市民のための環境公開講座2017

お知らせパート3のダイジェスト版を掲載いたしました。本年度の講座は全て終了いたしました。

PART3 自然災害への備えと環境問題

レポート

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気候変動適応策からグリーンインフラへ 〜持続可能で質の高い社会に向けて〜

市橋 新 氏

気候変動の影響は顕在化しつつあり、気象災害が頻発しています。将来、想定外を起こさないために我々は何をなすべきなのでしょうか?我々が抱える問題は気候変動だけではありません。生物多様性喪失、少子化、高齢化、山積する問題をどう乗り越え、持続可能で質の高い社会を目指せば良いのでしょうか?気候変動適応策とは何か、グリーンインフラは我々に何をもたらしてくれるのか、事例を交えて我々が目指すべき方向性を示します。

都市の環境リスク専門家

市橋 新 東京都環境科学研究所 主任研究員


講座ダイジェスト

なぜ適応策が必要なのか

高温、干ばつ、少雨、多雨など、極端な気象現象が世界各地で頻発しています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、2013年9月の第5次報告書で述べている通り、気候システムに対する人間の影響は明瞭であり、もはや温暖化は疑う余地がありません。温室効果ガス排出を今すぐゼロにしても、世界の平均気温は1.5℃程度まで上がり続けます。そのため、温暖化ガスの削減(緩和策)は最大限実施する必要がありますが、もはやそれだけでは間に合わず、避けられない影響に対する対策、つまり「適応策」が必要となるのです。

では、適応策とはどのようなものでしょう。一例として、地下鉄駅の入口の水害対策を考えてみて下さい。防水板で対応する様な構造の場合、災害が大きかった場合には水がオーバーフローしてしまいます。現在の対策の限界を超えた場合どうするか?・・これが気候変動リスクに対応して適応策を検討するということです。従って防水扉で完全に閉鎖できる構造であれば、将来的に水害が大きくなっても対応できる訳ですから、今のままでも適応策ですと言える訳です。つまり、既存の施策で考慮すべき様々なリスク要因に、新しく気候変動リスクを加えて検討した施策が適応策なのです。

一方で、気候変動リスクは、将来予測が難しく、対象も非常に広範囲に及びます。また、その影響は個々のケースで具体的に異なり、しかも、それまでに経験したことがないものにもなります。そのため、しばしば検討の場では、予測精度の議論に終始したり、当事者意識を持ち難かったリ、一般論で終わり具体的対策まで行き着かないなどの難しい側面があるのも事実です。

後悔しない適応策〜グリーンインフラ

不確実な気候変動予測を根拠に巨大なコンクリート構造物を作るような対策は、やる側としても勇気がいるものですし、予算獲得も困難です。そこで今、後悔しない適応策として「グリーンインフラ」が注目されています。これは、植物など自然環境が持つ機能を社会問題解決に活用しようというものです。そのメリットをいくつか挙げてみましょう。

  • コンクリート構造物に比べて安価で、かつ柔軟
  • 適応策以外の機能を併せ持つ(生物多様性、グリーンツーリズムによる経済効果 e.t.c.)
  • コンクリート構造物に比べて、すぐに効果が出やすい(CO2吸収、グリーンアメニティ e.t.c.)

堤防やダム等を作る、いわゆる「グレーインフラ」は単機能型であるのに対して、「グリーンインフラ」は多機能型であり、その効果も、短期間に目に見える形で分かるものになります。そのため、賢い役人は「適応策をやろう」とは言わず、「グリーンインフラ」をやろうと言います。すでに世界各地で、その先例が広がっています。

本当に機能する適応策とは何か

災害が起きた時、それぞれが取るべき対策は、実は個人個人で異なります。どんな場所に住んでいるのか、避難所までの距離はどれくらいか、誰と住んでいるのか、資産はどれくらいか・・・その他、それぞれ個別の事情があるからです。つまり、本当に機能する適応策は、個人で考える必要があるのです。そして、主体的に適応策を考え始めると、気候変動だけでなく、少子高齢化、過疎化、コミュニティ崩壊など、あらゆるリスクを総合的に考えなければならず、最後には、地域のあり方を考えなければなりません。

実は、役所を含めた組織とは総合的に考えることが苦手なのです。組織は与えられている権限と責任の範囲内で考え、動きます。あなたがいる地域のことを最も総合的に分かっているのは、あなた自身であり、その地域をどうしていきたいかを決めるのもあなた自身なのです。その意味でも、個人個人が適応策を考える必要があり、適応策を考えることはより強い地域、より良い地域を考えることなのです。

そこで、個人から始める気候変動適応策のポイントをお伝えしましょう。

  • 自分自身の問題として考える
    →自分の住む所は大丈夫か? 当事者にしか分からない影響は?
  • 地元で活動しているグループに興味を持つ
    →地域をより良くしようとしている人達と話してみる
  • ネットワークを広げる
    →行動すると理解が進む 行動していると繋がりができる
  • 行政と繋がる 企業と繋がる
    →行政も困っている 企業にとって適応策はビジネスチャンス

オバマ前アメリカ大統領は、COP21のスピーチでこう言いました。
「私たちは、温暖化の影響を実感する最初の世代であり、対策を取れる最後の世代である」。

私たち一人ひとりが、この言葉を胸に刻み、それぞれの適応策を作ることに積極的に関わっていくことを期待しています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)