市民のための環境公開講座2015

環境問題は、自分問題。

お知らせ 本年の講座は全て終了致しました。ご参加いただき、誠にありがとうございました。ダイジェスト版を掲載いたしました。

パート2 食・農・暮らし[日本橋会場 15:00〜16:45]

食・農・環境をつなげ、人を育てる有機園芸 ~教育農場の四季~ 10/20 (火) レポート

食・農・環境をつなげ、人を育てる有機園芸 ~教育農場の四季~

講座概要

私たちの生活と切っても切れない食・農・環境。しかし、そのつながりが見えている人は少ないのではないでしょうか。便利で快適な都市型生活の中で自分が食べているものの姿さえ見えなくなってしまった今、農業の教育力が注目されています。四季折々の写真を眺めながら、自然循環型農業で、自分で野菜や花を育てて利用することがもたらす効用について、またそれを暮らしの中に取り入れるにはどうしたらよいか一緒に考えてみましょう。

食・農・環境をつなげ、人を育てる有機園芸

農業の魅力を紐解く人

澤登 早苗 氏

恵泉女学園大学人間社会学部 教授/教育農場長

園芸体験が必要な現代社会

澤登 早苗 氏「ジャガイモ、サトイモ、サツマイモはどこにできますか?」
「ダイコンのタネはどこにできますか?」
「レタスの花を見たことがありますか?」
「落花生はどこにできますか?」

皆さんは正しく答えられるでしょうか。その絵を今の学生に描かせると、ビックリさせられる絵が次々と出てきます。身近で食べるものがどういう風にできているかを知らない人々が、なぜ増えてしまったのでしょうか。食べ物は豊かになりましたが、その一方で食べ物の元の姿は現代の暮らしから消えてしまいました。或いは、子ども達がそれを知りたいと思っても、それよりも勉強をしなさいなどと親が言ってしまって、食べ物の姿が見えにくくなっているのです。しかも、これは都市部に限らない現象です。都市部の方がむしろ農業体験教室などに積極的な一方、農村部でそういった機会が乏しい場合さえあります。野菜のタネがどこからやってくるのかを尋ねたら、お店だという答えが戻ってくるのは、農業の近代化・合理化がもたらした弊害の一つで、その結果、命の繋がりが見えにくい時代になってしまっているのです。この欠落した感覚を取り戻し、意識を育てるためには、自分で畑を耕し、タネを蒔き、育てる・・・つまり「自分でやる」ということが最も有効です。恵泉では、有機野菜作りを学ぶ「生活園芸」という必修科目がありますが、今、正に有機農業や園芸が、こうした世の中に対して重要な役割を担うべき時代がやってきたのです。

園芸が持つ「教育力」

澤登 早苗 氏生活園芸の指導を20年やってきて最近特に感じるのは、年々野菜嫌いの学生が増えていることです。しかし、学生たちは実習という体験を経て、「自分が育てると美味しく食べられた」とか、「野菜を育てたことで母になったような気持ちになった」、或いは、「いただきますの意味が分かった」「食べものを粗末にしないようになった」という感想を持つように変化していきます。

その教育効果について外部評価を依頼したところ、実習前には学生の70%がこうした園芸に否定的だったのが、実習を半期終えた段階でほとんどが肯定的に捉えており、体験を通して園芸に対する変化があったことが分かりました。

この変化を更に細かく見てみると、まず、収穫物を介した家族関係・人間関係の再構築があります。作った野菜を持ち帰ることで、お爺ちゃん・お婆ちゃんと共通の話題を持てたとか、お父さんがお小遣いをくれたとか、隣近所と会話をするようになったという話をよく耳にしますが、学生たちは野菜を通して他者との共存を確認できたのです。

澤登 早苗 氏また、「食」「いのち」「子育て」への関心を喚起することにも繋がっています。そろそろ結婚が視野に入ってくるこの年代にとって、野菜作りは子育ての疑似体験となります。後に子どもの育ち方と野菜の育て方を並べて考え、子育てが楽になったという話も聞いたことがあります。

さらに、共同作業による社会性の向上という効果も見られました。実習は二人一組で行うのですが、自分が休むと相手に迷惑が掛かるという意識・責任感の芽生えや、育った時の喜び・上手くいかない時の疑問を共有することで、面と向かったコミュニケーションが苦手なスマホ世代の学生たちが、次第に阿吽の呼吸で作業をするようになっていくのです。

そして、学生たちは畑も生きているということ、土は単なる野菜の支持体ではなく、中に無数の命が生きており、それが豊かな実りをもたらしてくれるということも理解します。このように恵泉の生活園芸は、作物栽培の技術を学ぶということよりも、持続可能な社会を担う市民育成の基礎教育として、学生の人間形成に繋がる教育力を発揮しているのです。

必要なものは全て農業の中に

澤登 早苗 氏大学教育で実践したこれらのことを社会でより広く生かしていくために、私は、港区南青山にある子育て支援センターで未就学児とその家族を対象に行う親子有機農業教室を2003年より開催しています。そこでもやはり、参加した子ども達は野菜そのものについてはもちろん、自然の循環についても学び、家族や仲間との共同作業を通してコミュニケーション力を高めていきます。そして、子供以上に大人が楽しむ光景が見られます。農業体験には、人間力の向上、子育て力、或いは子育ち力の育成、食育効果、農業への関心など様々な可能性が内在しているのです。また、現代は何かをすると必ずその見返りが求められる世の中ですが、自然相手の農業は決してそういうことばかりではありません。そういったことを学ぶのも、生きていく上で大変重要なことです。

澤登 早苗 氏恵泉の卒業生に話を聞くと、その多くが、初めは嫌だと思っていたけれど園芸実習が一番の想い出だと語ります。学生たちは、そこから実に多くのことを学び、しかも学んだことは大人になってからジワジワと効いてくる、本当の教養と言えるものなのです。
歴史的に人は農業なしに生きていくことはできません。しかし、現代社会はその実感がなくても生きていくことを可能にしています。今、農的暮らしへの注目が高まっているのは、そんな命が見えない暮らしが広がっていることの息苦しさがあるからではないでしょうか。であるならば、食と農が繋がる暮らしを実践することで、社会が元気になっていくのだと私は考えています。そのためには、農業体験が不可欠です。人が生きていくために必要なことは、全て農業にあるのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦