講座レポート



パート3・第3回



いのちを守るふるさとの森 ―日本から世界へ



2007年02月20日


宮脇 昭氏 【横浜国立大学 名誉教授・(財)国際生態学センター 研究所長】


環境を守るとは「命を守る」ことです。人の「命」と「心」と30数億年続いてきたかけがえのない「遺伝子」を守る…これが環境を守ることの基本だとご理解下さい。正に宇宙の奇跡として私達はこの瞬間に生きている訳ですが、人類は刹那的な欲望のために全ての共存者を皆殺しにする一方で、自分が属する派閥・集団だけがいいと思うような生き方をしているのではないでしょうか。

生物社会は自分達だけが生き延びる事はできません。自分が生き延びるためには、少々苦手な相手がいても我慢をしながら共に生きていく…それが生物社会の原則です。私達日本人は限られた島国で、時には台風や地震におののきながらも、4000年以上生き抜き、固有の文化を築いてきました。その過程で一方においては自然を破壊しましたが、他方においては必ずふるさとの木々や森を残し、作ってきました。

そのような本物の緑(芝生の30倍の緑の表面積がある、土地本来の森)をぜひ皆さんの足元からつくりましょう。最近「社会貢献で木を植えた」というような話を聞きますが、「木を植える」というのはあなた自身が、あなたの愛する人が生き延びるため、あなたの会社が生き延びるために、少々落ち葉が落ちていても、お金がなくてもやらなければいけないことであり、それが「いのちの森」をつくる事です。

新しい「いのちの森」を再生する場合に大切な事は、土地本来の本物の森をつくる事です。企業などでは「木を植えればお金がかかる」という誤解をしているケースもあるようですが、それは偽物を植えるからお金がかかるのです。本物とは、厳しい条件にも耐えて長持ちするもののことです。根群の充満した0.3メートルのポット苗を植えて3年もたてば、土地本来の木々は管理費がいらない。5年たっても管理費がいるような緑は偽物だと思って下さい。そして色々な生き物が、いがみ合いながらも限られた空間で高木、亜高木、低木、下草層とすみ分けて少し我慢しながら生きている…これが一番健全な状態であることを理解して下さい。

我慢の出来ない生き物は、この地球ではいっときも生きていけません。多くの生き物は、全ての敵に打ち勝ちその欲望が全て叶う「最高条件」を求めて生きていきますが、マンモスや恐竜の例が示すようにそれは生物社会にとっては危険な状態です。エコロジカルな「最適条件」とは、全ての欲望が満足できない少し厳しい、少し我慢を強いられる状態である事を長い命の歴史が教えてくれています。森の中で高木が偉くて下草が偉くない訳ではありません。健全な生物社会は、競争しながら少し我慢して共に生きていくもの。「競争」「我慢」「共生」が持続的な生存の基盤であることを知って下さい。私自身は、とにかく現場・現場・現場という教えを恩師から受けてきたので、1950年からすでに60年近く、日本各地、世界38ヶ国で植生調査を続けてきています。生き物は、現場で自分の体を測定器にして、目で見て、手で触れ、においを嗅ぎ、舐めて触って初めて分かるものです。

幸いにも日本語では、2本植えれば林、3本植えれば森です。あなた自身が生き延びるために、家のそばででもまず木を植えて下さい。そして本物のいのちの森づくりを家庭の周りから地域に、日本に、世界に共に発信して下さい。自分のいのちは自分で守らなければなりません。それはいのちを守る木を植えることからはじまります。ともに額に汗し、大地に手を接して、すべての市民が魅力を持つ土地本来のふるさとの森づくりを目指して、生態学的な脚本に従い、木を植えましょう。生き生きと命あふれる地域活性の原点は、いのちの森づくりから溢れでます。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)