認識から行動へ。学生から社会人まで参加する学びの場。

市民のための環境公開講座2019

本年度の講座は全て終了いたしました。各講座のダイジェスト版を掲載しておりますのでぜひご覧ください。

PART1 人も生き物も豊かになる水の惑星

7 31 レポート

自然への扉を開く、アクアマリンふくしま

古川 健 氏

古川 健 (公財)ふくしま海洋科学館 統括学芸員

水族館は、未知なる大自然に足を踏み出す動機付けと模擬体験の場でもあります。自然環境やそこにすむ生物に目を向け、その現状に気付くことが、自然に優しい人になる第一歩です。アクアマリンふくしまに来て「自然への扉」を開いてみませんか。

講座概要

アクアマリンふくしまでは、水族館の敷地内に「山・川・海の水の循環」をテーマにした体験展示スペースがあります。また、福島県のほぼ中央に位置する猪苗代町にある「いなわしろカワセミ水族館」の運営もしています。当館では、これらの展示やフィールドを活用し「命の教育」と称して、さまざまな体験活動を提供しています。今回は、当館の施設の概要と実施している活動内容を紹介します。


講座ダイジェスト

自然光差し込む、アクアマリンふくしま

アクアマリンふくしまは、2000年7月15日、福島県いわき市に誕生しました。福島県太平洋岸の一番南、茨城県との県境に位置し、上野駅からも常磐線特急を使用して約2時間で行けるところにあります。『海を通して人と未来を考える』という基本理念のもと、福島県沖合に出来る黒潮と親潮の潮境、『潮目の海』を全体のテーマとしています。

そのため館内には南半球に生息するペンギンや、アフリカの魚などの展示はありません。施設の運営方針であるM=Microcosm(小宇宙)、Sustainability(持続可能性)、N=non charismatic species(カリスマ的でない種)の3つを軸に、過去・現在・未来を表現した展示を行っています。アクアマリンふくしまの象徴とも言えるドーム型のガラス屋根から差し込む陽の光は、館内の植物はもちろん、水槽の水草や海藻にとっても欠かせない存在です。アクアマリンふくしまでは、全て本物を使い丁寧に小宇宙を再現することを大切にしています。また、クジラやマグロの持続可能性の問題についても、科学的調査のもと、歴史の中で育んできた食文化とどのように向き合って行くべきなのか考えられるよう展示を行っています。さらには、人気動物に依存することなく、飼育が難しい食卓に出るような身近な生き物達の飼育技術を開発し、展示することを施設の目玉として扱う立場を取っています。

展示は、生命の歴史を伝える復元模型や化石、生きた化石と呼ばれる生物の展示から始まり、福島県の川や湖の生き物、山を下り沿岸に生息する生き物の展示、潮目の海域から黒潮と親潮の源流域の展示とローカルからグローバルへと広がっていく様子を、大きな海に向かっていくような館内のつくりの中で楽しむことが出来ます。アクアマリンふくしまでは、業者から生き物を購入するだけでなく職員自らが現地へ向かい採集を行うため、インドネシアシーランカンスを始めとした珍しい生き物の展示も数多く見られます。

命の教育とは何か

私たちは館内での展示以外にも、子供達が生き物と触れ合う機会を作っています。そのひとつに、アクアラバンという名前の移動式の水族館があります。これまで北海道から沖縄まで全国各地を回ってきましたが、そこで感じたのは都会や田舎、地方に関係なく、子供達が自然の生き物に触れる機会を失っているということです。

そこで、私たちは命の教育と称した学習機会の提供を始めました。命の教育に明確な定義はありませんが、私は命の教育とは環境教育とイコールである考えています。環境教育の定義は1999年に中央環境審議会で「(前略)自らの責任ある行動をもって、持続可能な社会の創造に主体的に参画できる人の育成を目指す」と定義付けられており、この考えをもとに励んでいる4つの命の教育について、いくつかご紹介させていただきます。

まず1つ目は、『自然体験の場を整備・提供し、五感を通して生命を実感させる』です。アクアマリンふくしまでは、これを目的に施設の周りに山・川・海の体験学習の場として「BIOBIOかっぱの里」、「蛇の目ビーチ」、「わくわく里山・縄文の里」を開設し、子供達が自由に出入りしそこで暮らす生き物に触れ合える場所を用意しました。2つ目は『多様な生物のつながりによって生命が育まれていること、人間もその一端を担う存在であることを知らせる』です。これは館内にある潮目の大水槽でイワシやマグロ、カツオを一緒に展示することで、弱肉強食の関係を実際に目で見る機会を作っています。また、循環の仕組みを学ぶことが出来るとの考えから、サメの卵やウシガエルの死骸など生き物の生と死にまつわる展示を積極的に行っています。

3つ目の『生き物の命を頂戴することの意味を考えさせる』は、運営方針でもある食卓に馴染みのある魚の展示や館内にある釣り堀、調理体験を通して学んでいただけます。他にも地元のボランティアの方にご協力いただき、貝を焼いたり鰹節を削ったり、蛇の目ビーチで潮干狩りをしたりと体験を通した学びの場を創出しています。4つ目の『持続可能な社会について考えさせる』では、資源量の少ない魚をなるべく避けて、数が多く資源量の安定した魚介類を食べる運動「HAPPY OCEANS(ハッピーオーシャンズ)」に取り組んでいます。魚種による資源量の違いがわかるリーフレットを製作し、近隣のレストランへの配布も行っています。

初めの一歩に繋がる取り組みを

今、水族館として出来ることは何なのか、やるべきことは何なのかと改めて考えた時、私たちに出来るのは『自然環境や生物に目を向けさせ、興味や関心を抱かせる』、そして『自然界へ踏み出す予行演習の機会を提供する』、このふたつなんじゃないかと思います。生物と常に関わりあう水族館だからこそ、まだ興味を持っていない人に対して最初の動機を与えることが出来るのではないでしょうか。自然との距離が生まれている現代では、自然に潜む危険と素晴らしい体験、その両方を知る機会が減っています。私たちはそんな人たちが一歩踏み出したいと思える機会を、これからも提供し続けたいと考えています。

最後になりますが、日本動物園水族館教育研究会の研究員としてお話しさせていただきます。日本の動物園、水族館には年間で7500万人の人が訪れます。この数字は、2年間で日本の人口を超える数です。これだけの人が訪れる施設ならば、全国の動物園や水族館が協働し、豊かな展示資源を利用して、環境教育の価値をもっと伝えることが出来るはずです。私は動物園と水族館が環境教育という同じ視点を持って、情報の提供・機会の提供をする必要性を今後も全国に訴えかけていきたいと思っています。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)/写真:廣瀬真也(spread)