市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題やSDGsを理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。31年目を迎える本年は持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から新しい“ゆたかな”暮らしを考えていきます。
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市民・地域にとっての地元の自然、企業や行政にとっての自然資本や生物多様性の話を分かりやすく解説します。現場から国際交渉まで、まとめて自然資本・生物多様性の最前線の情報を、国連でも勤務していた経験を踏まえお話します。

講座ダイジェスト

自然資本・生物多様性とは

自然資本と生物多様性は私たちの暮らしと深く関わっている概念です。自然資本とは、水や大気、土壌、鉱物、生物資源など私たちに便益をもたらす自然資源のストックです。また、生物多様性とは、地球に動植物からバクテリアなどの微生物まで多様な生き物が繋がり合って存在していることです。そして自然資本と生物多様性は深く関連しあいながら、物を供給する、薬などの発明のアイディアの源となる、自然のクーラーやダムとして機能する、レクリエーションの場になるなど、生態系サービスと言われる多くの恵みを与えてくれています。また、四季折々などのさまざまな変化があり、いろいろなものがいる楽しさがあるなど、私たちに豊かさをもたらす下地になっています。

一方で、どれだけそれが持続的なのかという点も忘れてはなりません。「自然資本をどれだけ取り出し、使って私たちは豊かになっているのか」や「実は長続きしない形で使い、経済成長している可能性があるのではないか」とか「生物多様性を損なう暮らしをしているのではないか」ということも考えていくことが大切になってきます。

生物多様性を守る取り組み

現在、生物多様性を守るために世界で取り組んでいるのが生物多様性条約です。195カ国と欧州共同体が参加していて、2年に1度、締約国会議(COP)を開催しています。この生物多様性条約には三つの目標があります。一つ目がいろいろな生き物を、生きている場所とともに守っていくこと、二つ目が生物資源の元本を減らさないよう、持続可能な形で利用していくこと、三つ目が遺伝資源の利用から生じる利益を、先進国も途上国も納得いく形で配分していくことです。この生物多様性条約の目標は、SDGsの目標とも互いに関係しながら実践されています。

2022年12月に開催された「COP15」では、2030年までの目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。どんどん悪化している状況に対して「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を食い止めて反転させる行動を取りましょう」といったことが、数値目標を含めてしっかり打ち出されました。

なかでも2030年までに陸域、沿岸域で30%をまっとうな自然にしていこうという「30 by 30」が大きな注目を集めています。国が指定する国立公園などの保護区以外に、OECM(Other effective area-based conservation measures保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)と呼ばれる場所、例えば先住民が住んでいる場所や企業が所有する土地なども、長期的な保全に寄与する場所としてしっかり「30 by 30」に入れ込み、保護地域とOECMの合わせ技で30%を目指そうとしているのです。日本でも、OECMの一環として、今年度から環境省がビオトープや企業の所有地、屋上緑化などを認定し、登録する「自然共生サイト」の制度を開始しました。

このような前向きな動きの一方で、世界の経営者から経営上のリスクを聞くアンケートでは、気候変動や異常気象と並んで、生物多様性の損失が極めて深刻なリスクと考えられているとの結果が出ています。

日本も無関係ではなく、むしろ日本は世界の環境に対して、かなり負荷をかけているという指摘もあります。その大きな原因の一つは、日本国内で消費される資源の多くが海外で生産されていることです。海外で生産された資源が輸送される過程で、二酸化炭素を排出しています。また、海外で生産するために土地を改変することなども、生物多様性など環境への負荷の原因になっています。このように私たちの豊かな暮らしのため、世界の環境に負荷を与えていることを忘れてはいけないと思います。

気候変動と生物多様性の関係

気候変動による影響が生息場の変化や悪化などを通じ生物多様性の損失につながり、逆に生態系の保護・保全が気候変動の緩和に重要な役割を果たすなど、気候変動と生物多様性は互いに関係しています。また、例えば農業と環境との関わりを考えたとき、農業は環境と両立し、環境にやさしいイメージが強いかもしれませんが、農業のプロセスでメタンや一酸化二窒素などの温暖化にかかわる物質が排出されたり、化学農薬・肥料が農地や周辺の生態系に負荷を与えたりしている側面があります。今後はこうした農業関連の問題にも世界的に対処していく必要があります。

実際、農地などの土壌中に長く炭素を貯留することが模索されています。また、有機農業の推進や、施設園芸の排熱をうまく活用する取り組みによって、どのくらいカーボンを減らせるのかといった試算もされています。

農林水産省が進めている「みどりの食料システム戦略」の中では、2050年までに有機農業の面積シェア25%を目指す、カーボンニュートラルを目指す、化学農薬や肥料を軽減していくといった目標が掲げられています。この目標に向けて生産現場はもちろん、学校給食や流通・販売といった川下での取り組みも強化することが大切なポイントとなっています。このように自然や生態系を守っていく取り組みと、気候変動に対処する取り組みを、しっかりつなぎ合わせて一体的に進めることが大事です。

私たちができること

私たちが何気なく食べている輸入品のチョコレートやコーヒーは、栽培されている場所の生態系に影響していることをイメージしてほしいと思います。最近はバードフレンドリーやレインフォレストアライアンスといった、環境に配慮した形で生産していることを表示するものが出てきています。そういった環境に一定程度配慮した輸入原材料調達を国内で実施している割合は、(大手の企業を中心として調査した結果)2021年で36.5%ですが、2030年までに100%にできないだろうかという流れができつつあります。また、日本国内では生物多様性の保全に向けて、先ほどお話した自然共生サイトの認定・登録が始まったほか、企業などによってさまざまな活動が行われています。

こうした中で個人でもできることの一つとして、市民科学という考え方をご紹介します。市民の皆さんが、ある生き物がどの時期に鳴き始めたのか、どこにいたのかということを記録したり、研究者と一緒にデータを作って分析していったりすることに、楽しみながら参加するものです。それを可能にするアプリの開発も行われています。このような活動に参加することで「自分が何をやっても世界は変わらないんじゃないか」といった無力感が薄まると思いますし、単純に発見することが楽しみとなります。

また、そこに住んでいるからこそ見えてくるものを長く見ていくことによって、生き物はどう変わっているのか、温暖化がどれだけ影響していそうなのかといったことに気づき、それをいろいろな地域で共有できます。それが実は大きな変化を生み出す気づきにつながっていくと思っています。

生物多様性は地域によって異なる複雑なテーマで、全世界共通などの一つの指標に落とし込むことは難しい一方、地方でどんな取り組みが行われているかといった文脈をしっかり吸い上げられるという特色があると思います。また、生物多様性には地域社会や先住民の知識を大事にしてきた側面もあります。そのため、その地域ならではのものや取り組んできたことを訴えるとき、生物多様性はとてもいいテーマだと私は考えています。

環境問題というとカーボンの話が中心になりがちですが、生き物や生態系、大気、水の関係性もしっかり見ていくことが大切です。また、先ほどお話しした「30 by 30」の実現には、国以外の地方自治体や企業、そして市民がしっかりと役割を発揮することが何より大事です。まっとうな自然の増加などを客観的に見ていける指標や基準を作ることや、まっとうな自然の増加に向けた取り組みを長続きさせるため、皆さんが市民科学に参加することなども大切なポイントになってくると思います。

生物多様性は科学者や国だけでは保全できません。市民の皆さんが楽しみながら一緒に取り組むことが大事です。また、それによって初めて社会・経済と環境の両立が可能になると思います。中小企業でも個人でも、自分の地域を大事にするような取り組みをして、輝けるのが生物多様性の良さですから、ぜひ皆さんもどんどん参加してください。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。

質問1日本の食料自給率を上げると、CO2削減に貢献できるのでしょうか?

回答1確かに、食料自給率を上げ輸入を減らせば、輸送の過程で排出されるCO2 は削減されますが、自給率を上げるというのは一筋縄ではいかない問題です。単に川上の現場で生産量や生産性を上げるだけではなく、川下でこれまでの色や形がおかしいものは利用しないといった消費者のマインドや流通の仕組みを変える必要もあると思います。また、コストや効率を鑑みながらも、生産量や生産性を上げるための環境に負荷をかける農薬や肥料などの投入量を減らせるだけ減らしていくなど、環境保全と自給率向上が両立できるように工夫する必要があります。

質問2太陽光発電や風力発電などの脱炭素に向けた施策と、生物多様性保全のバランスは、どのように取るべきでしょうか?

回答2環境を考える際に、これからはカーボン、生物多様性、水の三つの視点が必要だと言われています。例えば植林を計画するときも3つの視点を踏まえる必要が指摘されており、カーボンの観点ではプラスであっても生物多様性にはマイナスとなる植林に関する科学論文もでています。ですので、再生可能エネルギー施設もカーボンだけを見るのでなく、生物多様性や防災、景観など、さまざまな側面を見ていく必要があります。また、太陽光発電と風力発電のそれぞれの特徴を考えながら、周辺景観や生物多様性への影響なども見ていったり、周辺住民の意見を聞いたりすることも大事です。

質問3生物多様性への取り組みで、企業に期待されることはなんでしょうか?

回答3「私たちはこの地域でこういう価値観に基づいて、こういうものを大事にして、生物多様性を守る取組みをしています。だから私たちの活動を応援してください。参画してください。私たちの製品を理解してください」といったように、効果を数字に表せない取組みに注力し、それを多くの人に伝えていくことを大事にしていただきたいと思っています。

質問4生物多様性にあまり詳しくない方に、大切さを伝えるポイントを教えてください。

回答4まずはみなさんも身近で関心がある、「食」といったテーマを入り口として話すのも手かと思います。観光もいいかもしれません。一方で日本の食や自然などの日本の話は身近で盛り上がりやすいですが、日本の暮らしには、必ず海外との関係や海外の生物多様性など自然への負荷が関わっています。ですので、私たちの暮らしと他の国ひいては世界の自然がつながっていることを発信していただけるとうれしいです。