市民のための環境公開講座2016

市民のための環境公開講座2016

認識から行動へ。学生から社会人まで1万8千人が参加した学びの場。

お知らせ今年の講座は全て終了いたしました。たくさんの方のご参加いただき誠にありがとうございました。

パート1 食・学び・暮らし

日本橋会場 15:00〜16:45
レポート

7/12

森で育つ子どもたち

講座概要

森を育ちの場として、展開している森のようちえん。ここ数年で全国に広がりを見せ、幼児教育・保育の分野にとどまらず、林業や農業をはじめ、他分野での期待も高まっています。みなさんと一緒にその魅力に迫りながら、幼児期の子どもたちの自然な育ちから、未来の社会像を考える時間となったらうれしいです。

小菅 江美 氏
小菅 江美

森のようちえん全国ネットワーク運営委員

森のようちえんとの出会い

小菅 江美 氏以前、私は小学校の先生の仕事をしていました。1・2年生が学ぶ生活科という授業では、野菜の栽培や動物の飼育がカリキュラムに入っていて、私が赴任していた学校では、馬を飼育することになりました。やがて、その馬が赤ちゃんを産んだのですが、この子が大変な暴れ馬に育ってしまい学校では飼えなくなったことから、私はこの馬を引き取るために教員を辞め、親戚の家の近所にあったキャンプ場で馬を飼育しながら働くことになりました。実はその時すでに、学校を離れても、キャンプ場でなら子供達に何かを教えるような活動ができるのではという考えを持っていました。その後、石亀泰郎さんの「さあ森のようちえんへ」という、デンマークにある森の幼稚園を伝える写真集と出会ったのがきっかけで森の幼稚園に興味を持ち、2004年1月、現地デンマークへ視察にいくことになりました。

デンマークで見た「森の幼稚園」

小菅 江美 氏デンマークで森の幼稚園が誕生することになるきっかけは、1950年代に遡ります。当時、子供を連れて森を散歩するお母さんが各地で増えたことが発端とされています。デンマークは、当時の税率で、所得税48%、消費税25%という国ですが、それだけに、国民みんなの想いになった事柄については、国がサポートするという社会です。この森の幼稚園についても同様で、行政が予算を組むことになり各地に設立されました。もちろん、私たちが通常思い浮かべるような幼稚園もあり、国民にとっては色々な選択肢が用意されることになります。この「選択肢がある」ということが、地域の財産であり、豊かさの証なのだというデンマークの考え方に、成熟した社会の姿を見た想いでした。

小菅 江美 氏私自身、キャンプ場で馬を育てるなど多少アウトドアの心得はある方だと自負していましたが、現地へ行くと、−15℃という寒さの中、森を元気に歩く森の幼稚園の園児達に、とても衝撃を受けました。そして、そんな厳寒の森に出発するための身支度に1時間をかける先生達のおおらかさ、毎日出かける場所は園児達の投票で決まり、行った先で出会ったものがその日のカリキュラムになるというライヴ感、全学年が一つになって行動するため、年長児が年少児の面倒を見て、それを先生が見守るという指導体制、遊ぶ時の安全管理を園児自身に委ねる信頼関係など、日本の教育とは違うものを次々と目にすることができました。

そんな森の幼稚園も、実は最近デンマークでは減ってきているようです。森の幼稚園は、通常の幼稚園より子供を預ける時間が短いのですが、当時と比べて、デンマークは景気が良くなっているために大人が長時間労働傾向にあることや、多民族化しているために格差が生じていることが背景にあるようです。一方、ドイツでは森の幼稚園は増えているという状況もあるようです。

自然環境のために「教育」ができることとは?

小菅 江美 氏私がデンマークに行った頃から、日本でも森のようちえんが増え始め、今では各都道府県にあります。実は、デンマークでのことを書く時には「幼稚園」としますが、日本では「ようちえん」と平仮名で表記しています。なぜかというと、デンマークでは法律で認められた存在なので「幼稚園」と表記して問題ないのですが、日本では認められていないので漢字表記をすると、文部科学省や他の幼稚園から怒られてしまうからです。

一方で、鳥取県や長野県は、こうした国の認可を待たずに、自治体が森のようちえんを支援し、予算をつけているという例もあります。長野県は日本で一番たくさん森のようちえんがある県ですが、県が持っている自然環境を最大限に生かすことが県の強みだと考えて、こうした動きをとっているのです。

国は、認可をする上で建物があることを求めます。そして、園児一人当たりに必要な面積を定めています。そうしたものが、森のようちえんを認可してもらう上でのネックになっているのですが、私達からすると、建物にお金をかけるよりも、森や田んぼ、畑、川、海の存在が重要であって、ここにお金をかけて欲しいと思っています。

小菅 江美 氏去年私達は、上越市に新しい園舎を得ました。そこは、子供がいなくなって閉鎖する予定だった園を譲り受けたものでした。そんな地域ですので、集落から若者は消え、田畑があっても譲り渡せる後継者もいず、「あと1〜2年かなぁ」という言葉が高齢者の皆さんから返ってくるような所に私達は入って行きました。しかしそこは、田んぼのあぜ道をすみれの花が覆い尽くすような素晴らしい場所でした。結果として、私達は地域の人々から色々な声を掛けて頂くようになりましたが、こうした自然環境に子供を介して関わることは、色々な可能性を開きます。地域資源を「教育」というフィルターをかけて見てみると、全てのものは教育のための素材として生かされ、荒廃する地域も命を吹き返すことができるのです。

自然が元気であれば、それは子供達にとっての最大の教育資源となり、それを維持するために大人が関わっていく・・・そんな循環は夢のサイクルではないことを、私は森のようちえんを通して目にしてきました。実際、森のようちえんでは、例えば、お母さんがチェーンソーを持って木材を細かく刻んだりと、子供達以上に大人が楽しんでいる光景をよく見かけるのです。私達が大事にしたい自然は、教育という視点からでも維持することができるのです。その可能性を広げていくことも、森のようちえんの役割だと思っています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)