市民のための環境公開講座 2020

市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題を理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。1993年に開講し、SDGsやサステナブルをキーワードに毎年開催しています。
全9回 オンライン講座 無料

パート1 生きものと気候変動

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9/7 18:30 〜 19:45

気候危機・コロナ危機と社会の大転換

江守 正多 氏

江守 正多

国立環境研究所
地球環境研究センター
副センター長

講座概要

私たちは、2050年ごろまでに世界のCO2排出量を実質ゼロにしなければ、地球温暖化が1.5℃を超えて気候変動の被害が深刻化してしまう「気候危機」の時代に生きています。一方で今年の新型コロナウイルス感染拡大は、より短期的で直接的な危機を社会にもたらしました。2つの危機を乗り越えるためには、社会の常識が変化するような大転換が必要です。大転換を後押しするために私たちが何をすべきかを考えます。

講座ダイジェスト

CO2の排出量実質ゼロと新型コロナウイルス対策

今回は、現在の気候危機について、新型コロナウイルスの話を交えながらお話しさせていただこうと思います。現在は、世界の平均気温が産業革命以前と比べて1℃ほど高くなっている状態です。この平均気温の上昇により増加するリスクは、1. 海面上昇 2. 洪水 3. 強い台風 4. 熱波 5. 食料不足 6. 水不足 7. 海の生態系の損失 8. 陸の生態系の損失の8つがあげられており、中にはティッピングといって、ある臨界点を超えると、元に戻せない急激で非連続な変化を起こすものがあると言われています。

地球にはさまざまなティッピングポイントがあり、その引き金がひとつ引かれるとドミノ倒しのように連鎖し、ホットハウス・アースと呼ばれる産業革命以前より4℃平均気温が高い状態になる恐れがあると指摘されています。この指摘は、科学的に不確かな面があるものの、今の科学では完全に否定することもできません。なので、みなさんには私たちの世代が、地球規模の基盤を大きく変化させてしまう可能性があるということをまずは知っていただきたいと思います。

2015年のパリ協定では、『世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する』ことが合意されました。現時点で、世界の平均気温は1℃ほど上がっているので、あと0.5℃以内に上昇を止めたいということになります。その対策として、『今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出量と吸収源による除去量との均衡を達成する』ことがパリ協定に記載されていますが、これは世界全体のCO2を実質ゼロにするという意味で、平均気温を1.5℃に抑えるには、2050年前後にこの目標を達成している必要があることがわかっています。

世界では3月頃から新型コロナウイルス感染拡大の対策として、都市封鎖や移動の制限が行われました。それにより、水や空気が綺麗になったとの報道を目にした方もいると思います。この時、特に陸上交通の分野でCO2排出量が減少しており、活動が戻ったと仮定して1年間の排出量を見積もった場合でも、去年に比べて今年は7〜8%のCO2排出量の減少が見込まれると発表されました。この7〜8%減少という数字は、1回だけでは気温の変化にほとんど影響を及ぼさないものの、毎年そのペースで減り続けると十分な効果を発揮すると考えられています。では、毎年制限を強め続ければいいかというと、そう簡単な話ではありません。経済活動が制限されたことで、今回も影響を受けた方が大勢いるように、誰もそんな形で温度上昇を止めることは望まないでしょう。

気候危機の出口はどこか。私たちにできることとは?

まず、残り約30年という短い期間でCO2の排出をゼロ=脱炭素化するには、イヤイヤ努力するのではなく、社会の「大転換」が起きる必要があると考えます。この「大転換」とは、単なる制度や技術の導入ではなく、人々の世界観の変化を伴う過程のことで、身近な例だとタバコを思い浮かべていただくのが良いかもしれません。30年ほど前は、どこでも吸うことができたタバコですが、受動喫煙による健康被害が立証され、その認識が人々に広まり、それに伴う健康増進法が公布、飲食店などでも分煙・禁煙が普及したことから、タバコは限られた場所でしか吸えないことが常識となりました。社会の「大転換」がこの流れで起きると仮定すると、現在の気候変動問題も科学、倫理、制度、経済の変化が同じように進んできています。そして技術がもう少し進歩してCO2を出さないエネルギーが安くて安定になれば大転換は起こりえます。

そのためには、気候危機に対する負担意識が蔓延している現在の状態から、本質的な関心を持つ人を増やしていく必要があります。どういうことかというと、今の新型コロナウイルス対策の出口が、マスクや手洗いをする人を増やすことではなく、ワクチンや治療法の開発であるように、気候危機に関しても、冷房の温度を低く設定したり、車での移動を控えたりするだけではなく、世界のエネルギーシステムが変化することに、多くの人が関心を向ける必要があるということです。

ここに面白い研究結果があります。それは過去に起きた革命や改革を調べると、国民の3.5%以上が参加する非暴力の抗議運動が起きた場合、その社会に必ず大きな変化が起こるというもので、私はこれをひとつのキーとして目指すべき姿だと考えています。ひとりひとりが頑張ることも重要ですが、せっかく気候危機に興味のある方がそこで止まってはもったいない。社会として気候危機を解決する方法に関心を持ち、情報発信や企業の応援、地域の取り組みにぜひ積極的に参加して欲しいと思います。

再生可能エネルギーと卒炭素

昔、「石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない」と言った人がいました。エネルギーについても、同じことが言えるのではないでしょうか。私は、脱炭素ではなく卒炭素という言葉を使って、「人類は化石燃料よりもみんなが使えて安くて安全で、CO2を排出しない、そういうエネルギーシステムを手に入れ、今世紀中に化石燃料文明を卒業しようとしている」そういう風に考えています。

このまま、再生可能エネルギーである太陽光や風力が安く安定的に供給できるようになれば、確実に卒炭素の時代が来ます。しかし、それを残り約30年という短い期間で達成するには、社会の「大転換」を加速することが必要です。ここにいるみなさんには、そのために本質的な関心を持つ人になり、その数を増やしていただきたいと強く思います。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1太陽光による環境の破壊問題についてどう考えますか?また、日本に再生可能エネルギーのポテンシャルはあると思いますか?

回答固定価格買取制度によって普及した太陽光発電。自然破壊や土砂崩れ、景観の問題などありましたが、現在では環境アセスメントといって大規模開発事業等による環境への影響の事前調査や、太陽光を設置した際の廃棄費用も積み立てが義務付けられ、是正される方向に向かっていると思います。
また、日本では海洋上における風力発電、洋上風力発電の開発が進められており、ある論文では「日本は、洋上風力を開発すれば風力のサウジアラビアになるくらいのポテンシャルがある」と言われています。こちらも環境や景観、価格とさまざまな調整が必要ですが、新たな産業が生まれれば、原理的には再生可能エネルギー100%も夢ではないと考えています。

質問2こうした問題を、子供たちにどう伝えたら良いですか?

回答私は相手が小学生だからといって、本質的な話はできないと考えるのは嫌いで、ぜひ大転換の話をして欲しいと思います。自分たちの家の電力はどこから買っていて、どのようにつくられているのか積極的に話していただきたいです。 また、YouTubeに20分でわかる地球温暖化シリーズというのを配信しているので、ぜひそちらも見てみてください。

第1回「地球温暖化のウソ?ホント?」
https://youtu.be/CCqVE7_QU1Q

質問3まわりの人をポジティブにエンパワーメントするにはどうしたら良いですか?仮に3.5%集まったら、何をしたらいいのでしょうか?

回答周りの人を巻き込むのは難しいけれど、大事なのは説教くさくならないことだと思います。また、自分の周り全員を変えようとするのではなく、興味・関心がありそうな人に話してみればいいと思います。 もし仮に3.5%の人が集まったとしたら、細かいことは専門家に任せて大丈夫です。気候危機についてこれだけの人が真剣になっているということが、政治家や投資家、社会全体に伝わることの方が大切です。

最後に、私も応援しているオンラインの署名サイト『#私たちの未来を奪わないで』を紹介させてください。検索するとすぐに出てくると思いますが、彼らの声明を読んでいいなと思ったら賛同したり、シェアしたりしてみてください。こうした若い方々が声を上げている活動を応援することも、私たち大人世代ができることのひとつだと、私は思っています。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)