「市民のための環境公開講座」は、市民の皆様と共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。30年目を迎える本年は「認識から行動へー地球の未来を考える9つの視点」を全体テーマとし、さまざまな切り口で地球環境とわたしたちの暮らしのつながりを考えます。
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03 伝統知と生態系を活かした防災・減災
8/3 18:00 - 19:30

伝統知と生態系を活かした防災・減災

深町 加津枝氏
深町 加津枝 氏 京都大学 准教授

気候変動にともない洪水や土砂災害などの自然災害が増加し、多角的な自然災害リスクへの適応が求められています。歴史を遡ると、日本の各地に自然災害に適応するための伝統的な知識、地域独特の知識を活用した方策がありました。こうした伝統知や生態系がもつ多様な機能を活用した防災・減災の方法を紹介し、豊かな自然の恵みと防災・減災が両立する地域社会の実現に向けた取り組みについて皆様と一緒に考えたいと思います。

講座ダイジェスト

防災のための自然の力と人の知恵

私の専門は造園学や景観生態学です。一番大事にしているのは人と自然がどう関わっていくべきなのかを人や文化、社会の観点と自然や生態系、生物多様性の観点の両方から実践を交え考えることです。現在は、総合地球科学研究所で「人口減少時代における気候変動適応としての生態系を活用した防災減災の評価と社会実装」というテーマで研究を行うプロジェクトに参加しています。その中で注目しているのが、できる限り自然や生態系を活かしながらの防災・減災を目指す上で重要な指針となる伝統知や地域知の存在です。

伝統知・地域知とは先人たちが長年の歴史の中で積み重ねてきた知恵や技術のことで、絵図や古文書、石工用具などから視覚的な地域知や先人たちの防災・減災の活動、生業の技術を考察し情報を集めます。私たちはそこから得た知識を展示や講演会などを通して地域の皆さまに普及し、地域の活動に繋げられるよう連携しています。伝統地・地域知の資料として冊子の発行もしているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。今日はそんな伝統知の一部を紹介したいと思います。

これからお話しする伝統知・地域知は滋賀県大津市の比良山麓に関するものです。比良山麓は琵琶湖の西側に位置しており、京都から電車で30~40分ほどのところにあります。昭和初期の比良暮雪の絵画にも雪が描かれており、とても高い山があることがわかります。山のふもとには扇状地が広がっており、琵琶湖へ流れる沢山の河川があることが特徴です。この地域にある砂防林、石堤、内湖の3つを例に、土砂崩れや洪水など様々な自然災害に対処するために人が身近にある生態系や自然資源を使い対処してきた伝統知の存在を知っていただければ光栄です。

地域ごとに確認できる伝統知の数々

まず守山という集落にある砂防林についてお話しします。砂防林とは山からの土砂の移動を阻止するために設けられる森林のことです。絵図からは、江戸前期から集落のすぐ後ろに砂防林があったことがわかります。土地の利用は当時の暮らしや生業に寄り添った形で行われ、それらを管理する組織も存在していました。その名残が地名になっている場所や組織が現代に引き継がれているものもあります。今もこうした自然を活かして災害の対策を行っていますが、先人たちは集落全体でより強く砂防林などの役割を認識していたのではないかと考えられます。

次に大物という集落の四つ子川付近にある百聞堤と、大谷川付近にある荒川集落の三重堤防を見てみましょう。これらは江戸時代からあり、川の近くで土砂が流れやすい場所に構築された石堤で集落に大きな被害が起こらないようにと要所を押さえた作りがなされています。当時は水の恵みを生活に活かしつつ、どう土砂の被害を避けるかということが重要な課題であったと考えられます。資料によると百聞堤は1858年頃から専門家の指導のもと地元住民により構築されたもので、近くに水門もあり、利水の場としても機能していたことがわかります。集落と森林の境界には、イノシシなどの侵入と土石流を防ぐためのシシ垣もあり、集落背後の森林に三重になって構築された堤防とともに集落を守ってきました。

最後に琵琶湖近くにあって川の水や土砂が溜まる場所である内湖について触れたいと思います。内湖は氾濫原湿地と呼ばれ、多様な生物の生息・生育地となる生態系として重要です。昭和前期までは、魚類や水草、ヨシなどの多種多様な自然資源が食材や肥料、資材として活用されていました。現代では滋賀県内で40以上あった内湖が半分ほどの数になり農地や宅地に姿を変え、魚や貝、植物の種類も激減しましたが、南小松の内湖は国定公園に指定され、自然環境の保全、活用の場としての役割も果たしています。ここに行くといろいろな鳥の声が聞こえ、希少植物であるノウルシを見つけることができます。実際に足を踏み入れていただくことで、こうした場所があることの価値を感じていただけるのではないでしょうか。

すでにあるものの価値に触れる

今回は3つの事例を紹介させていただきましたが、これからの防災・減災を考える上で重要なことは自然の力を理解し、蓄積してきた知恵を活かして自然を正しく利用することだと思います。繰り返しになりますが、砂防林のような自然環境がなぜここにあるべきなのかを理解し、要所をきちんと土地利用や防災計画などに位置付けることで対策を練ることが重要です。施設計画でも石堤や木材など自然資源を活かし、暮らしに欠かせない水路ネットワークもうまく分散させ、自然と共存する形で整備することが求められます。これらのことを考える時、先人たちが蓄積してきた伝統知・地域知はとても役に立ちます。

しかしながら、現在はその土地に合った自然資源を利用せずに大きな公共事業が行われたり、土地の履歴を調べずに住宅の開発が進められている場合が多くあります。それにより、対処のための別の防災対策を施さなければいけなくなってしまい、さらに自然環境が壊されるという事態が起こっています。太陽光発電などの再生可能エネルギーに関しても注目が高まり開発が進んでいますが、まずは今ある生態系の価値に目を向けることがこれからの防災・減災を考える上でとても重要です。

私たちはこうした議論が各地域で行われるよう、コミュニティを基盤とした自主防災会などの立ち上げや運営に関わり、住民の方に自分の地域の災害の歴史などを知るきっかけをつくったり、行政の方と協力するなどしながら活動を広げてきています。その結果、比良山麓において生態系や景観、文化など多様な視点から自然環境の価値を活かす活動が芽生えてきています。皆さんが身近にある自然を見直し、関わってきた人々の知恵や技術に触れ、地域で新たな活動をしていくなど、自分が大事に思う場所でこうした取り組みを広げていくことを期待しています。これまでお話してきた内容は、今後、コンクリートを使った道路や堤防などの人工構造物によるグレーインフラや自然環境が持つ機能を活用するグリーンインフラをどうするか、という話しにつながります。全ての自然を活かすことは難しいかもしれませんが、災害の大きさや頻度に応じて、そこにある自然の力、社会の動きなども加味した上で、今後のグレーインフラとグリーンインフラの調和を社会の仕組みとして考えられるとよいのではないかと思います。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1砂防林は今の呼び方だと思うのですが、昔はどのように呼ばれ、どのように管理されていたのですか?

回答地域によって様々ですが、自然災害から集落を守る森林として用心山や雪持林などと言った呼び方があります。管理の仕方は共有林として地域全体で管理していたり、砂防林が神社の一部になっていたり、経済的に余裕のある方同士で所有している場合など様々です。

質問2百聞堤などの大掛かりな工事は、他の地域住民の応援などもある中で進められたのでしょうか?

回答今回ご紹介させていただいた大物の場合は、梃子(てこ)の原理などを用いながら力や技術のある人は大きな石を運び、力のない人は小さな石を運ぶことで住民同士の力を合わせて作ったと言われています。この地域は石が豊富だったため、石工さんや石垣を作ることを仕事にしている方も多く、田んぼからも沢山の石が出てくるため日常の中で石の扱いを身につけている住民も多くいました。石を活用することが当たり前の環境だったからこそ、住民が中心となって大きな石堤を完成させるプロジェクトが実現したのだと思います。

質問3伝統知を再実装するには行政や企業、NPOとどのように連携していけばよいのでしょうか?

回答行政の中でグリーンインフラが進んでいくには、色々な方の関心や力が集まり連携していくことが重要です。また企業が関わると進め方や在り方が大きく変わる場合があります。そのためお互いが関心を持てる部分でつながり、お金や人、ものの流れを変えていけたらいいと思います。最近では農業を営む若い方などがそういった流れを生み出していたり、学校や幼稚園に関心の高い先生がいると行政や地元との連携が上手くできる場合があります。

質問4グリーンインフラに代替可能なグレーインフラについて教えてください。

回答コストや技術の面から難しい部分もあるのですが、まずは川の支流や田んぼ周辺など小さな所で考えることが現実的だと思います。課題は多いですが行政と地域でできることを分担しながら、今ある価値を大事にしていくという合意のもと進めることができれば色々な選択肢が生まれてくると思います。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)