市民のための環境公開講座2014環境問題は、自分問題。

お知らせ 講座の全日程は終了いたしました。ダイジェスト版を順次アップしています。

パート1どうなる?気候変動のこれから[新宿会場 18:30〜20:15]

7/8(火) レポート

気候変動適応策

我々は何をすべきか・ 都市と個人の立場から考える

講座概要

世界で頻発する異常気象、変化する気候に我々はどう対処すべきなのでしょうか?先日、公表されたIPCC第5次第2作業部会報告書は、大都市部への洪水被害リスクや極端気象現象によるインフラ機能の停止リスク等を挙げて、速やかで効果的な適応策の必要性に言及しました。気候変動リスクにはどんな特徴があって、適応策とは具体的にはどの様なものなのでしょうか?東京の現状を確認し、海外先進都市の事例に学びつつ、我々が進むべき方向を考えます。

気候変動適応策 都市の環境リスク専門家
市橋 新 氏
東京都環境科学研究所 都市自然環境・資源循環研究領域長

適応策とは何か?

市橋新氏「適応策」は、まだ認知度が低くサポーターが必要です。ぜひ今日は、この適応策を理解してサポーターになって頂ければと思います。

ご存知のように、世界の年平均気温は100年で約0.7℃上昇しました。降水量も増え続けています。世界各地で熱波・干ばつ・水害・大雪などの極端現象が頻発し大きな被害を与えています。様々な科学的研究によって、それらが温暖化の影響によるものだという可能性は疑う余地がなくなってきました。世界的には、気温上昇を最低限に食い止めるための様々な緩和策で気温上昇を2℃以内に抑えようと言われています。僅か0.7℃の気温上昇でもこれだけの被害が出てしまうのに、実際に2℃、或いはそれ以上上昇したら一体どうなってしまうでしょう。私たちは今、緩和策と同時に、2℃以内に抑えることができたとしても必要となる適応策もやっていかなければならないのです。科学者は科学的に証明できることしか明快に語りません。その科学者が気候変動の影響で色々な現象が起きていると語っているのですから、これを真摯に受け止めるべきではないでしょうか。

冒頭で申し上げたように適応策についての理解は進んでおらず、莫大な費用がかかる、将来の課題であるなどの誤解がまかり通っています。しかし、実は適応策は既存の対策と重なるものが多いのです。極端な気象現象が起こる「気候リスク」は今までも存在し、これらの対策は既に実施されています。今までは「気候は長期にわたって一定である」という前提で施策・事業・施設などは計画・実施されてきました。ところが実際には、気候は長期にわたって変化していくもので、これによるリスク、つまり「気候変動リスク」が考慮されているかどうかが、適応策と既存対策の違いなのです。既存施策において考慮すべきリスク要因が一つ増えたということであり、言い換えるなら、適応策とは既存施策がスタートラインなのです。必ずしも追加的に多大な費用がかかる訳ではありませんし、今着手すべき事も多々あります。

適応策にどうアプローチするか

市橋新氏適応策を導入しようとする中で、いくつかの問題点があります。一つは、気候変動予測の不確実性の存在です。気候変動の予測は、将来の社会シナリオをベースに計算がされるものなので、シナリオごとに結果が変わります。また、モデルごとの予測誤差も必ず発生します。すると議論が、予測の精度がどうなのかという点でぐるぐる回ってしまい先に進めなくなったり、予測の幅が広過ぎるので精度が上がるまで待つと言われて停滞してしまうことが珍しくありません。しかし、将来の社会を想定して予測している以上、予測の幅は永久になくなりません。さらには、関係者が広範にわたるため当事者意識を持ちにくかったり、対象とする範囲が広いので自分の課題として考えにくいという問題もあります。また、結果が出るのが30年後だったりするために、自分の手柄にはならないと興味の対象外にする人が多いという問題もあります。加えて、気候変動によってどのような影響が出るかは地域によって全く異なるので、検討すべき適応策も個別的・具体的でなければなりません。一般論で検討しても結果には結びつかないのです。

市橋新氏そこで私が取り組んでいるのがインタラクティブ・アプローチという手法です。これは、従来のグローバルからのアプローチ、つまり、気候変動予測から、分野別に影響を予測し、適応策を検討するという流れに加えて、ローカルの側からのアプローチも統合して適応策を進めていく発想です。まず初めに既存施策のリスク検証を行い、それをもとに適応策を選別し、個別適応策を計画、それらを総合化し、気候変動に強い持続可能な都市を作り上げていくというものです。この流れで作業をすると、そのプロセスで関係者の気候変動リスクへの理解も進み、気候変動予測を利用する下地ができます。また、個別の施設などを対象にすることから始められるので、当事者意識が醸成されやすく、個別具体の適応策の策定に繋げていきやすいのです。

適応策で作り出す高品質社会

我が国では、適応策の検討には大きな壁が存在します。対象が非常に広範であること、特にインフラ計画などをやっている人間にとっては大前提をがらりと変えられるような意識転換が伴うこと、経験したことがない影響に対応する困難さ、定説となる方法論の不在、そして縦割り・秘密主義・前例踏襲主義など行政特有の既存課題の打破もこれに含まれるため、一行政官だけでは中々うまく行きません。一部署の判断では出来ないほど関係部局がまたがり、また、かつて経験していないことに対応するというのは失敗する確率も決して低くありません、その上、方法論が決まっておらず、組織内部の既存課題の打破が伴うのでは無理もありません。しかし海外に目を向けると、強力な法律を先に作ってしまって適応策策定を義務づけたロンドン、首長の強いイニシアチブによって推し進めるニューヨーク、過去の災害経験から政治家・市民双方が意識を高めたコペンハーゲンなど先行事例が存在しているのも事実です。

結局、適応策とは社会の質を上げる話でもあります。これから日本の経済力が落ちてきた時に、その先を考え、より緻密に対策を打っておくということなのです。それは、温暖化に対して適応策をやるかやらないかということだけを言っているのではなく、持続可能でレジリエント、つまり被害を受けにくく、被害を受けた時でも回復が早い、そんな質の高い社会を作っておきましょうという話なのです。冒頭でも申し上げましたが、ぜひ皆さん、この「適応策」のサポーターとなって、多くの人に適応策の話をして頂ければと思います。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン