市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題を理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。1993年に開講し、SDGsやサステナブルをキーワードに毎年開催しています。※各回の講座については、曜日、開催時間が異なりますのでご確認の上お申込みください
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パート1 気候変動とエネルギーの転換

サンゴとサンゴ礁生態系の現状

日 時 9/29 18:00〜19:15
大久保 奈弥
大久保 奈弥

東京経済大学 全学共通教育センター 准教授

美しいサンゴ礁生態系は、私たちが食べる魚介類をはじめとした数多くの生き物を育む大切な場所です。しかし、1970年以降、日本では主に埋立てなどにより消失し続けており、沖縄本島では1991年までに1224ha(東京ドームのおよそ260個分)ものサンゴ礁生態系が消滅したとされています。今では、温暖化によるサンゴの白化現象もそこに拍車をかけています。SDGsの14番「海の豊かさを守る」ため、私たちは何をすべきでしょうか。皆さんと一緒に考えます。

講座ダイジェスト

人間がサンゴ礁から受ける恩恵

みなさんはサンゴのことをどれくらい知っていますか?サンゴはイソギンチャクやクラゲと同じ、チクっと刺さる刺胞を持った刺胞動物です。同じ場所に住む同種類のサンゴは、ほぼ同日同時刻に卵と精子を放出します。卵と精子は海面に到着するとばらばらになり、他の同種のサンゴと受精します。卵が割れて、割球の数を増やし(卵割)、胚と呼ばれる状態になります。この時期は、海流に流される「プランクトン」と呼ばれる生活形態で生活します。卵割がさらに進むと、繊毛が生えて泳げるようになり、口も出来ます。棲む場所を見つけると着底し、お花模様のような形(ポリプ)へと変態します。このあたりから褐虫藻の総称である共生藻と一緒に生活を始めます。底にくっついて生活するようになるので、「ベントス」と呼ばれる生活形態へと変化するのです。

ポリプの真ん中にある口の周りには触手が作られます。また、体の周りには新しいポリプの芽がどんどん出てきます。こうやって新しい芽が増えてサイズが大きくなり、「群体」と呼ばれる「個体(1ポリプ)」の集まりになると、みなさんが知っている形のサンゴになります。

一方、サンゴ礁とは、サンゴなど骨を作る生き物の死骸が積み重なってできた地形のことを指します。人によってサンゴ礁という言葉の使い方は異なりますが、私はサンゴ礁という地形のもとにつくられた生態系のことを、地形とは区別して「サンゴ礁生態系」と呼ぶようにしています。ちなみに日本のサンゴ礁は、グレートバリアリーフのように陸地から離れたところに存在するのではなく、私たち人が住んでいる陸地のすぐそばに形成されているため、日本のサンゴ礁生態系は人の影響を受けやすいと考えられます。

世界のサンゴ礁は2050年までに絶滅すると言われ、日本のサンゴ礁も異常な海水温の上昇による大規模な白化現象が進んでいます。高水温のため、サンゴの生息域は北上しているのですが、高知県では北上したサンゴが冬の低水温の影響で死亡していることもわかっており、サンゴの生息域は狭まるばかりです。

ではそもそも、なぜ私たちはサンゴ礁生態系を守らなくてはいけないのでしょう。人間中心主義で考えるとすれば、サンゴとサンゴ礁が人間に生態系サービスという恩恵を与えているからです。日本はオーストラリアに続いて世界2位の魚の種数(海産魚の多様性)を有しており、私たちの食料供給にも影響を与えます。また高波を軽減する役割や観光資源としての恩恵もあり、沖縄の島々にあるサンゴ礁生態系から受ける経済効果は、年間で約230億円とも言われています。

自然再生事業の実態と幻想

日本では気候変動からサンゴ礁を守ろうと、様々な対応策が講じられています。その中でも大きな割合を占めるのが、サンゴの移植と植え付けです。有性生殖法というサンゴから生まれた卵を基盤に貼り付け、大きく育ててから海に帰す方法や、無性生殖法といって挿し木のように親サンゴから破片を取り、大きくなるまで固定して育てる方法があります。沖縄では無性生殖法によって2012年からサンゴ礁保全再生事業が行われており、年間1.5億円から〜2億円の交付金を使ってこれまでに9万本以上のサンゴを海底に植え付けています。他にもふるさと納税やクラウドファンディングによってサンゴ礁を保全するためのお金が集められ、自然再生事業が次々に進められています。

しかし、沖縄県の自然再生事業によって植え付けた数多くのサンゴがどれくらい生き残ったかというと、5年間で移植した数の1割程度です。台風や白化の影響も大きいそうです。陸上と違って人が入ることが簡単ではない海では、サンゴの生存率がとても低いことがわかります。また、移植を進める一方で破壊されてしまうサンゴ礁の面積も広く、多額のお金を使ってサンゴを植え続けても現状を維持できないという状況です。色々な形で試されているサンゴの着床方法は、残念ながらどれも効率がいいとは言えません。科学技術の発展という意味では、自然再生事業のプラスの面も存在しますが、移植や植え付けでサンゴ礁生態系を復活させることは不可能と言えるでしょう。

ところが、メディアはプラス面だけを過剰に伝える傾向があるため、「サンゴ礁は復活する、海を埋め立てても移植すれば問題ない」といった間違った認識が社会に広がっています。詳しくは岩波書店発行の雑誌『世界』12月号に「サンゴの移植は環境保全措置とはなり得ない」というタイトルで寄稿しているので、気になる方は読んでみてください。(大久保奈弥公式HPより) 同じことが日本だけでなく海外でも起こっています。オーストラリアではグレートバリアリーフの慈善事業を先導するグレートバリアリーフファンデーションに対して国が約400億円を投入し話題となりました。ビジネスとしてお金を投入することは問題ありませんが、国が行う自然再生事業として本当に効果が期待できるのか否か、みなさんには冷静な視点を持って判断していただきたいと思います。

失われていくサンゴ礁生態系に目を向ける

最後に私たちができることをお話したいと思います。それは「目の前にあるサンゴ礁生態系をしっかりと保全する」こと、これしかありません。日本では、自然再生事業によって増えるサンゴよりも、空港の移設・拡大やホテル建設などによって失われるサンゴ礁の方が圧倒的に多い状況です。海には陸上の土地のように所有権がなく、また陸と海では管轄する行政が異なり、法律や条例が十分整備されていないことが要因のひとつです。サンゴを増やすための活動は注目を集めますが、実際に私たちが目を向けるべきは、人間の活動によって失われているサンゴ礁の実態です。そのため行政や企業の方には、水質や流れ、光などサンゴが住める環境を守る、汚染物質を流さない、水質に関する条例を厳しくすることによって、サンゴ礁生態系を維持していただきたいと思います。

また、環境教育としてサンゴやアマモの再生事業に取り組んでいる方には、ひたすら頑張り続けることを良しとするのではなく、サンゴやアマモが移植しても死んでしまう姿を見せた上で環境教育を行なっていただきたいと思います。移植をしてもサンゴやアマモが死んでいることを隠していては、本当の環境教育とは言えません。なぜなら、サンゴやアマモは植え付けても増えないことがわかっているからです。持続性のある環境教育として、これからどうしていくべきかを考えるためには、移植したサンゴやアマモの多くが死んでしまう現実を伝え、だからこそ今あるサンゴ礁生態系や藻場生態系を守ることが大切だと理解してもらうことが大切です。人間の力だけでサンゴやアマモを再生することができないと知り、人間の活動が自然を壊しているという事実に目を向けることが、SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」につながるはずです。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1白化したサンゴが復活するとことはあり得るのでしょうか。

回答白化しても褐虫藻が少し残っていると、そこからどんどん増えてサンゴが復活することがあります。赤ちゃんが生まれ、それが死んだサンゴに入っていって育っていくということもあります。

質問2サンゴをプラスチックやチタンに吸着させるという方法があるとのことですが、それが失敗した場合、海に置いたプラスチックやチタンは回収されているのでしょうか。

回答とてもいい質問だと思います。ひとつひとつ正確に知っているわけではありませんが、研究が終わっても、研究者が研究に使ったものをそのまま放置していることは少なくないと聞いています。そういった素材を使って無事にサンゴが育てば問題はありませんが、研究者は毒性のものが発生ないか、終わった後はどうするかも含めて考える必要があります。

質問3サンゴの移植も難しいと思いますが、アマモの移植も同じように難しいのでしょうか。

回答同じ質問を日本で一番藻類の種類に詳しい方に聞いたことがありますが、長期的にアマモの復活が成功した場所はないとおっしゃられていました。アマモは育つ環境がとても大事なので、海岸工学などの土木系の方だけでなく、グループに生物学者をきちんと入れて、アマモの生育環境を整える必要があるのではないかと感じています。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)