市民のための環境公開講座2024

市民のための環境公開講座は、市民の皆さまと共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から “ゆたかな” 暮らしを考えていきます。

オンライン講座 無料
特別
講座
8/7 18:00 - 19:30

キリンから考える生き物の不思議と地球の未来

郡司 芽久 氏 東洋大学生命科学部 助教

キリンは長い首や手足、幾何学的な模様が特徴的な動物です。動物園の“スター”とも言える知名度を誇り、誰しも姿形を思い浮かべられるのではないでしょうか。そのようなキリンは、近年野生の個体数が激減し、絶滅が心配されています。この講演ではキリンの生態や進化を踏まえながら、生き物の消化の仕組みや、博物館の1種である動物園の役割などにも話題を広げ、ゆたかな暮らしのヒントを探ります。

講座ダイジェスト


判明してきたキリンの実態

キリンはアフリカにだけ生息する偶蹄(ぐうてい)目(2組の偶数のひづめをもつ動物)というグループの1種で、哺乳類の仲間です。野生のキリンの生息状況はあまり良い状況とはいえません。2015年~16年ごろに行われた大規模な調査の結果、推定個体数は9万頭前後で、密猟や人による排除、生息域の減少などによって、過去30年間で4割ぐらい減っていることが発覚しました。そこで2016年に絶滅危惧種に指定されて保護活動が本格化しました。2024年時点で12万頭弱ぐらいまで増加しつつあります。




キリンは長い間、1種類と考えられてきましたが、近年は遺伝学的にキタキリン、アミメキリン、マサイキリン、ミナミキリンの4種類に分けられるという仮説が立てられています。この仮説で大事な点は、各グループの生息地に合わせて、人間側が保護をしていかなければいけないことです。



博物館の一種、動物園で行われていること

国内の動物園では、200頭ほどのキリンが飼育されています。博物館法という法律の中では、動物園は博物館の一種とされていて、研究活動も行っています。その一つが生きている時の研究で、行動、食べ物、繁殖に関する研究などが行われています。死亡した場合は、病気やけがなどの死因や、効果的な治療方法を研究しています。また、死因解剖後に近隣の博物館や大学が検体として受け取り、私のような研究者が解剖して、体の仕組みを研究したり、骨格標本として展示に活用したりしています。



近年の動物園は、生き物をよく知るとともに、より良い飼育を突き詰めていくことに注力する傾向にあります。例えば、科学的な知見に基づいて適切な食べ物を与えることです。また、近年は人間が幼少期からトレーニングをすることで、人が近づいても嫌がらないように飼育しながら、きちんと健康状態を分析・把握する動物園が増えてきています。動物園内で得られた知見は、アフリカで生息する野生キリンに何かがあって保護する時に、役立つ可能性があると考えられています。



人と植物食動物で異なる消化の仕組み

次に消化に注目したお話をします。哺乳類はまず、食べたものを口の中で咀嚼(そしゃく)します。胃の中で胃液と混ぜて、消化液によってさらに溶かします。次に十二指腸でいくつかの消化酵素と混ぜ合わせて、より細かく溶かします。最終的には小腸で栄養を、大腸で水分やビタミンを吸収し、残りカスが排せつされる流れです。



ところが葉っぱを主食とする植物食の動物は、少し異なります。キリンを含む偶蹄目は胃の中に、ウマやゾウなどの偶蹄目以外の多くの動物は大腸の中に微生物が生息しているのです。それらの微生物が植物を分解して栄養素のアミノ酸をつくりだしているのです。タンパク質などを食べないと、必要なアミノ酸を十分に摂取できない私たちと違い、植物しか食べないウマやキリンが結構ムキムキな体を持っているのは、この仕組みによって必要な栄養素がきちんと取れるからです。



ちなみに人間にも特有の消化ステップが存在します。体外での消化といわれる「調理」です。包丁で小さく切る、加熱して柔らかくするなど、体内に取り組む前に消化しやすい形に加工しているのです。人類の進化上では、火を使えるようになったことが一つのターニングポイントといわれます。加熱調理することにより消化で消費するエネルギーをかなり節約できたことで活動範囲が広がり、エネルギーをすごく使う脳が発達できたといわれているのです。



反芻(はんすう)する動物、しない動物の違い

キリンに話を戻しますが、キリンの消化には反芻という大きな特徴がありますが、反芻動物の胃は4部屋に分かれています。最初に食べ物が入る場所がホルモン屋さんでミノと呼ばれる「こぶ胃」で、そこに微生物が生息しています。「ハチノス」と呼ばれる2番目の胃は、もう少し咀嚼が必要なものを吐き戻す時に入る胃です。「センマイ」と呼ばれる3番目の胃では、消化に回せるものと、反芻するものを選別します。そして「ギアラ」と呼ばれる4番目の胃だけが消化液を出します。こうして食べたものの繊維が見えなくなるほど細かくすりつぶされ、無駄なく栄養が吸収されていると考えられています。



反芻動物のウンチは、食べた葉っぱの繊維があまり残っていないなめらかなものが多いです。このようにすごく効率のいい消化システムによって、効率よく栄養吸収できるため、偶蹄目の仲間には、極寒の地や山の高所、崖っぷちなど、植物が少ない過酷な環境でも生きられる種がたくさんいるのです。



一方でウマやゾウの仲間は、反芻をしないので、食べたものの一部しか栄養として吸収できません。消化できなかったものはウンチとして排せつしています。ウンチには未消化な種などが入っているので、移動した先でいっぱいウンチをすると、種から新たな命が芽生えて次世代の森につながっていくこともあります。広い視点で見てサステナブルな消化システムといえるかもしれません。




どちらが優れているかを判断するのは難しいことですが、この先地球環境が大きく変わっていった時に、反芻する動物が生き残りやすい環境になることや、逆に植物が大繁栄し、反芻しない動物が有利な環境になることもあるかもしれません。いろいろな戦略を持った生き物が存在していること自体が、本当の意味でのサステナブルにつながっていくと感じています。



ゆたかな暮らしのヒントになる、博物館に根付く3つの“無”

最後に博物館に根付く3つの“無”という話をします。3つの“無”とは、無目的、無計画、無制限です。博物館の大きな役割は、さまざまなものを集めて保管し、未来につなげていくことですが、現時点での価値基準で集める標本を制限してしまうと、未来に役に立つコレクションができません。これが3つの“無”が大切な理由です。



私はこういったことを意識し、頭の片隅に置いておくことが、ゆたかな暮らしや、人生でゆたかな選択をする上で重要な視点と感じています。私自身も何の役に立つのかわからなかった研究が、その後に生きてきたことがあります。反芻動物のように得た経験をすべて糧にして、無駄なく生きていくのも一つの生き方ですし、ゾウやウマのようにいろいろなものを食べて、半分ぐらいそのまま出て行っても、出て行った先でいつか何かが芽生えていくかもしれないといった価値観も、ゆたかな暮らしの一つの考え方と感じています。


ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1反芻すると消化でも、エネルギーになるまでも時間がかかると思うのですが、反芻している間に他の生き物との競争に負けてしまうようなことはないでしょうか。

回答反芻することによって捕食がされやすくなるかは何ともいえませんが、反芻している間は新しい食べ物を食べられないので、それが大きなハンディキャップといわれています。反芻しないウマやゾウはどんどんエサを食べ続けられるためか、はるかに大きな体を持った動物が、過去に存在していたことが知られています。対して反芻動物は、知られている限りでキリンが最大サイズといわれています。大量に食べ続けるのに向いていないので、体を巨大化させる面で上限ができたと考えられているのです。

質問2キリンの寿命は、平均でどのくらいでしょうか。

回答動物の寿命を調べるには、少なくとも生まれた年と死亡した年がわからないといけませんが、それを野生下で調べるのはかなり難しいことです。一方で個体ごとに違う模様で個体識別した後、長期スパンで継続調査を行っている研究者がいて、野生化ではだいたい10歳~15歳ぐらいが寿命と考えられています。一方で動物園では生まれた日と死亡した日がわかっているので、ちょうど分析をしているところなのですが、今のところ平均寿命は13歳~16、7歳と、野生下とそれほど変わらないようです。

質問3ロスチャイルドキリン、通称ウガンダキリンは、4種類の中でどこに該当するのでしょうか。

回答キタキリンに含まれると考えられています。昔、日本国内でロスチャイルドキリンが飼育されていましたが、今は純潔のロスチャイルドはいません。国内のキリンは、北米の動物園から輸入してきた北米血統が半分ぐらいを占めています。実は北米ではキタキリン、ロスチャイルドキリンとアミメキリンを交雑して、繁殖をしてきた歴史があります。そのため国内のアミメキリンも、半分ぐらいは交雑の遺伝子系を持っています。ちなみにですが、遺伝的な特徴が野生のキリンとはずいぶん変わってしまった可能性が高い上に、純粋なアミメキリンではないものも多いので、キリンという大枠で表記している動物園が結構あります。