市民のための環境公開講座2016

市民のための環境公開講座2016

認識から行動へ。学生から社会人まで1万8千人が参加した学びの場。

お知らせ今年の講座は全て終了いたしました。たくさんの方のご参加いただき誠にありがとうございました。

パート1 食・学び・暮らし

日本橋会場 15:00〜16:45
レポート

7/5

自産自消する社会をつくる。 人と農を「つなぐ」ということ

講座概要

「農業が好き、自然が好き、野菜が好き、生き物が好き、土が好き」そんな言葉があふれる社会が自産自消のある社会で私が目指す形です。そのためにマイファームは耕作放棄地を活用して農業体験ができる場所を作り、農業を仕事として始めたくなる農業学校アグリイノベーション大学校を運営しています。さらに農業界に安心して飛び込めるよう農業支援事業を行い、販路支援や農地支援を行い、全国に自産自消のある社会の芽を作り出しています。

西辻 一真 氏
西辻 一真

(株)マイファーム 代表取締役

5歳で野菜作り、そしてマイファーム設立まで

20160705_0100 私たちの会社は、「自産自消」できる社会を作りたいということから約10年前に取り組みを始めました。似た言葉に「自給自足」というものがあります。これは、自分たちで作って自分たちで食べる、生きる糧としての行為であるのに対して、「自産自消」は、世の中の人みんなが、家庭菜園でも、ベランダ菜園でも、週末農業でも、本格的農業でも何でもいいので、自然に触れ合う時間を持って欲しいという願いを込めて名付けたものです。具体的には、耕作放棄地を再生して農業を楽しむ場所に変える事業、農業に興味を持った人が本格的に学ぶことができる農業教育事業、野菜の販売や卸し、そして全国7ヶ所の農場での野菜の生産、また特に、耕作放棄地でしかできない養蜂・養鶏なども手がけ、売上げ的にも成長を続けています。これらを通して私たちが伝えたいのは、「耕作放棄地」という社会で問題になっている場所を再生することは、ビジネスでもできるということです。

転勤族の家庭に生まれた私は、仲間の輪にも上手く入れず、5歳の頃には家の裏庭で母親と野菜作りをすることが趣味でした。幼少期から農業に少なからず興味を持っていた私は、高校一年の時、地元で耕作放棄地の存在に気づいてしまいました。当時の私は生業として野菜を作るのではない「野菜作り」と、それで生計を立てていく「農業」の違いも分かっておらず、放棄されている大人の事情も知らないまま、放棄地を単に勿体ないと考え、農業の道に進むことを心に決めました。

20160705_0174 その後、京都大学農学部で学び、卒業後、会社員経験を積んでいた2007年、一連の食品偽装が社会問題化したのを契機に、「今やらなければ」という想いで遂に農業に足を踏み出す決意をしました。手始めに、まず農地を借りなければと各地の農家に飛び込みで相談を持ちかけました。一日20軒位こなしましたが、8ヶ月経っても一軒もOKを頂けません。しかし、その噂を聞きつけたJA京都山城の協力を得て、遂に一軒の農家をご紹介頂きます。そこは、かつて私が飛び込みをして断られた農家でしたが、今度は二つ返事で了解を頂き、ベンチャー起業を支援する京都銀行の融資も得て、念願の農業の道へと入ることができました。農業とは、建物の中で人目に触れず行う産業ではないので、この一つ目の耕作放棄地がきちんと運営され始めると、かつて断られたはずの各農家から逆に声がかかり始め、2年目以降、会社は順調に成長軌道に乗っていきました。

「弱体化か、イノベーションか」 日本の農業が迎える転換点

20160705_0310 なぜ日本の農業がここまで停滞してしまったのかを僕なりに分析すると、今までの農家さんたちが、自分が作ったお米や野菜が、どこに行って誰が食べているのかを知らないことにあるからだと考えています。それを知っているのと知らないのとでは、気持ちが違いますし、気持ちが違えば作り方が変わります。つまり、どこの誰が食べているのかを知り、もっと言えば、誰に食べて欲しいのかを強く意識する農業に変わっていかなければなりません。

日本の農業人口は、2025年に90万人になるという試算があります。しかもそれは、2015年以降、毎年2万人ずつ増えていった上での90万人です。つまり、2025年には、農業人口の1/3弱がキャリア10年未満の人で占められることになります。これは、産業として大変脆弱な構造かもしれません。一方で、イノベーションが大変起きやすい状況にある産業とも言えます。僕は楽観的かもしれませんが、後者の方を期待しています。

消費者は、グローバル化した食料より、ローカルな近い場所で作られた野菜を指向する時代に変わってきました。ですから、いずれはみんなが野菜作りをしていて、近くにいる人たちの野菜で消費者の皆さんが生活できる・・・そんな安心できる社会を作っていきたいという考えを持っています。

これからのマイファーム

20160705_0056 マイファームは、40万haの耕作放棄地のうち、都市部のものを体験農園事業に活用しています。そこで、野菜作りを楽しいと感じた人が農業のことを更に学べるように農業教育事業を、教育を受けて自分も農業を始めたいと思った人が始めやすいように、農地検索や資材レンタルをはじめとする支援事業を・・・という具合に、農業できないフィールドをどんどん潰し、農業しやすい世の中を作るために事業展開しています。また、養蚕、養蜂、養鶏など耕作放棄地でしかできない農業に取り組み、いずれそれらが産業として復活するための橋渡し役も担いたいと考えています。

僕自身は、「一真」という名前の通り、こうと思ったら一直線に進んでしまうタイプで、それ故に、東日本大震災の時には、被災地、つまり大量の耕作放棄地を救いたいという想いが強過ぎて、経営者としての判断を誤り、一時期は、会社側から解任されるという経験もしました。

20160705_0309 実は、その当時に出会い、今も大切にしている言葉があります。それは、『早く行きたいなら一人でいきなさい、遠くへ行きたいならみんなでいきなさい。』です。それまでの私は、「自産自消」というイメージは持っていても、それがどういう社会なのかを明確に思い描くには至っていませんでした。自分の中の想いだけが先走っていたのです。会社も、ワンマン社長のトップダウン型でした。しかし今は、社員が何をしたいと思っているのか?それをよく見るように心がけています。作り上げるプランも、それがすぐに実現できることなのか、時間がかかることなのかを考え、「こんな社会って遠いよね」ということなら、それをきちんと認め、しかし、描いた理想を実現するために、みんなで歩んでいく心づもりで進んでいるところです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)