、91%以上正しいものになっています。
ネイチャーポジティブの取り組みに活用
現在はそれらのデータを社会に還元し、保全につなげることにも取り組んでいます。開発エリアと保全エリアのゾーニングや、希少種がいるエリアの保護、侵入した外来種をすぐに駆除する仕組みなどに活用している自治体もあります。
また、データを自然共生サイトの認定申請や、企業のTNFD情報開示に活用することにも取り組んでいます。さらに地域の自然再生に適した在来種の決定や、在来種の種(たね)が取れるエリアの把握にも使われています。加えて環境省による気候変動の影響調査にも参画し、生物に現れている温暖化の影響を特定することにも着手しました。その他にも多くの事例があります。
「まだ全然取り組んでいない」という企業様とは今後、保全に資する取り組みにご一緒できればと思いますし、個人の皆様にもぜひ一度「Biome」を使ってみてほしいと思います。楽しみながら使っているうちに保全につながるアプリになっています。いろいろな貢献の仕方があると思いますので、今日をきっかけに、ぜひご自分の行動につなげていただきたいと考えています。