市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題を理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。1993年に開講し、SDGsやサステナブルをキーワードに毎年開催しています。※各回の講座については、曜日、開催時間が異なりますのでご確認の上お申込みください
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パート3 わたしたちにできる選択

流域人として暮らす

日 時 12/1 13:30〜14:45
橋本 淳司
橋本 淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表

流域とは、降った雨が地表、地中を流れ、やがてひとすじに収れんしていく単位であり、誰もがどこかの流域に所属しています。誰もが「◯◯流域人」なのです。気候変動は水のすがたを変えますから、利水という面でも治水という面でも、流域内の水循環を健全にしていくことが大事です。そのために流域内のFEW(Forest,Food,Energy,Water)の関連性に注目し、循環を意識しながら身近な資源を活用する生活をはじめましょう。

講座ダイジェスト

SDGsのフィールドを考える

「流域」とは降った雨が地表や地中を流れ、特定の河川へ流出する降水の範囲を指す、地域を区分する単位です。一級河川で考えると日本には109の流域が存在し、それらの中もさらに中流域・小流域というさらに細かい流域に分けることができます。私たちは必ずどこかの流域に住んでいます。また家庭には流れてくる水と流れ出ていく水があり、流域も同じように考えることができると思います。誰もが流域の水の流れに影響を与え同時に影響を受けているため、流域人として水循環を健全にすることが大切です。

2020年に世界経済フォーラムで発表された「グローバル・リスク報告書」には、気候変動と水危機の両方が含まれていました。SDGsにも目標6「安全な水とトイレを世界中に」と目標13「気候変動に具体的な対策を」があります。気候変動は水の姿を変えてしまうため、このふたつには深いつながりがあると言えるでしょう。また企業が抱える水リスクには操業リスク、財務リスク、法的リスク、評判リスクがあり、これらは全て流域上に存在しています。一見、水とは関係がないように思えるアパレル事業でもTシャツなどの原料となる綿花は中国やインドなどで大量の水を使用して生産しているため、原材料の生産拠点で水不足を引き起こす可能があるのです。

アパレル業界に限らず多くの企業はサプライチェーンがグローバル化していることから、世界各地の流域の水を大量に使用している可能性があります。また原材料調達だけでなく、製造や顧客の使用、自然に還すというそれぞれの工程で、企業の生産活動が流域に影響を与えています。そこで私は「流域人として暮らすことはできないか」という仮説を立てました。自分の所属する流域に意識を向けることで、まずは自分の所属している地域の小さな物語としてSDGsを達成することに重点を置いています。 SDGsを達成する“フィールド”を絞ることで、流域における持続可能性を模索するという考え方です。

水と共にある、私たちの生活

令和元年10月10日、台風19号の影響で茨城県水戸市に126ミリの雨が降りました。避難していた住民の方は雨が止むのを待ってから自宅に戻りましたが、翌日の夕方に水戸市内で河川が氾濫し大きな被害が発生しました。原因は上流域で降った雨が下流域にある水戸市に押し寄せたことにあります。このことから流域は運命共同体であり、水害を防ぐための治水は流域全体で考えることの重要性がわかります。日本では近年の豪雨・土砂災害を受け、令和3年に流域治水関連法が改正されました。河川区域ごとに考えられていた治水は流域全体での治水という発想に変わり、河川管理者がダムや堤防を強化するのではなく、流域に所属する流域人(自治体、企業、住民)も流域全体の治水に関与できることになりました。

水管理においても同様の考え方ができるのではないでしょうか。全国には約72万キロの水道管が通っており、私たちは水インフラに支えられながら生活をしています。しかし水道管の老朽化は年々加速しており、災害時の被害を大きくする原因のひとつとなっています。現状のペースで水道管を更新しても、全ての老朽化を防ぐことは難しく、時代に合った水管理が求められています。そこで流域という単位で水インフラを考えることは、自然の水の流れを知り、安定的に水を使い、災害から守る仕組みにつながると思います。昭和の人口増加と共に普及した水インフラを、流域を意識した利水や治水、生物多様性、経営、地域福祉の観点から見直していくことが重要です。

さらに私たちは大量の水を使って穀物や野菜、食肉を生産しています。仮想水(輸入した食料を自国で生産した場合に、必要になる水の量を推定した数値)を調べると肉じゃがを一人前作るまでに北米の水を大量に使用していることがわかります(豚肉の飼料を北米から輸入した場合)。これはアメリカで水不足が起こった際、私たちの食への影響があることを示しており、私たちは無意識のうちに海外の水資源を利用していることを表しています。この問題を解決するには、食品ロスを減らし食料生産のサプライチェーンを改善することが必要です。同時に国内の自給率を高めるために、流域内の水を効率的に活用することも重要です。例えば流域内で生産されるコメを食べることで流域に田んぼが維持保全され、流域の保水力が向上するなどの効果も期待できます。

流域内の交流から循環の一歩を

令和2年7月、熊本の球磨川流域は記録的な大雨により土砂災害が激甚化しました。この要因を因数分解すると雨(水)、地形・地質、開発・森林伐採の3つになります。まず雨から見てみると、球磨川流域全体で大量の雨が降ったことがわかります。次に地形を見ると、人吉盆地のまわりは山で囲まれているため流域で降った雨が人吉盆地に集中してしまうことがわかります。地質も元々崩れやすく、土が少しずつ流れることで川底が上昇し洪水を誘発しやすいことがわかります。最後に開発・森林伐採を見ると、広範囲が皆伐されており、植林されている部分も若木が多いため水を溜めておく力が十分でないことがわかります。林業の作業道が水の流れを無視してつくられたために崩れてしまった箇所もありました。本来、森林には土砂崩れや洪水を防ぐなど公益的機能があり、森林の生態系と水には深い関係があります。森林が持つ多面的な機能に注目しながら、流域人として流域の持つ力を生かしていくことが重要です。

食、森と同じように水とエネルギーにも深いつながりがあります。私たちは水処理やポンプ送水に、膨大なエネルギーを使用しています。その一方、水力発電や地下水熱など水を利用してエネルギーを作る側面もあります。例えば安曇野市のイチゴを栽培しているビニールハウスでは冬場に使っていた石油ストーブから地下水熱を活用する方式に変えたところ、約9割もエネルギー使用を削減することに成功しました。さらに上流部中山間地域では高低差を生かし山から下ってくる水をエネルギーに変換することで、位置エネルギー活用することができます。また自治体のエネルギーを最も使用している水道事業ですが、これを地下水資源に切り替えると多くのメリットがあることがわかっています。

流域内の水、食、森林、エネルギーはそれぞれのバランスを取り、循環活用する社会を目指すことがとても大切です。そのためには同じ流域に存在する自治体同士はコミュニケーションを図り、連携する必要があります。それが可能になると、森林がない自治体でも自分達の所属している上流域の森林保全を行うという発想が生まれ、下流域の洪水予防にもつながります。私は実際に「流域酒場」という荒川流域の住人の方たちと食べ物やお酒を持ち寄り、コミュニケーションを図る場を設けています。こういった交流から上下流の情報交換、人や文化の流れを作り、流域ごとの循環につなげていければと思います。

講演中に寄せられた質問への回答です。※当日質疑応答の時間が短くなってしまったため、講演中に回答いただいた質問の他、一部代表的な質問に追加でご回答をいただいたものも記載しています。

質問1流域人として暮らすために自分がどこの流域に住んでいるかを調べるには、どのような方法がありますか。

回答雀宮タクオさんの地図は一級河川で都道府県を再編しており、自分がどこに住んでいるのかを調べることができます。またGoogleマップでは「全国一級水系の流域地図」を見ることができ、自分の住んでいる流域がわかります。江戸時代は水運や物流が川を中心にしていたため、「藩」と流域は重なっています。

質問2水を横断的に捉えた流域の専門家を育成するには、どういった知識や経験が必要になるでしょうか。

回答今の水道事業は自治体ごとに行なっていることが多いですが、今後これらの水道事業者が連携し、広域化が図られると思います。その際、どこの単位で組んでいくことが一番合理的かというと、同じ流域内の水道事業者との連携だと思います。それにより浄水や下水、エネルギーという幅広い範囲で連携が図られ、流域として少しずつまとまっていくことができると思います。

質問3一方で料金格差なども問題もあり、水道事業の広域連携がなかなか進まないと聞きます。どのように改善されるべきでしょうか?

回答広域連携が唯一の解決策ではないので、自治体のなかで、まずはまちづくりの将来ビジョンを共有し、そのうえでインフラのあるべきすがたを考えていくとよいと思います。重要なのは将来世代の意思を反映させることだと思います。現在の大人の考えだけを尊重すると将来に重大なツケを残してしまいます。

質問4日本では伝統的にお茶、酒作り、日本料理など文化的にも地下水の存在が必須でした。地下水の持続的な利用についてどのようにお考えでしょうか? 大規模地下トンネルの掘削工事などで地方でも地下水が危機に瀕していると聞きます。

回答地下水は循環型の資源です。涵養(地上から地下に水が浸透すること)量以上に使わないようにすることです。そのためには地下水マネジメントが必要で、地下水利用者は、地下水の涵養、たとえば森林や湿地の保全に積極的になるべきです。

質問5流域内のお米を食べるとよいとのお話しですが、田んぼからはメタンガスが発生し温室効果ガスの発生源となるという指摘もあります。どのように考えたらよいでしょうか?

回答2019年度のメタンの排出量は、2,840万t-CO2であり、2013年度比で5.4%減少。廃棄物の3Rの推進、全連続式焼却炉(24時間連続して焼却処理ができるごみ焼却施設)の導入を促進することで廃棄物焼却施設の燃焼を高度化すること、水田や畑(普通畑・樹園地・牧草地)の管理を改善すること、家畜の排せつ物の処理方法を改善すること、などが実施されています。

稲作(水田)に伴い発生するメタンについて、水稲作の水管理としてメタン発生量が低減する「中干し期間の延長」を地域の実情を踏まえて普及すること等により、排出量の削減を図るとしています。最新の研究では土壌中の好気性細菌類の多様性が収穫の質を大きく左右することが解っており、水田の水を好気環境にすることで、メタンガスの発生を大幅に下げるだけでなく、生物多様性の保護もでき、収量の増加も見込めることがわかっています。

安斉管鉄は独自に開発したナノバブル発生装置によって水田を好気環境にしています。ナノバブルは名前のとおり「ナノサイズ」であり、目には見えない。重要なのは密度で、安斉管鉄の装置から出るナノバブルは、1立法センチ当たり100億個以上存在します。高密度であるため浮力が小さく水中に長期間止まります。ナノバブル発生装置によって貧酸素水域に酸素を供給すれば、生物群集の働きが活発になり、ヘドロの分解が促進されたり、青潮や赤潮が抑制されたりする効果があることがわかっています。

ナノバブルによる環境浄化・環境再生の取り組みは、横浜市の八景島、新潟県の瓢湖(ラムサール条約指定)、長野県の諏訪湖、習志野市の公園の池、皇居のお堀などでも行われ、結果を残しています。同様のことが水田のなかで起こり、水田の水を好気環境にすることで、メタンガスの発生を大幅に削減できる。国内だけでなく、米生産を行う多くの国で注目されるべき技術です。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)