「市民のための環境公開講座」は、市民の皆様と共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。30年目を迎える本年は「認識から行動へー地球の未来を考える9つの視点」を全体テーマとし、さまざまな切り口で地球環境とわたしたちの暮らしのつながりを考えます。
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06 土壌から考える気候変動と食糧危機
10/5 18:00 - 19:30

土壌から考える気候変動と食糧危機

藤井 一至 氏
藤井 一至 氏 国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 主任研究員

地球温暖化、肥料や燃料の高騰、食糧危機など未来に対する不安が高まっています。土は、温室効果ガスの発生源として、食糧の生産基盤として、これらの問題と密接に関わっています。未来に対して過度に悲観的になる前に、土とヒトの歩みを振り返り、土から問題の本質を理解し、どのような未来をデザインできるのか、考えてみたいと思います。

講座ダイジェスト

土って何だろう?

皆さんは土って何だと思いますか?土は、砂と粘土と腐葉土が混ざり合った混合物のことで、さらに、空気と水を含んでいるという特徴を持っています。これは土と岩を区別する大きな違いで、土が空気と水を含んでいるおかげで微生物は地上に生息することができます。土は破壊と創造を繰り返す再生・循環機能を有しており、私たちの食生活はこうした土の特性に支えられています。

月や火星には土がないように、地球に土があることは当たり前ではありません。地球に土が存在するようになったのは約5億年前で、地上が安全な環境になり地衣類やコケが上陸し、植物の拡大と共に昆虫などが育ち、恐竜の絶滅などを経て人類が登場し、今の生態系が作られたと考えられています。土の歴史のひとつに、落ち葉が降り積もり地下に石炭が蓄積された“石炭紀”という時代があり、この時に蓄積された石炭が今の電気を支えています。気候変動に関していうと、石炭紀のような地質年代スケールでの地下への炭素蓄積による大気中の二酸化炭素濃度の低下と、産業革命以降の化石燃料、土壌由来の二酸化炭素放出という大きく異なる現象がありました。話を今の土の分布に戻しますと、日本は主に「茶色い土」「黒ぼく土」「未熟土」の3つの土で構成されています。黒ぼく土は日本とニュージーランドなどの火山大国に局在し、日本の黒ぼく土がある場所と縄文時代の遺跡分布が重なることから、単に火山灰が積み重なったのではなく、縄文人の火入れ由来の炭の蓄積も関与すると考えられています。

“いい土”と私たちの関係

“いい土”とは通気性や透水性、保水性、保肥性が良く、中性で病気にかかりにくい土のことをいいます。人間の視点から考えると、どうしても土に求める条件が多くなってしまい、すべての条件を満たす“いい土”は局在します。ちなみに日本は雨が多く、土に溜まった炭酸カルシウムが流れることで土が酸性になるので“いい土”とは言い切れません。しかし生物が生きるために最も重要な水に恵まれていることから、人が暮らしやすい環境であると考えられます。肥沃な土地は、ウクライナ、人口の多い中国やインドなどに集中します。火山のあるインドネシアのジャワ島と火山がないカリマンタン島を比べると、人口密度が約100倍も異なり、短期的に見ると災害の多いジャワ島ですが、火山の噴火によって土に栄養が供給され、長期的には土が肥沃になっているといえます。

気候や土の性質をベースに地球にあと何億人が暮らせるのかを単純に計算すると、約150億人になるといわれています。しかし、気候に加えて生まれた地域の土が異なることで、食料に余剰がある地域と飢餓に苦しむ地域が発生します。土の肥沃度を維持するには休閑や肥料が必要不可欠で、肥料を作るには多大なエネルギーが必要です。地球にあるエネルギー資源は限られているため、お金を持っている国が優先的に利用することになります。そのため経済的に苦しいアフリカのような国は土地があっても土の状態を維持できないという問題が起こります。“いい土”を増やそうとしてもそれが叶うのは一部の国だけなのです。肥沃な土がある国を巡り争いも起きています。

正解を探すのではなく、試行錯誤を

ではなぜ今、土に注目が集まっているのでしょう。現在の社会はわずか11%の陸地面積しかない肥沃な土で60億人分の食糧生産をおこなっており、土壌劣化が進んでいるからです。同時に、もし大気中に排出された二酸化炭素を土壌有機物として土に閉じ込めることができれば、気候変動の対策になるだけでなく肥沃な土を増やすこともできる可能性があり、これからの未来を考える上でも土に対する関心が高まっていると言えます。しかし、この問題はそう単純ではありません。基本的に、土は耕せば耕すほど10年で1cm減り、反対に土を作るには100~1000年の時間を要します。また窒素肥料の利用効率は低く、二酸化炭素の約300倍もの温室効果を持つ亜酸化窒素を排出するという問題を抱えています。

問題を抱えているのは日本も同じです。日本の田んぼは約2000年もの間、収穫を続けることができている世界的にみても珍しい土壌ですが、田んぼは二酸化炭素の約30倍温室効果の高いメタンガスを排出しています。これにより日本は欧米の牛が排出しているメタンガスを指摘し、欧米は日本の水田を責めるという不毛な言い合いが起こっています。また日本は牛を育てるために大量の飼料を輸入しており、牛糞処理の問題があり、その責任を農家に押し付けている状況です。循環型社会を目指すには、その仕組みだけでなく社会的・経済的支援が長期的に行われる必要があるでしょう。

気候変動と土壌の問題が異なるのは、気候や森林は社会的な問題、土壌は個別の問題として捉えられる傾向にある点です。責任の所在があやふやになると問題は加速するため、一人一人の意識がとても重要になります。では私たちができることは、何なのでしょう。重要なのは無駄に耕さず、農薬や化学肥料を最小限に抑える環境保全型農業だと思います。思想の違いによって理念や農法は変わってしまうため、何が大事なのかを常に広い視野で向き合う必要があります。現在、私はバナナを育てているところでカカオを栽培することで病気のリスクを抑えています。効果は十分出ていますが、バナナの収穫量は約半分に減るため一長一短です。他にも様々な工夫を取り入れながら土と付き合っていきたいと考えています。最後の締めくくりがはっきりとした答えでなく恐縮ですが、唯一の正解を探すのではなく多様な土の在り方を面白がりながら試行錯誤すること自体を楽しんでいけたらと思います。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1水田からメタンガスが発生していることを知って、とてもショックでした。現在、地方では水田の耕作放棄地が増加していますが良い活用方法はあるのでしょうか。

回答確かに田んぼからメタンガスが発生することは事実ですが、メタンガスが出るのは田んぼが一番循環的になった時なので、一部ではその手前で止められるように工夫しようという取り組みが進められています。こまめに水を抜くなど手間が増える可能性は高いですが、田んぼは約2000年もの間持続的に収穫できた珍しい土壌なのでこれから加速するであろう世界的な食糧危機を考えると、田んぼは大事な資源になると思います。非効率な田んぼまで維持し続ける必要はないと思いますが、何かを止めるということは不可逆的変化が起こるということを覚悟しなければならないでしょう。

質問2日本の農業が目指していくべき方向性は、どのようなものがあるのでしょうか。

回答とても難しい質問ですね。ただカナダで地平線の彼方まで広がる小麦畑を見ると、日本の農業はどれだけ巨大化して効率化して集約化したとしても勝ち目がないと強く感じます。一方でカナダは少しの気候の変化で土地が砂漠化してしまったことがあり、どんなに肥沃な土でも永遠に安定しているわけではないのだと思いました。日本は約2000年続いた田んぼがあり、その持続性や安定性は強みになるしこれからも磨いていくべきなのではないのかと個人的には思います。

質問3土壌の炭素定着が進んでいった先に、社会経済の中で使えるようになっていく可能性はあるのでしょうか。

回答ラタン・ラル博士の論文によると、1年間で1ヘクタールに1トンの炭素を土の中に溜めたら、1万円支払うくらいの経済効果はあるだろうという計算が進められています。現在も補助金が出ていたり、研究者の間でもメリットがあると注目されているのでビジネスとしての土のあり方というのは体現できているといえるのではないでしょうか。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)