市民のための環境公開講座2016

市民のための環境公開講座2016

認識から行動へ。学生から社会人まで1万8千人が参加した学びの場。

お知らせ今年の講座は全て終了いたしました。たくさんの方のご参加いただき誠にありがとうございました。

パート3 環境問題を見つめなおす

新宿会場 18:30〜20:15
レポート

11/1

俯瞰的視点で環境問題を考える

講座概要

地球環境問題が認識されて久しい。にもかかわらず、その解決への視点が見えないのは、専門分化した視点からの議論がほとんどで、俯瞰的視点が欠けているからです。少なくとも、地球システムという空間的なスケール、地球環境史という時間スケール、文明とは何か、これらの俯瞰的視点を持たない限り、この問題の本質は見えてはきません。本講演では、これらの視点から、地球環境問題を解説します。

松井 孝典 氏
松井 孝典

千葉工業大学 惑星探査研究センター 所長

「環境問題」とは何か

人類の歴史は約700万年前まで遡りますが、我々はその中のホモサピエンスという種です。ホモサピエンス以外にも人類はいて、3万年前にはネアンデルタール人がホモサピエンスと共存していました。また、それ以外の人類もいたことが分かっています。しかし、「人間圏」を作って地球の上で生き始めた人類はホモサピエンスだけです。環境問題を述べる上では、人類の生物学的な違いはあまり意味を持たず、このような文明と関連した違いに目を向ける必要があります。

文明の問題としては、私たちは環境問題以外にも色々な問題を抱えています。例えば、私たちは今、色々な病気を抱えています。これを解決するために、アメリカはGDPの20〜25%を使っています。では、その原因は何かというと、私たちが今のような生き方をしたがために生まれたものです。成人病や肥満など多くが、ホモサピエンスが長い年月の中で作り上げてきた暮らし方とのミスマッチによって起きています。薬を使った対処療法はできても、そのコストがGDPの20〜25%なのです。自分で病気を作って、その治療のために働いているようなものです。これは、奇妙なことではないでしょうか。

環境問題も同様です。一生懸命生活をして、そのために地球環境に負荷を与えて、環境問題の対策に頭をひねっているのです。私たちは経済の枠組みの中で生計を立てているので、それをまず前提にするわけです。今の経済を前提にする限り、この問題はずっとついて回ることになります。エネルギーを使っている限り、自然エネルギーですら環境に負荷を与えています。例えば、太陽光エネルギーは、太陽から降り注ぐ光の何%を宇宙へと反射し、何%を吸収するという割合を変えてしまうことになるのです。僕から言わせると、殆どの環境問題に関する議論は、本当に変えたいのなら何をなすべきかということの根拠が不十分なのです。

「文明」の正体とは何か

ホモサピエンスが生まれる前の人類が、何をして生きてきたのかというと、他の動物と同様に狩猟・採集でした。これをシステムという見方で見ると、生物圏の中の物質循環・エネルギー循環の流れの中で閉じて生きていたということになります。一般的な言い方で言うならば、食物連鎖に連なって生きていたということです。農耕・牧畜が始まる前の人類は、生物圏の中の種の一つとして生きてきたわけです。

ところが人類が農耕・牧畜を始めて、何が起きたでしょう?生物圏の中から飛び出して、人間圏という新しい構成要素を作って生きる・・・これが、農耕・牧畜という生き方です。例えば、森林を伐採して畑に変えることが農耕ですが、その結果、太陽から入ってくるエネルギーは、森林が覆っている場合と農地の場合とでは、反射割合が異なります。つまり、太陽光のエネルギーの流れを変えているわけです。同様に、雨が降った時の侵食の割合もまた異なります。

このように、新しい構成要素が出現したことで、全体のエネルギーの流れに変化が生じたのです。これが文明というものです。ただ、この時代の人間圏は地球システムと調和的でもありました。使うのは太陽エネルギーや僅かな風力などで、人間圏の中にエネルギーを持っていなかったからです。地球に負荷をかける生き方ではなかったのです。人間圏の中にエネルギーを持った時から事態が変化しました。具体的に言うと、産業革命です。欲望のままにエネルギーを使うようになり、我々が動力を持つことで、地球上での物質の流れを加速することになりました。そのために廃棄物がたくさん出て、二酸化炭素がたくさん出て温暖化に向かったのです。これが文明の正体です。

「真の環境問題」とは何か

実は、「人間圏を作る」という生き方は、生き延びるという意味では最悪の選択でした。僅か1万年で、環境問題をはじめとして、その限界が語られ始めているからです。ホモサピエンスとしての歴史ですら20万年あるのです。その大半は狩猟・採集をやっていたのであり、生き延びるという点においては、その方が遥かに優れた生き方と言えるのではないでしょうか。

僕は、環境問題や文明の議論を聞いていて不思議だと感じるのは、「生き延びる」とか「長生きしたい」ということばかりを人々が口にすることです。ミスマッチした生き方で病気を自ら作り出し、それを薬で治すような生き方をしておきながら。自分は何のために生きているのかを問わずに、ただ生き延びることを議論するというのは、僕には理解できません。環境問題の議論は結構なことですが、今日、私が皆さんに一番問いたいのはそのことです。

一方、プラスの側面もあります。この広大な宇宙がどんな構造をしていて、我々がいつ生まれて・・・そんな議論を私たちはできるのです。20世紀最後の10年で、それまで見つけることができなかった系外惑星が発見され、超弦理論が発展、そして21世紀に入ってすぐ、ヒッグス粒子が発見され、重力波が検出されました。高度な人間圏を作ったことで、宇宙、地球、生命の謎が解き明かされてきたのです。一方で、そんな議論をすることができ、他方で、我々の生命が脅かされる事態も進行している・・・これを僕は、「文明のパラドックス」と呼んでいます。

環境問題を考えるということは、本当は、我々の知の世界がどこまで到達しているのかを視野に入れて考えないと議論できない問題であり、我々が現在持っている知識全てを総動員して考えるのが環境問題です。我々は何者であり、何のために生きているのかまで遡って議論しないと、真の環境問題は姿を現さないだろうと思います。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)