市民のための環境公開講座2014環境問題は、自分問題。

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パート1どうなる?気候変動のこれから[新宿会場 18:30〜20:15]

7/15(火) レポート

地球温暖化リスクと人類の選択

IPCCの最新報告から

講座概要

国連気候変動枠組条約における国際交渉では、産業化前を基準に世界の平均気温上昇を2℃以内に抑えるという目標が掲げられています。しかし、新しく発表されたIPCCの第 5次評価報告書によれば、この目標を達成するためには、世界の二酸化炭素排出量をできるだけ速やかに減少に転じさせ、今世紀末を目途にゼロに近づけていかねばなりません。この状況に私たちはどう向き合ったらよいのか、リスク管理の観点から考えます。

地球温暖化リスクと人類の選択 温暖化研究といえばこの人
江守 正多 氏
国立環境研究所気候変動リスク評価研究室長

もはや地球温暖化に疑問の余地はない

江守 正多 氏IPCC(気候変動に関する政府間パネル)とは、気候変動について何がどれくらい分かっているかを評価する機関です。時々科学者の集まりと言われることがありますが、正しくは各国政府が主体となっている集まりです。つまり政府代表が承認した評価ですので、各国政府はこれを無視することはできません。そのIPCCが、2007年の報告書から「気候システムの温暖化には疑う余地がない」、2013年の報告書では「20世紀半ば以降の世界平均気温上昇の半分以上は、人為起源の要因による可能性が極めて高い(95%以上)」としています。これが、現在の国際的な認識です。

ところで、北半球では約300年前に「小氷期」と呼ばれる比較的寒かったとされる期間があります。象徴的に言われる例は、イギリスのテムズ川が凍ったほどの寒さだったそうです。また、この時期は太陽活動が弱かったことも分かっています。では、気温にしてどれくらい寒かったのかというと、北半球平均で0.5〜1℃です。一方で、これから温暖化によって我々が経験するとされている気温上昇は、どれくらいでしょうか。何も対策を講じなければ、2100年までに世界平均で4℃、今から目一杯対策をした場合でも2℃もの変化が予測されているのです。これだけの温暖化が進んだ場合、異常気象、自然災害、健康被害、農業や生態系への悪影響などが増えていくわけですが、人類は一体それをどれくらい心配したらいいのでしょう。或いは、どこまで受け入れられるのでしょう。

“Tipping Elements”はどこで起こるか?

江守 正多 氏ある温度を超えると、地球規模の大きなこと、例えば海の循環が大きく変わる、アマゾンの熱帯雨林が枯れ始める、グリーンランドの氷床の融解が止まらなくなる、そういったスイッチが入る温度が地球にはあるのではないかと考えられています。このような変化を“Tipping Elements”と言います。例えば、すでにグリーンランドは融け始めていますが、今ぐらいの温度上昇で止まるのならば融解も止まりますが、より温度が高くなると温度上昇が止まっても融解は止まらないという領域に入ってしまうかもしれません。それは1〜4℃の気温上昇と考えられていて、すでに産業革命前から1℃弱上昇を迎えている地球は、もうすぐこの範囲に入ってしまう可能性もあるのです。因みにグリーンランドが全て融けた場合、地球の海面は7m上昇します。但し、これが全部融けきるには1000年以上かかるとも言われています。だとすると、実は現在世代にとっては致命的ではないかもしれませんし、将来世代もこれに適応できないと決まったわけではないという考え方もできるのです。一方、そんなことが起きるのは耐えられないことだし、今の世代がそのスイッチを入れてしまって将来世代に迷惑をかけるなんてあってはならないと思う人もいるかもしれません。温暖化対策は価値観の問題でもあるのです。

江守 正多 氏だからといって、我々は何もせずにいるわけにはいきません。そこで、2010年に気候変動対策の長期目標として「産業化以前からの世界平均気温の上昇を2℃以内に収める観点から温室効果ガス排出量の大幅削減の必要性を認識する」ということが打ち出されました。このための対策を施した場合と、全く何もしなかった場合の世界の気温変化をシュミレーションすると、気温の差が明瞭になるのは2040〜50年頃からのことです。つまり、今から我々が目一杯対策しても、そのご利益が感じられるのは、来年や10年後ではなく、30年くらい先の話です。人類はそのために長期的な視点を持てるのかが、今、試されているのです。そしてその対策とは、2050年頃までに世界のCO2排出量を現在の半分にしなければならず、今世紀末にはゼロ、場合によってはマイナスにしなければならないという壮大な規模なのです。

人類は“温暖化対策”を共有できるのか

ゼロにするためには、色々な手法を組み合わせなければなりませんが、切り札の一つと言われているのが「バイオマスCCS(CO2 Capture & Storage=CO2回収貯留)」です。成長する植物はCO2を吸収しますが、こうして育った植物からエネルギーを取り出し、出てきたCO2は大気に戻さず地中に封じ込めてしまうというもので、すでに技術的に可能なレベルにあります。しかし、これらエネルギー作物の大規模栽培は、その土地を巡って食料生産と競合しますし、用地の開発はCO2排出・生態系破壊にも繋がり、また、大規模なCO2地下貯留という発想が社会的に受け入れられるかは未知数です。

また、これとは別の手法で「太陽放射管理」というものもあります。これは、地球に降り注ぐ太陽エネルギーを人為的に減らそうというもので、成層圏にエアロゾル(微粒子)を散布して日射を遮れば、気温を下げることができるというものです。但し、これも世界平均気温を下げることはできても、気温分布や雨の降り方が変わってしまう可能性がありますし、CO2を海が吸収し続ければ海洋酸性化の問題は引き続き残ります、また、仮にこの手法が上手くいった場合、その先で何らかの理由で続けられなくなった時に何が起こるのか(終端効果)にも懸念が残ります。いずれにしても、これは、いわば劇薬的な方法ですが、人類はこういったことを考えなければならない所まで追いつめられていると考える専門家も増えています。温暖化も嫌だけと、対策に伴う悪影響も嫌だとは、もはや言えない所にまで人類は来ています。

江守 正多 氏気候変動は、その悪影響が多く語られる反面、寒冷地が温暖化することによるメリットなど好影響の側面もあるかもしれません。同様に、温暖化対策を講じれば、省エネなどの副次的な好影響もありますが、経済的コストをはじめとした様々な悪影響もあります。つまり、温暖化が進んだ時に損する人もいますが、得する人もいます。温暖化対策を進めた時に損する人もいますし、得する人もいます。それは、国や地域、世代、社会的属性によって異なるものです。その中で世界全体の目標を見つけて、協力して取り組んでいくのは相当大変なことであるのは間違いありません。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン