市民のための環境公開講座2014環境問題は、自分問題。

お知らせ 講座の全日程は終了いたしました。ダイジェスト版を順次アップしています。

パート2暮らしを見つめる 〜野菜・和食・古民家〜[日本橋会場 14:30〜16:15]

9/30(火) レポート

野菜の魅力と人に与える素晴らしさ

講座概要

人類が農業を始めたころに起こったことに、①食料が確保される、②農業は人類が初めて地球に対して行った環境破壊という事実でありました。農業は環境破壊だけの意味しか持っていないのでしょうか。私は、野菜作りのことなどから、この問題に言及し、野菜作りが環境問題、食料問題、食育、仲間とのコミュニケーション、地域を美しくなどいくつもの効果があることを述べていきます。そして、最後に一番大切なものとは、について語ります。

野菜の魅力と人に与える素晴らしさ TV「やさいの時間」でおなじみ
藤田 智 氏
恵泉女学園大学人間社会学部教授

21世紀の課題を解決する「農」

藤田 智 氏手つかずの自然と、人の手が加わった自然では、どちらが美しいと思いますか? この問いは、21世紀の私たちが抱える「人口」「食料」「環境」という3つの課題に関係すると同時に、今日のテーマでもある園芸にも深く関わってくる内容です。質問の答えは最後に触れることにして、話を先に進めましょう。

農耕が地球に誕生したのは、今から約1万3000年前といわれています。狩猟や採集を行う移住生活から、安定した食料生産を行う定住生活になった時期です。地域により、たとえばアジアではコメ、欧州では小麦、アメリカではトウモロコシが栽培されるようになり、今に至っています。

栽培には2種類あります。ひとつは、生きていくための栽培です。人間が地球にいる限り、この食料生産は止まりません。もうひとつは、家庭菜園やガーデニングなどの園芸で、こちらは食料生産というよりも、癒しやコミュニケーション、景観形成などが主な目的です。私は、現代人にはこの園芸こそが大切だと考えています。そこには、さまざまなものをつなぐ役割があるからです。

生産者への感謝の気持ちを育む

藤田 智 氏こんなことがありました。私が会長を務める、神奈川県秦野市の直売所「はだのじばさんず」での話です。

じばさんずでは、地域の生産農家が自分の育てた作物を、オープンの朝8時30分までに直売所に搬入するルールになっています。男性の高齢生産者Aさんはいつも、自分のほうれん草や小松菜を消費者が手に取る瞬間を見ては、ガッツポーズをして、また畑に帰っていきます。

そんなAさんが、8時30分を過ぎても直売所に姿をあらわさない日がありました。ようやくあらわれたのは8時50分を回る頃。しかも、息を切らせて足を引きずりながら野菜を運んでいます。ようやく野菜を並べ終わったとき、Aさんの肩を中年女性がドンと叩いてこう言ったのです。
「あんたの野菜、待ってたんだよ!」
Aさんは、驚きとうれしさのあまり「ありがとう。ありがとう」と繰り返しながら、足が痛かったことも忘れて普通の足取りで帰っていきました。

藤田 智 氏この話はほんの一例です。じばさんずでは、生産者と消費者の顔の見える関係が築かれ、至る所で心温まる出来事が起きています。そして、こうしたつながりはそのまま収益に結びつき、2004年には2億5000万円だった売り上げが、4年後の2008年には4倍の10億円にまでなりました。

この中年女性が園芸をしているかどうかまではわかりませんが、自分の庭やベランダで野菜を育てるという行為をとおして生産者の苦労を知ることができます。生産者のことを気にかけ、ありがたみを感じることができるようになるのです。

家族や地域の円滑材になる

藤田 智 氏園芸は、家族や地域のコミュニケーションを育み、地域の活性化にも寄与します。

神奈川県を流れる相模川の土手は以前、テレビやソファなどの不法投棄ごみが大量に捨てられている場所でした。怒った地元老人会がトラック数十台分のごみを片付け、美しいシバザクラの苗を植えたのです。その距離、約1400メートル。今ではちょっとした観光スポットになり、春先の開花シーズンには多くの人が愛でるために足を運ぶようになりました。沿道には農作物の販売屋台なども登場して賑やかです。

私が教師を務める恵泉女学園大学では、1年次の1年間、野菜づくりをします。自分で育てたキュウリやトマトは家に持ち帰り食べるのですが、ある生徒のレポートでもやはり、家族のコミュニケーションにつながった例がありました。その生徒は半年程前から父親と口をきかなくなり、もう一度話すようになるためのキッカケをつかめずにいたのですが、食卓にあがった自分の育てたキュウリのおかげで、また父親と会話ができるようになったそうです。

不法投機されていた場所が地域の誇りとなり、途絶えていた家族のコミュニケーションが復活する。こうした力が園芸にはあるということです。

環境負荷を減らす農業とは

環境問題に対しても効果があります。農業そのものは、広義では環境を破壊する行為ですが、手法を見直すことで地球環境に与える影響を小さくすることができます。

藤田 智 氏現在日本の食料自給率は40%程度しかありません。外食をするとさらにその割合は下がります。天ぷらそばを例に見ると、自給できているのは水くらいです。自給率を上げるために、6回の食事のうち4回くらいは家庭で調理し食べるとよいのではないかと思っています。自給率のアップは、輸送にかかる環境負荷や水の偏在に対する問題にも貢献することもつながっていきます。

土壌や水を汚さない農法として有機栽培や減農薬栽培などが注目されています。カリフォルニア州では、CSA(Community Supported Agriculture)と呼ばれるコミュニティーがあり、西海岸沿岸の都市部住民と内陸の生産者とが連携して、消費者が望む農業を生産者が行っています。

藤田 智 氏最初に皆さんに聞いた「手つかずの自然と人の手が加わった自然のどちらがいいか」という問いかけの私の答えは、「どちらも」です。農業も園芸も自然の一つと考えます。工業地帯や商業地、住宅地のなかに農地や園芸地があっていい。それらがつながって自然の一部になっていくのだと思います。

構成・文:中島まゆみ/写真:黒須一彦
エコロジーオンライン