パート1・自然科学系温暖化論
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第4回 ・

世界の気候に果たす極域海洋の役割

2007年10月23日


若土 正曉 氏 【北海道大学 低温科学研究所 教授】


最近、北極海の夏場の氷の減少がセンセーショナルに報道されています。そこで、世界の気候がどういう仕組みで維持されてきているのか、また、そこに極域の海洋がどういう役割を果たしているのかについてお話したいと思います。

地球は3割が陸地で、7割が海です。平均水深は3800m。そして「7割」と申し上げた海のうち90%近くが3000mより深い所で占められています。つまり地球の殆どは深い海であり、そこに満々と海水が注がれて、無限とも言える熱容量を保っているのです。この海洋深層で大循環が起こることによって海全体に熱や物質が行き渡る、そういう形でこの地球環境が維持されています。そしてご存知のように、地球環境を維持するエネルギー源として我々は太陽から恩恵を受けている訳ですが、球体である地球は、赤道地域と極域では太陽の当たる角度が違うために、受ける日射量も異なります。大気の場合は、赤道付近で暖められた空気が上昇し、そこへ両極域から冷たい空気が入って来ることで循環が生み出されるのに対し(赤道側が循環のエンジン役)、海洋の場合は、両極域で冷やされた海水が沈降し、そこに暖かい赤道付近の海水が流れ込んで来るという循環になります(極域側が循環のエンジン役)。

そこで気になるのは、この大循環が今後も維持されるのかですが、海洋循環についてブライアンというアメリカ人が数値実験を行いました。本来ならば、北極から赤道にかけて、そして南極から赤道にかけてという2つの循環が発生するはずなのですが、現在の大西洋は1つの南北循環セルから成り立っています。その原因を究明するために、彼の実験では、本来あるべき南北2つの循環セルからスタートさせ、先ず南極側の表面の海水塩分を減らすという条件を設定したところ、現実と同じ姿が再現されました。塩分濃度が低い海水は海中での沈降が起こらず、そのため赤道から南極に向かっての海水流入もやがて無くなります。一方、その条件を設定していない北極側の海では、海水の沈降が続いているため、赤道のみならず南極側の海水をも引っ張り込み、結果として北極側の海洋のみをエンジン役とした1つの循環になってしまったと考えられています。

ここで問題となるのは、かつて南極側の表面海水の塩分低下が現実に起っていたのかということですが、実は今から13000年前に発生していたと予想されるのです。この時期に起きた強烈で長期間の地球温暖化は、豊富な淡水ソースとなってしまう南極大陸(平均標高3800〜4000mという巨大な氷の塊)の氷を溶かし、周囲の海水の塩分濃度を下げたと考えられるからです。次の実験では、同様の条件を北極側だけに与えると、現在とは逆向きの循環がやはり1つだけ起こる結果となりました。ここでも問題となるのは、北極側だけの表面海水の塩分低下を起こすような事態が現実に起こり得るかということです。

すでに欧米の学者達が、過去40年間北大西洋北部海域で海底近くの海水の塩分濃度の調査を行っていますが、どの場所でも塩分が減り続けているという結果を得ています。その原因はもちろん温暖化ですが、その影響を特に敏感に受けてしまうのが北極圏です。大気そのものだけでなく、暖められてしまう海水によっても氷は溶かされ、また日射の反射板となっていた氷を失う事で、更に太陽熱を受けてしまうといった原因が考えられているほか、表面水温が高くなることで起きる水分蒸発活動の活発化が降水を誘発し、これも北極域の表面海水の塩分低下に繋がっている事が分かっています。一方南極はというと、周囲の海水塩分を大幅に減らすほどには南極氷床や海氷域は減っていません。南極の場合は、巨大な氷の塊があるため、北極圏ほど温暖化の影響を敏感に受けにくいからだとも考えられていますが、より詳しい事は今後の研究テーマとなっています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)


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