市民のための環境公開講座2014環境問題は、自分問題。

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パート1どうなる?気候変動のこれから[新宿会場 18:30〜20:15]

7/1(火) レポート

生物多様性・ 生態系からみた気候変動の影響と適応策

講座概要

気候変動は生物多様性・生態系に多岐にわたる影響を及ぼしますが、それは汚染、外来種の影響などと複合して作用します。
講座では、生物影響と反応、および保全方策に関する保全生態学の基本的な見方を紹介し、気候変動により増加することが予測されている激甚な自然災害から人間社会を守る方策として世界的にも注目されているEco-DRR(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction 生態系を活用した防災・減災)についても紹介します。

生物多様性・ 生態系からみた気候変動の影響と適応策 生態系研究の第一人者
鷲谷 いづみ 氏
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

Risk=Hazards×Exposure×Vulnerability

鷲谷 いづみ 氏2007年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告では、人類がこれまで通りの経済活動を続けると、今世紀末までに地球の気温は約4℃、経済優先の姿勢を改め環境保全と経済発展との両立の道を進んだ場合でも約2℃上昇すると予測されています。すでに地球温暖化が防ぎようのないところまで進行している現在、私たちにはこれに対する「適応策」が必要な時代へと突入しました。また、これと併せて、気候を安定させ二酸化炭素濃度を一定の範囲に収めることも必須であり、二酸化炭素排出量の大幅削減を実現するための「緩和策」も必要とされています。

一つの国際的な概念として、「リスク=危険事象×暴露×脆弱性」という考え方があります。例えば、「温暖化」という危険事象があり、それに社会・生態系・個人などがどの程度さらされるのか(暴露)、また、そこにどんな脆弱性や弱点があるのか、これらの掛け算によってリスクが決まるというものです。逆に言うと、もし危険事象があったとしても、社会・生態系・個人にさらされる度合いを下げることができたり、脆弱性が低い社会を作っておければ、リスクは少ないということになります。つまり、リスクへの適応策は、暴露と脆弱性をコントロールすることで実現できるのです。

地域の力で作る「適応策」

鷲谷 いづみ 氏適応策を考えていく場合、地球上で一律の適応策というものはありません。それを実施する場所・時期・対象を限定して考える必要があります。つまり、適応策の策定は地域の力が試されるものと言えるのかもしれません。

IPCCの報告書から、地球温暖化によるアジアでの重大リスクに注目してみましょう。その一つに「洪水の増加」が挙げられています。台風など、降水量がどうしてもある時期に集中することはアジアの季節的特徴で、これに海面上昇などが加わり、洪水というリスクが増大します。しかし、堤防を高くしたり、高台に住居移転をすることなどで「暴露」を低減したり、ライフラインとなるインフラやサービス(水、エネルギー、廃棄物管理、食料、移動手段、通信など)の「脆弱性」を改善することで、洪水に対するリスクをコントロールすることができるのです。また、どんなリスクに対しても重要なことですが、何かが起こってから慌てることがないよう、事前に弱点を把握し対策を講じるためのモニタリングや早期警戒システムを構築することも重要です。さらに、各家庭や経済全体が、あることだけに頼って成り立っているような状況だと、それがリスクによって破壊された場合に受けるダメージが大きくなってしまうため、各家庭の生活手段や、経済活動の多様化を図っておくことも適応策となり得るのです。

鷲谷 いづみ 氏また、地球温暖化がアジア地域に与える別のリスクとして、「暑さによる死亡」というものがあります。これに対する適応策としては、警報システムの構築、ヒートアイランドを緩和するための都市計画や建築環境の改善というものが挙げられますが、それらに加えて、野外労働者が熱ストレスを避けるための新しい労働慣行を考えることも適応策のポイントとして挙げられます。

このように、効果的な適応策を考えるためには、従来の構造物の建築や科学技術に基づく手法だけでなく、社会的・制度的要素における新たなアイデアも求められます。さらに最近では、生態系を活用した手法の価値への認識も高まりつつあります。この考え方は「Ecosystem-based Disaster Risk Reduction(Eco-DRR)」と呼ばれています。

温暖化リスクに力を発揮する「Eco-DRR」

鷲谷 いづみ 氏そもそも人間活動がない場所に災害は起こり得ません。津波や洪水のような生態系の大きなイベントが起きたとしても、そこに被害を受ける人間がいなければ災害にはなりません。例えば、災害が起こりやすい場所の一つとして、水域と陸域の狭間があります。沿岸などで人間活動が活発になってい
ると、生態系の大きなイベントがあった時に人間由来の構造物や社会機能が破壊されて自然災害が発生!・・・となります。これを回避する(=「暴露」を下げる)ために生態系を使っていく考え方はEco-DRRの代表的なもので、それにもとづくインフラ整備は、生態系インフラストラクチャーと呼ぶことができるでしょう。

海と陸の境界に堤防などの固い構造物を設置する手法は、「自然災害に抗する戦略」という発想です。これは、海域の生物多様性にも陸域の生物多様性にも負のインパクトを与えるだけでなく、経済的コストも環境的コストも甚大です。人口減少・高齢化が急速に進む地域社会が、この維持コストを負担できるかは大変な難問です。鷲谷 いづみ 氏一方、緩衝空間として生態系を海と陸の境界に設けるEco-DRRの発想は、「自然災害を避ける戦略」です。多義的に生物多様性を保全し、多様な生態系サービスを発揮するこの空間は、低コストでメンテナンスフリーです。大規模攪乱の発生確率が高そうな地域で、もし人間の土地利用が活発になれば災害リスクは高まりますが、そうした地域において人間活動をあまり頑張らないというEco-DRRの考え方ならば、災害リスクの少ない社会のあり方が実現できます。この手法は、今、グリーンインフラストラクチャーとしてEUの「生物多様性戦略」に取り入れられています。そして実は、里山に代表される日本の伝統的な土地利用もそうなっていました。今日お話ししてきた「適応策」は、私たちの過去から学ぶことができるテーマでもあるのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン