市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題やSDGsを理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。31年目を迎える本年は持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から新しい“ゆたかな”暮らしを考えていきます。
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原生林、人工林、天然林、薪炭林、魚つき林、防砂林、水源かん養林、国有林、民有林・・国土の7割近くを占める日本の森林には、樹種や所有権、利用目的など私たち人間の都合によって呼ばれ方の異なる多くの〇〇林があります。人間よりずっと長生きな樹木を抱き、それぞれに大きないのちの塊である森林とどう向き合い、未来世代につないだらよいか、私が編集活動を通して学んだことをお伝えし、みなさんと一緒に考えたいと思います。

講座ダイジェスト

戦後の林業がたどってきた道

森林の多い中山間地域では、戦後復興期の需要に備えて、1950年代に国の政策によって拡大造林と呼ばれる広範囲な植林が行われました。しかし、1960年代に木材輸入が完全に自由化されて国産材の需要が下落したことが、林業の衰退や山村の過疎化につながったと言われています。また、高度成長期に都市部への急激な人口移動がありました。それに伴って林業のみならず地域の人々のための農業など一次産業も衰退し、山村地域の田畑や草地も放棄されていきました。

現在、森は日本国土の67%を占めていますが、そこに通う人が少なくなっています。農林業などに携わっていない都市部で消費者となっている私たちが、どう森を理解して向き合っていけばいいのか。それらを考えることが「私の森.jp」の活動につながっています。

さまざまな「林」の違い

ところで森を指すいろいろな名詞に「林」が付いていますが、まずはそれらの違いを理解することが森に関わるための入り口になると考えています。ここでは、さまざまな「○○林」といった呼び方の一例を並べ、植物的な成り立ち、所有の状態、利用目的などにグルーピングして説明してみます。

まずは植物的な成り立ちです。一般的な植物遷移では、裸地に地衣類(菌類と藻類の複合体)が生えた後、草原になり、陽樹と呼ばれる太陽の光を好む植物が生え、やがては低木に高木が混ざり、次に光があまりなくても強く生きていられる陰樹の森に遷移していくそうです。ほとんど遷移しなくなった状態を「極相林」と呼び、極相林になって、しばらくたった森を「原生林」と呼びます。原生林は「天然林」の仲間ですが、厳密には一度も人の手が入っていない森を「原生林」と呼びます。

「天然林」には勝手に木が生えてきた「一次林」もあれば、人が伐採したところから再び木が生えてきた後、しばらく人の手が入っていない「天然生林」または「二次林」があります。里山で薪や炭を調達するために管理されていた広葉樹の森を「薪炭林」とか「里山林」などと呼びますが、この多くは「天然生林」、「二次林」にあたります。人の手で植えられたものは「人工林」と呼ばれます。 以上は植物遷移から観た森林の呼び名ですが、一方で、南北に長くて標高差がある日本には、「寒帯」「亜寒帯」「冷温帯」「暖温帯」「亜熱帯」と多様な植生分布があります。全国に広がるスギ・ヒノキなどの人工林を除けば、関東以西にはシイ、カシなどの照葉樹林が、東北にはブナ、ミズナラなどの落葉広葉樹林が広がります。日本では、地理条件によっても、遷移段階によっても森の様相が異なり、それぞれの森林景観が魅力です。

森を所有区分の観点で見ると、「国有林」と、「民有林」に分かれ、国有林が31%、市町村などが所有する公有林も含んだ民有林が69%となっています。私たちが森で活動する際には、所有者が誰なのか、ということ、誰が管理しているのか、ということも重要になってきます。

利用目的によって名前をつけられているのが、保安林のグループです。水を蓄えたり、土砂災害を防いだり、私たちの生活にとって欠かせない機能を持つ森林にも〇〇林の名前がつけられ、森林法によって利用が制限されています。

広がる森林の利用方法

国有林が制定される明治以前は、森林の所有権を入会(いりあい)地、入会地からその土地に生えているものなどの利益を得る権利を入会権と呼んでいました。辞書などで入会権は「土地を総有(みんなで持つ)し、共同利用を行う」と説明されており、コモンズに近い考え方です。

以降の日本の森林では、土地の所有法を近代化する、という方針のもと、森林を誰が持つか、どう使うかということへの試行錯誤が続いてきましたが、最近では木材生産のみならず、生物多様性保全、地球環境保全などの公益性がきちんとうたわれるようになってきました。また、森林浴などの保健レクリエーション機能や、景観や芸術、宗教、山林伝統文化などの文化的な側面における有用性も持ち合わせています。このように公益性の高い森林を守るため、国は5年毎に「森林林業基本計画」で森林の保全や利活用の方針を定め、これを基に細かな森林法や税金の使い道などが決まっていきます。

2021年の基本計画で示された方針の一つに「山村地域において森林サービス産業を育成し、関係人口の拡大を目指す」が掲げられています。これは、森林浴や企業の健康経営、観光などを通じて、私たち都市生活者も山村地域と関係をつくり、森との関わりを深めていくことを国も推進しましょう、というもの。都市生活者が高度な技術を要する森づくりに直接関わることは難しくても、これならば、全国の山村地域と一緒に小さな経済をつくり、ひいては森林や林業全体にも何かしら寄与できるかもしれません。また、森と積極的に関わる「楽しさ」や「心地よさ」を探求することは、未来の世代に託す美しい森林づくりのためにも必要なことと考えています。

「心」で森と関わる大切さ

「私の森.jp」では、都市生活者の私たちが山村地域の森に思いを馳せようと、「森と暮らしと心をつなぐ」というメッセージを掲げています。「心」の部分をもっとみんなで考えたいと思っているのです。

例えばかつては森の中で見えざるものを見たり、聞いたりすると、人は、それを妖怪にたとえ、物語をつくり、伝承していきました。「わからない」という状態を既存の何かに当てはめて解決したり、「何もなかったこと」にしないで、新たな物語を創り共有する。昔の人は、そうした知恵やクリエイティビティを駆使することで、人が未知なるものと出会う際に必要な「直感力」を磨いていたのではないかと思います。現代の私たちは、既知の情報や科学に頼り、しっかりと自分の五感を使って世界を見る、という機会を失いつつあるようにも思えるのです。

ところで、私たちは「自然」という言葉を日常的に使いますが、私たちは明治以降2つの捉え方をしてきました。一つめは、natureの訳語として明治時代に入ってきた「自然(しぜん)」と、もう一つは日本の伝統的な民衆思想にある「自然(じねん)」というものです。前者は西洋キリスト教的な思想を背景にしたもので、自然とは、神が生み出だして、人間にコントロールする役割を与えた野生である、とするもの。後者は仏教的思想を背景にして、「自ずから然り」という状態を指す言葉で、水が高いところから低いところに流れるような、あるがままの関係性、森羅万象のすべてを指します。

2者の違いは、「人と自然の共存」などといって、私たちが日常的に使っている、人間を含まない「自然」と、人間も含めた森羅万象を意味する「自然」です。

日本には「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」という、自然観を表す言葉もあります。これも、もとは「草木国土悉皆成仏」という仏教用語から転じたものだそうですが、動物だけでなく、草木はもちろん、山にも川にも土にも魂が宿っているという考え方です。私たちの文化には、もともと人間だけでなく全ての存在に命が宿っていることを知り、自然を「全ての存在がつなぐ大きな命」と捉えるような文化を持っているのです。

私たちはいま、こうした文化を手がかりにして「人間中心」だった環境への考え方を超え、古くて新しい時代に入っていく必要があるのではないでしょうか。

いのちを還す森づくり

そのような考えから、私たちは岩手県遠野市に「一般財団法人 ハヤチネンダ」という活動を立ち上げました。これは、自分の死後に「お墓」ではなく、生きているうちに仲間と集い、人の通わなくなった森を手入れしながら、いつか還りたいと思えるような美しい里山的景観をつくる活動です。「いのちを還す森」と呼ぶ埋葬林と、隣接する森や田畑、馬が放牧されている草地などを含めて、「わたしを還す風景」をつくっています。メンバーは多世代にわたり、年齢を超えてみんなで森の所有と利用を考えていくことも大切にしています。

今回の市民のための環境講座の全体テーマは「“ゆたかな”暮らし」ですが、私は何かを得ることよりも、不安が少ないことが豊かさをつくるのではないかと思っています。今回ご紹介したハヤチネンダの活動では、やがて尽きる自分の命がただ終わるのではなくて、森のいのちのネットワークの中に還っていける、繋がりの中に消えていけるというところが、死への不安を少し軽くしてくれるのではないか、と感じています。

高度経済成長期には、東北エリアからたくさんの人たちが都市部に移動してしまいましたが、時々でも良い、人が再び東北に通うような仕組みをつくり、里山の森に新たな価値をつくるお手伝いをできることも、一つの幸せになっています。そして、この活動を通じて、自分の終わりについて了解できていることや、森での作業をしながら自分以外の様々な命に出会えることも、豊かさにつながっていると感じています。

森と関わると、健康にいいのはもちろん、クリエイティブ脳が発揮され、体の使い方も身に付きます。その地域ならではのモノ、人、コトにも出会えていますし、森の中で「あぁもうサイコー!」と思う瞬間がきっとあります。

みなさんもぜひ森と関わってください。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。

質問1林業が成り立ちにくい現状があると思いますが、私たちはどのような協力ができるでしょうか?

回答ハヤチネンダのように森林のもつ魅力を事業化してゆくことや、森林ボランティアが間伐などの林業施業だけではなく、森林サービス産業などの企画にも関わっていくことが大事だと思います。また、上手にコミュニティーづくりができて、人と知恵が集まれば、今解決できないことも解決できるようになるかもしれないですね。

質問2会社で社有林を持っていますが、社員と森の距離感を縮めていくために参考になる取り組みを教えてください。

回答森に行くイベントを立ち上げる時に、提供する美味しい地域の食材を手配したり、楽しそうな写真を示してみたりするなど、「楽しそう」と思ってもらうことが大事だと思います。そのためには各地でコーディネーターとなる団体などを頼ってみるといいと思います。また、魅力的な人でも食べ物でも景色でも、その森がある地域ならでは!の特別なことを、一緒に発見していくこともお勧めです。主催者側が全てを用意するのではなく、参加者が主体的に何かを見つけたり工夫してみたりするといった、レクリエーションが用意されているといいですね。

質問3「人間中心を超える」ということにとても共感しましたが、人間だけで人間中心を超えられるのか不安があります。どのようなアクションをしていったらいいのでしょうか?

回答それは、まさに私たちをハヤチネンダの活動をはじめるに至った理由です。このままだと人間は動物とは違い、死んでも自然に還ることは難しいですよね。まず自分たちにできることは、私たち自身の命を問い直すことではないでしょうか。