市民のための環境公開講座2015

環境問題は、自分問題。

お知らせ 本年の講座は全て終了致しました。ご参加いただき、誠にありがとうございました。ダイジェスト版を掲載いたしました。

パート3 持続可能な社会の実現に向けて[新宿会場 18:30〜20:15]

「魚食」は持続可能な食文化のキーワード 11/17 (火) レポート

「魚食」は持続可能な食文化のキーワード

講座概要

日本人にとって昔から身近な食材である「魚」。しかし近年は消費量が減少の一途をたどっており、魚の種類や調理方法を知らない方が増えています。「魅力的な魚の食べ方」を知ることで魚がより身近になり、魚を食べることで持続可能な食文化・生活スタイルを築いていくことの大切さをお伝えします。

「魚食」は持続可能な食文化のキーワード

魚を食べる、と言えばこの方

上田 勝彦 氏

(株)ウエカツ水産 代表取締役、東京海洋大学客員教授、元水産庁・漁師

魚離れは、いつ、どこで始まったのか

上田 勝彦 氏「魚離れ」という言葉が世の中に出てきたのは、今からちょうど30年前のことです。その後、どんどん魚離れは進み、今では30年前の更に1/5の消費量になりました。肉は10年前に魚の消費量を抜き、じわじわと上昇し続けています。この10年間に何が起こったのでしょうか?まずコンビニエンスストアが爆発的に増えました。ファーストフードは種類が増え、価格も安くなりました。街では世界各国の食べ物を口にすることができ、食の情報が溢れるようになりました。街に行くと、魚を食べさせてくれる店は増え、その多くが賑わっています。それを見ると「魚離れなんて嘘だ」と思うかも知れませんが、消費は実際に減り続けています。これは一体どういうことなのでしょう。

魚離れが始まったと消費量の折れ線グラフが下降し始めた段階で、普通の企業だったら大騒ぎです。売り上げが1/5にまで減ってしまったら、企業なら潰れています。それでも30年間この状況を放置してきた水産業界には驕りがあったのではないでしょうか。水産庁や水産業界は、こんなスローガンを言い続けてきました。「魚を食べるのは文化です」「自給率を上げましょう」「魚は重要なタンパク源です」「一次産業を保護しましょう」「資源を有効活用しましょう」・・・いずれも大切なことであるのはもちろんです。

上田 勝彦 氏しかし、消費の現場でどんな感覚で物を買っているのかというと、「なんとなく」「気分」「健康・美味しさ」「財布(値段)」を気にするのです。売り場で魚を手にとって、「文化だから」とか「自給率アップだから」と思う消費者がいるでしょうか。水産業界の言葉は相手に全然響かなかったのです。「伝える」と「伝わる」は違います。相手がピンと来ることを言っていないのであれば、それはやっていないのと同じことです。こうして、魚離れは家庭で広がっていきました。

戦後の魚食の変遷

上田 勝彦 氏次に、戦後から現代までの人口構成と魚の食べられ方の変遷について考えてみましょう。

戦後すぐの、赤ちゃんが多くて老人が少ない人口ピラミッドが三角形の時代は、向こう三軒両隣でイワシを焼く煙がたなびき、日本人の食は正に魚とともにありました。これが高度経済成長期に移ると、働き手の世代が最も多く、赤ちゃんがやや少なくなります。この時代に海外から小麦粉・乳製品・肉が入ってくるのですが、栄養士さんに言わせると、魚をベースに、ちょっとの粉・乳・肉というのが完璧な栄養構成だそうです。因みに、ベトナム戦争の時、若い米兵が大して戦っているわけでもないのに次々と命を落とす現象があり、アメリカのシンクタンクが対策として世界各国の食事を調査したところ、この時期の日本の食事が世界で一番いい食事であるという結論にも至っているのです。そんな食事をこの時代の日本人は摂れていました。
上田 勝彦 氏そして現代ですが、上が太くて下が細い人口ピラミッドに二つの線を引くことができます。一本は60代、もう一本は30代です。60代以上の人々は、相変わらず魚を食べてくれているという実感がありますが、30代〜60代の人々は魚食に対して虫食い状態です。魚を家でなく主に外で食べる人たちです。彼らは、子供時代に粉・乳・肉がやや多めのハイカラな食生活を送り、親から魚の料理法を教えられていません。つまり、魚離れとは「魚食離れ」と「魚調理離れ」があるわけですが、彼らは後者です。かつて家庭のおかずだった魚は、彼らにとって嗜好品となってしまいました。嗜好品とは無かったら無いで済んでしまうもののことです。その結果、彼らの子供に当たる30代以下の世代は、砂利つぶほどの魚食とでも言いましょうか、もっと食べなくなってしまったわけです。お寿司は好きだと言うかもしれませんが、毎日回転寿しに行けるわけではありません。行ったとしても、最近は魚ではない物がグルグル回っていて、そっちが目当てだったりすることもあるようです。

また、もう一つの傾向として、今は国民の85%がスーパーで魚を買うそうですが、そこで買う魚とは何でしょう。サケ、マグロ、イカ、エビ、魚卵、アジ、サバイワシ、養殖カンパチあたりでしょうか。せいぜい10種類程度です。でも、日本に流通している魚は300種類あります。今、日本人の多くは、スーパーが扱いやすい魚だけで飼い馴らされているようなものなのです。このままいくと、次の世代ではどうなってしまうのでしょう。

地図を見よ。そして食卓を見よ。

上田 勝彦 氏日本は6700の島からできている島国です。その合計面積は世界60位前後です。私たちは、この小さな国でどうやって食べていくのかを考えなければなりません。ところが、その海岸線を合計すると世界6位に跳ね上がります。それはアメリカやオーストラリアに匹敵する長さなのです。さらに、栄養たっぷりの親潮と暖かい黒潮がぶつかる世界三大漁場の一つが目の前にあります。そんな日本で獲れる魚は300種、エビ・カニ・海藻・貝類を入れた魚介類で言うと500種です。

一方、陸地面積は小さいですが、山が深くて、森林が豊かで、水が潤沢です。川が多く、その扇状地の河口の広がりの中で米や野菜もたくさんできます。肉はどうでしょうか。鳥はOK、豚も辛うじてOK、でも急峻な地形が多いので牛はちょっと大変です。そういう国が、どうやって食べていけばいいのでしょう。

上田 勝彦 氏国というからには、自力で食べていけなかったら嘘です。例えば、アメリカには広大な土地があります。そこにイギリスから肉が入ってきました。その土地で牧草を栽培し、自国でもしっかり肉を食べます。土地が痩せているインドでは、栽培しても土地が痩せない豆を育てます。豆は空気中の窒素を土の中に固定する細菌を共生させているのです。肉は、雑草を食べてくれるヒツジやヤギを飼育します。このように、国にはそれぞれの国民を養うために決められた食べ方があるのです。「食は国なり」という言葉があるように、「あなたの国はどういう国?」という問いは「あなたの国はどういう食べ方をしている国?」という質問と同義語です。もし日本が魚から離れたら、いいカモができたと喜ぶ国がたくさんあることでしょう。地図が物語っているのです。地図を見れば、日本人が何を食べなければ存続していけないかは明白です。今日、明日、明後日、私たちが何を食べるのか・・・その集積が国の性格を作っていくのです。そのためには、飲食店が食べさせてもだめなのです。私たち自身が、日常生活に魚を取り戻すことが必要なのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦