市民のための環境公開講座2017

お知らせパート3のダイジェスト版を掲載いたしました。本年度の講座は全て終了いたしました。

PART1 海から見た環境問題

レポート

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国がなくなる?! 〜地球温暖化・気候変動最前線から・キリバス共和国〜

ケンタロ・オノ 氏

地球温暖化・気候変動によってキリバスなど、住むことができなくなってしまうかもしれない、最悪、国がなくなってしまうかもしれない国があることはお聞きになったことがあると思います。この問題は科学の問題ではなく、人間の尊厳と子供たちの未来を侵す問題です。キリバスに帰化した日系キリバス人1世として、美しい島国キリバスのご紹介と、キリバスの視点から地球温暖化・気候変動問題についてお話しさせていただきます。

沈みつつある島国キリバスと日本の架け橋

ケンタロ・オノ キリバス共和国名誉領事・大使顧問


講座ダイジェスト

海と生き、海に生かされる国・キリバス

キリバスは、太平洋の真ん中にある赤道直下の国です。その美しい海や島の風景に憧れて、昭和52年仙台生まれ・仙台育ちの私は、15歳の時キリバスに留学、23歳でキリバスに帰化しました。33の島からなる国の面積は、東京都の約1/4に当たる811㎢ですが、排他的経済水域(EEZ)は、世界12位、インドの面積に近い約335万㎢を持つ海洋大国です。一方、GDPは世界170位の最貧国の一つでもあります。

キリバスは日本との深い歴史も持っています。明治大正の時代は、日本の南洋貿易の相手国でした。太平洋戦争時には、5000人の日本兵が亡くなる激戦地となりました。しかし、今のキリバス人に反日感情はありません。「済んだ昔のことだから」という感覚です。その後、日本のカツオ一本釣り漁船乗組員を育成する漁業訓練校が建設されました。現在、日本の遠洋一本釣りに従事する人は700人、そのうちの300人はキリバス人です。つまり、日本人の多くが、キリバス人が釣ったカツオを食べているのです。その一方、日本のODAによって、他国が建設を断念した海上道路「ニッポンコーズウェイ」が建設されたり、日本企業によるマングローブ植樹などの支援も行われています。

真っ青な海と珊瑚礁からできた島、ヤシの木が生え、パンダナスの葉を編んだ屋根と柱だけの家屋。北緯5°から南緯5°の赤道性気候の下では台風も発生せず、穏やかな南国ならではの暮らしを楽しむことができるのが、これまでのキリバスの姿でした。

国が消えるよりも、“住めなくなる”危機感

そのキリバスが、今、消滅の危機にあります。

平均海抜は2m(バナバ島を除く)。首都タラワでは、島の幅は平均350m。地球温暖化による海水面上昇のため、対策がなされない限り、2050年には、人口(11万人)の半分が住むタラワの25〜80%が海水に侵食されてしまうのです。

先ほどお話ししたニッポンコーズウェイでは、2000年頃から海水が道路に激しく打ち上げてくるようになりました。最近では、晴天でも大人の膝上まで海水が上がってくることがあります。学校は水浸しになり、休校の日が増え、子供達の学力低下が懸念されるようになりました。ビーチでは砂が海に持って行かれ、ヤシの木の根が露出、倒木する光景も珍しくなくなりました。

今やキリバスは、消滅の危機に直面する国として世界的に知られるようになりましたが、実際に暮らす人々にとっては、それ以上に「住めなくなる危機感」の方が、遥かに大きなものです。細長く、海抜が低い国土は、「山がなく、川がない」ということです。つまり地下水と雨水に依存して我々は暮らしていますが、海水が上昇してくると、それが流入する地下水は塩分濃度が高過ぎて、飲めなくなってしまいます。一般生活に影響を与えるのはもちろん、例えば、入院している人々の治療や入院生活も深刻な状況にあるのです。

また、海水温の上昇は、サンゴの死滅を引き起こし、海の生態系に影響を与えます。この国の食糧の大きなウェイトを占めるのは、言うまでもなく魚です。我々にとって温暖化とは、食糧問題そのものなのです。

さらに、ここ日本でも実感されてきているようですが、台風の巨大化・頻発化も、この国に深刻な打撃を与えています。遥か3500km離れた場所の台風によって、大波が襲来するようになりました。その被害額は時に億単位に及び、年間国家予算150億円のこの国にとっては、天文学的な数字に等しいものになります。東日本大震災の被害額は16兆円とされていますが、その日本の経済力に換算すると、なんと58兆円に相当するのです。それも、たった一つの台風によってです。

しかし、キリバスは最貧国の一つであり、温室効果ガスの排出は極めて低い国なのです。

温暖化論争は、もう必要ない

私は、先進国に謝罪を求めているわけではありません。キリバスで、今、起きていることを見て欲しいのです。関心を持ってほしいのです。 例えば、「気温上昇を1.5度以内に抑えよう」というパリ協定による各国の目標があります。しかし、今、目の前で様々な危機が起きている我々からすれば、「上がる前提」での目標とは、どういう意味でしょうか。「環境問題」として話をすると、先進国では政治の色がついてしまいます。しかし、我々にとっては、イデオロギーの問題でも、「あの人は環境系の人だ」という問題でも、まして、CO2がどうとか、気温が何度といったサイエンスの問題でもありません。そういう人々を見ていると、結局他人事なのかと思わざるを得ません。我々にとって、これは人間が引き起こした「人間の問題」なのです。地球温暖化は、机上の空論ではなく、もう既に起きているもので、論争はこれ以上必要ありません。それなのに、今でも「温暖化は起きていない」という人が、まだいます。

また、温暖化の議論において、先進国では、しばしば氷が消えつつある北極海のシロクマを心配しています。しかしキリバスでは、我々の子供達に、あの美しい島にあった当たり前の生活が残してあげられない事態が起きているのです。彼らは、キリバス人に生まれたから仕方がないのでしょうか。そんな不公平な話はありません。我々は、決して環境難民になどにはなりたくありません。どこかの国の難民キャンプに押し込まれ、その国の税金を食い潰すような存在に思われたくはありません。しかし残念ながらキリバス独自にできることは限られているのが現実です。国土の最後の1センチ1ミリまで守り闘いますが、我々の最終手段は、「尊厳ある移民」です。受入国の負担にならず、有益な隣人として貢献できることです。

今、温暖化の問題においてキリバスは最前線の国の一つですが、もしその最前線が破られたら、次の国に同じ問題が襲いかかります。それがキリバスよりも大きな島国である日本である可能性は、決して低くはないのです。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)