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地球環境に関する政策決定の歴史と将来的な動向

2008年01月29日


ネイ・トゥーン 氏 【ニューヨーク州立大学教授】


「環境史」という言葉をご存知でしょうか。過去を認識することは、現在の環境問題そして、さらに将来への対策になるものですので、まずは過去を見直すことから始めましょう。

紀元前6000年を振返ると、森林破壊によって現在の南イスラエルとヨルダンの地域が破壊され、紀元前2700年にメソポタミアの古代都市ウルで既存の森を保護する人類最古の森林保護法のひとつが制定されました。紀元前500年に釈迦は生命に対する思いやりや自然との調和を唱え、これらが仏教の重要な柱となりました。インドのアショーカ王が今から2000年前に発表した法勅には動物保護が織り込まれ、紀元535年 のローマ法大全は「自然法に則り、空気、川、海、そして海岸等は人類の共有物である」の文言で始まるものでした。

その後の中世ヨーロッパでは、黒死病のため2000万〜3000万人の死亡者が、そして全世界で見ると7500万人が亡くなりました。1666年のロンドンのペストでは10万人以上が死亡しました。こうしたことから始まった公衆衛生活動が、水洗トイレや下水システム構築に繋がったのです。14〜15世紀にイギリス・フランス・ドイツでは大規模な森林伐採が行われ、1660年代には充分な木材燃料がなくなったためエネルギー源が石炭に切り替わりました。産業革命の時代にはベンジャミン・フランクリンが水質汚染対策を訴え、トーマス・マルセスの人口理論によって人口増加による食物や資源の枯渇を予想がされた一方、新たな技術が公害をもたらしていきました。1851年には、カリフォルニアで巨大なセコイヤの樹が切り倒されたことに対する市民の怒りが、アメリカで国立公園システム設立の契機となりました。

こうした時代を経て1960〜70年代には、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』をはじめ、バーバラ・ウォード、ポール・エリックなどの功績により、環境問題に対する国際的な認識が高まりました。そして1972年、グローバルな問題に対する国連の最初の大きな会議「ストックホルム会議」が開かれました。会議の最も重要な成果は国連環境計画(UNEP)を設立する決議がなされたことです。この1972年当時、10〜12ヶ国が既に環境に関する部署を設立していましたが、その多くはごく限られた問題を扱う小さなものでした。しかし10年が経過した1982年には112ヶ国が環境省を設立、今や世界のあらゆる国々が環境省を持っています。この1982年のUNEP特別運営委員会において、環境に関する独立委員会を設立する提案を日本の環境大臣が行い、その資金の50%を拠出する用意があることを発表しました。この委員会の最終報告書「我ら共有の未来」は東京で書かれ、「持続可能な開発」という認識を一気に高めることになり、国連総会はそれを採択することになったのです。

1992年の地球サミットでは、「持続可能な開発の中心は人間であり、そして自然との調和に基づいて健康かつ生産的な生活を享受する権利がある」という第一原則を盛込んだリオ宣言や持続可能な開発の青写真と呼ばれるアジェンダ21が打ち出され、京都会議の土台が作られました。2000年には国連ミレニアムサミットが開催され、環境問題に対して数値的な目標が設けられることに各国の承認が得られました。

昨年2007年には、第4次ヨーロッパ環境評価報告書で、「窒素酸化物、微粒子、地上のオゾンレベルは西・中央ヨーロッパ諸国民の寿命をおよそ1年縮め、子どもの健全な成長を脅かしています。」と報告されました。またこれに遡る2006年のG8サンクトペテルブルク・サミットの公式声明では、「世界の主な死亡原因である伝染病に対する早急な対応は、世界発展と人類の幸福のために必要不可欠である」と発表されました。

続いて、過去と現在を指標とともに見てみましょう。産業革命の頃は、世界の総人口が10億人以下で、車の台数が8000台でしたけれども、1970年代には人口が40億人で車の台数は2.1億台にまで増加しました。この頃までヨーロッパでは、希釈放流による下水処理など廃棄物を海に流すことをしていましたが、1972年に海洋廃棄禁止条約が生まれてこの事態が改善の方向に向かいました。その後世界の人口が50億人、車が4億台になった1980年代は環境管理の時代、そして持続可能な開発の時代となった1990年代は環境と経済の統合が始まりました。この時人口は58億人、車は5億台です。そして66.5億人の人口、 6億台以上の車となった2000年代は、環境と経済と社会の統合の時代です。

このような世界がこれからどうなっていくのか…その結論を申し上げます。環境と経済の統合、環境と経済と社会の統合から、これからは環境と経済と社会と倫理の統合の時代です。環境が変わると色々な破壊が起きます。そこには自然災害も含まれる事を我々は最近目にしてきたばかりですけれども、こういうものが増えると病気が起こり、環境難民が生まれます。破壊、病気、環境難民、災害、気候変動…これらは全て関連しているものです。

国際赤十字の推定によると、現在2600万〜2700万人の難民がおり、半分以上が環境難民だと推定されています。しかし現在の難民の定義とは、不幸な事があって国と国の間を移動した人のことなので、自国内で家に帰る事が出来ない所謂「国内での難民」はカウントされません。それ故に、現在の数字は実際の難民の数よりも少ないものだと私は考えています。これらは今後もっと増えてくるでしょう。これからの将来、人間の安全保障、環境の安全保障、経済開発は厳密に関連しています。この繋がりは益々関心が持たれるようになっていますが、それらを向上させる準備が私達にはできているでしょうか。

過去6000〜7000年の歴史を振り返って、いくつかの教訓をお話ししましたが、環境の色々な条件が悪くなった場合、災害、破壊、病気が起こり、死者が出ます。そうすると人々の認識が向上します。こういった認識はキチンとした理解が無ければ気づくことができません。それがあって初めて意志決定をしなければならない、行動を起こさなければならないという事になるのです。そしてこのことが、一般の国民として、企業として、国として、国際社会として考えるということに繋がっていくのです。これは少しずつという、もはや絆創膏を張っていけば済むような問題ではありません。大転換、抜本的な変革が必要です。回復、復元、再生、技術、財務、倫理観が必要です。

日本は既にグリーン経済、グリーン教育のリーダーシップを発揮しています。今年2008年7月には、環境問題を主題としたG8サミットがここ日本の洞爺湖で開かれますが、本日この会場にお集りの皆さんの気持ちを大きなものにしていけば、日本がこのG8で大きなリーダーシップを発揮することに繋がるはずですし、私はそれを願っています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)


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