市民のための環境公開講座2015

環境問題は、自分問題。

お知らせ 本年の講座は全て終了致しました。ご参加いただき、誠にありがとうございました。ダイジェスト版を掲載いたしました。

パート1 自然の魅力[新宿会場 18:30〜20:15]

宇宙から地球の雨を測る 7/21 (火) レポート

宇宙から地球の雨を測る

講座概要

近年、地球規模での環境変化が世界各地で顕在化しており、対策を講じるためにも、まずその実態を把握する必要があります。広い領域を繰り返し何度も観測して環境の変化を捉えるために「しずく」や全球降水観測主衛星など日本の人工衛星が打ち上げられていますが、それらがどんな風に宇宙から雨や雪を測り、どんな新たな発見をもたらし、日本や世界の水災害の軽減に役に立っているのかなどについて紹介します。

宇宙から地球の雨を測る

宇宙と地球をつなげるキーパーソン

沖 理子 氏

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター 主幹研究員

雨、それは世界最大の自然災害

沖 理子 氏近年、私たち日本人にとっては、大地震や火山噴火などで多くの人命が失われた記憶が強く刻まれています。しかし、世界的に見ると、自然災害被害の3分の2は風水害です。世界で水災害が増加している背景には、地球温暖化によって雨の降り方が変わっているということが一つにはありますが、大都市に富が集積され、一度水害に見舞われると経済被害が大きいという側面もあります。このように人間社会における降雨の脅威は大きなものとなりつつある一方、雨は、地上に暮らす私たちにとって、例えば、今日傘を持って出掛けるのか、或いは自転車に乗って行くのかなどの判断に関わるものでもあり、日常の大変身近な観測対象としても目が離せません。

そんな雨をどう観測するのか。その代表的なものとして、気象庁が全国に17km間隔で配備しているアメダス雨量計があります。また、地上レーダは、JAXAが、以前のNASDA時代から運用しているもので、半径100〜200kmの雨雲をカバーできるものです。このような日本全国をカバーできる観測網から天気予報で目にする合成レーダの画像は作成され、私たちは毎日それらを見ることができています。一方、気象衛星「ひまわり」は雲の様子を測っているもので、測定した雲の温度から雨量を推定しています。

地球の雨を宇宙から知る時代へ

沖 理子 氏人工衛星で気象を観測したいというモチベーションが科学者の間で高まったきっかけの一つは、1980年代にエルニーニョやラニーニャと言われる現象が熱帯地方で発生すると、それが日本に大きく影響するのが分かってきたことです。特に、1982年・1983年には、20世紀最大と言われたエルニーニョ現象が発生し、衛星の必要性が大きく叫ばれるようになりました。

その結果、1997年11月に日米で共同開発された熱帯降雨観測衛星(TRMM=トリム)が打ち上げられました。このTRMMは、今年6月、運用を終了してインド洋に落下するまでの約17年間の降雨観測を通して、様々なデータを収集し、その蓄積によって降雨に関する新たな事実や知見を私たちにもたらしてくれました。今日の私たちは、天気予報で当たり前のように降雨に関する様々な情報を入手することができます。しかし、雨のデータという基本的な情報ですら、20年前の私たちは充分持っていませんでした。降雨観測技術は、このTRMMを通して目覚しい進歩を遂げたのです。

日本がリードする全球降水観測計画

沖 理子 氏このTRMMの運用から得た教訓の一つは、衛星が一機しかないと、どうしてもカバーしきれないエリアが出てしまうということでした。そこで、国際協力によって各国の衛星を飛ばし、それぞれのデータを共有することで、頻度の高い全球レベルの降水観測を行い、その情報提供を準リアルタイムで実現するのが、「全球降水観測(GPM)計画」です。

TRMMからこの計画に繋げることができたため、TRMM時代からの観測データの蓄積が気候変化に関する更なる知見を私たちにもたらし、降水の科学について信頼性の高い知見を発信することができ、また、準リアルタイム降水情報が天気予報や洪水予測システムに利用できるようになりました。実際、この降水データの利用は、気象庁の数値予報や台風解析、日本気象協会の携帯電話・スマートフォン・PCサイト、また国際的にはアジア各国で、さらには、農業・工業・教育などの分野でも利用され、データユーザーはどんどん拡大しています。

沖 理子 氏このような衛星マップの作成を行っているのは、現在アメリカと日本くらいで、まだ世界的にはあまり多くはありません。特に日本は、日米でTRMMを共同開発した時に降雨観測レーダ開発を担当し、これが従前にあった技術を大きく進歩させました。三次元情報が取れ、解像度が高く、海域・陸域で均一の推定ができることは、その大きな特長です。

今や私たちは、全球降水マップのようなデータを準リアルタイムで入手できる時代になりました。科学的には、降水システム気候学と呼ぶべき新しい学問分野が拓かれました。また、TRMM時代以来の長期観測の実現によって、安定した長期のデータ提供ができたためユーザーが増加し、数値天気予報、洪水予測の分野などで実利用が進むなど、その功績は広範囲に広がっています。

人工衛星で地球を観測するということは、地球全体を知ることができるようになったということです。地球温暖化などで環境変動がどうなるかを真に知りたければ、地球全体を観測しなければなりません。そのために我が国の人工衛星が果たしてきた役割は大変大きく、また、今後も活躍してくれるものと期待しています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦