講座レポート



パート2・第3回



中国の環境問題最新事情



2006年11月14日


原 剛氏 【早稲田大学大学院 教授】


毎年1月下旬になると、中国から飛んで来る黄砂に、九州北部を中心にした各地が悩まされます。「昔蒙古、今黄砂」という言葉もあるほど被害は深刻で、黄砂とともに稲の害虫ウンカが飛んで来たり、酸性雨を運んで来ることも十数年前から環境庁の観測でわかっています。こうした例が示している通り、中国の環境問題は日本の安全保障の問題である、という観点から私は研究を進めています。

中国社会の特徴を一言で言うならば、「大いなる矛盾」。つまりプラス面とマイナス面、可能性と危険性が様々な局面で表裏一体となって現れることです。一例を挙げると、遼寧省を流れる遼河の河口は様々な廃水による汚染などから、その水はまるでお汁粉のような状態になり、富栄養化しエチゼンクラゲ大量発生の一因になっているとみられている場所です。一方で、その河口域には世界一広いアシの湿原があります。そこはパルプの原料供給地であり、魚やカニの養殖地であり、渡り鳥のための保護区であるという多次元的エコロジカル・ファームを形成しています。日本を飛び立った渡り鳥は、ここを中継地として北方などへ向かうので、このような中国の保護区なくしては日本の渡り鳥は存在し得ないという側面も持っているのです。

そんな中国が一昨年の全国人民代表者会議で、中国社会最大の問題として農業問題を取上げました。(1)農業用地から工業用地・道路用地などへの転用の急増 (2)農村のインフラ不備 (3)農村での教育不足…これらをまとめて三農問題と呼んでいますが、私は「環境と農業の問題」を加えて『四農問題』とすべきだと考えています。

「環境と農業の問題」とは、ひとつは農薬問題です。今や中国の野菜は日本の規制基準に追いつけず、その輸入が停止されているほどで、農薬による汚染が猛威をふるっています。そしてもうひとつは、毛沢東時代の人口増加政策により膨れ上がった国民の食料を賄うため、過剰に農地が耕されたことから発生している表土流出です。そのため、中国政府は2000年から「退耕還林(たいこうかんりん)」という政策を実施しました。

これは、黄河と長江の支流を含む流域で傾斜度が25度以上の農地を林に戻すというものです。黄河では、水が干上がり川の流れが消滅する断流が95年から急増し、ピーク時の97年には断流日数が226日、断流距離の合計は東京・広島間に概ね相当する704kmに及びました。また長江流域では、95年の水土流出面積が、なんと日本の総面積のおよそ1.5倍に当たる56万2千?でした。

このような背景から進められている退耕還林ですが、資金面の不安、大量に植林された桃・栗・柿などの果実が市場に出回ることで起きる価格暴落、植林事業に参加する事で働き場を失う農民の発生など多くの問題点を抱えています。このことからも分かる通り、中国の様々な社会問題は絶えず矛盾を含み、マイナス現象とプラス現象、持続可能性と不可能性とが同時並走しているというのが実態です。中央政府の力が強いので社会の全体的破綻はあり得ませんが、将来的には地域的・部分的な社会の破綻が多発する、と分析しています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)