藤田紘一郎氏
講師紹介
藤田 紘一郎氏
東京医科歯科大学大学院教授、医学部教授。医学博士。昭和14年中国東北部生まれ。1965年東京医科歯科大学卒業。70年東京大学助手、71年テキサス大学医学部助手、72年順天堂大学医学部助教授、77年金沢医科大学教授、81年長崎大学教授を経て、現職。専攻は、寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。著書に「笑うカイチュウ」「空飛ぶカイチュウ」「清潔はビョーキだ」など多数。


1.世界の水は?
私の専門は、感染症の研究である。水が運ぶ病原菌の調査・研究のために、今までに60カ国以上の海外へ行き、各国の水事情を調査・研究している。

例えば、発展途上国では、多くの病気は飲料水を介して引き起こる。
また、中南米アンデスの山奥には、100歳以上の人たちが住む長寿村がある。ネパールの山岳地帯にも長寿村がある。そのような地域の水を調査してみると、非常に高いカルシウムやマグネシウムが含まれている。彼らはそのような成分の水を飲んでいるために、長寿でいることができるらしい。
では、日本ではどうか。私は、日本では「からだに良い水」というよりも、「健康と安心」を求め過ぎているように思う。

実は、日本の水質基準は、世界で最も高い。
日本の水道法では、一般細菌の数は100以下(r/l)とされている。しかも大腸菌は検出されてはいけない。WHOや米国の基準は一般細菌の数については規制がないし、大腸菌群も5%程度は認められている。世界の水質基準から見たとき、日本は、細菌に厳しい国であるということがわかる。

発展途上国も厳しい基準を採用している国があるが、細菌が多すぎるために、現実には基準をクリアすることは難しい。

水道水がそのまま飲める都市は、東京やシンガポールなど、世界では10都市くらいしかないだろう。

ほとんどの発展途上国の水道水には、大腸菌群が検出される。ジャカルタの水道水には、一般細菌は、100以上(r/l)が87%、大腸菌では73%。日本の水道法では考えられないほど、非常に細菌が多い。その原因は、下水設備にある。インドネシアのジャカルタの中流家庭では、トイレの排水は下水につながっていない。土壌に浸潤させるだけである。排水物の細菌は土を通って井戸水に入ってくる。コレラの患者がでたら、たちまちに広がるだろう。井戸に近いところに住む人ほど感染者は多く、遠いほど少ない。見事な相関関係にある。

現地では細菌が多いために、飲料水は浄水器を通したものやミネラルウオーターを飲むが、お風呂や食器洗いの水は直接水道水を使う。結局、寄生虫感染率が高くなる。直接飲まなくても使用しているだけで、感染が高まるということである。経口感染するのは、肝炎や細菌性赤痢など、さまざまな病気である。



2.日本の水は?
日本の水道水は、大量の塩素で殺菌している。水道水における残留塩素基準は、0.1r/lである。しかし、このように厳しい基準で殺菌している日本の水道水が、さぞや安全かと思っていたら、大きな落とし穴があった。

塩素や抗菌物質などで完全に除去したと思っていた微生物による感染症が、流行しているのである。その微生物は今まで、日本人にとっては何ともなかった微生物である。今までは飲んでいても何も発症しなかった。それがなぜ流行してきたのかである。じつはそのように最近になって問題になっている微生物はたくさんある。有名な原虫としてはクリプトストリジウムやレジオネラ菌だ。レジオネラ感染は日和見感染と言って、ほとんどの人は感染しないほどに弱い菌である。昔から浴場などに入っていた菌である。空調用の給水や噴水、温泉の水などにも普通に入っていた。誰も感染しなかったのに、最近では死者が出るほどに、話題を呼んでいる。これはどういう意味か。それだけ、日本人の免疫力が落ちているのである。それだけ、日本人の清潔志向が高くなっているということを意味する。

各自治体は、レジオネラ感染の対策として、温泉やお風呂には大量の塩素を入れるように指示している。レジオネラ菌は、水のあるところであれば普通にいるのに、それに感染しないために、ますます大量の塩素を入れるという悪循環である。
さらに深刻な問題なのは、クリプトストリジウムやランブルべん毛虫が水道水に入ってくる可能性があるということである。

クリプトストリジウムが入った水を飲むと、おそらく大抵の人は下痢を起こすだろう。クリプトストリジウムは河川に多くいる。浄水場近くの河川にも多くいるので、水道水に入れば集団下痢症となる。

ランブルべん毛虫は、20年位前まではインドやパキスタンなどで風土的に存在する原虫だった。昔は、これに感染する人はインドやパキスタンに旅行した人であった。
それがいつのまにか、日本の河川にいるようになった。また現在、東京都民の2〜3%はランブルべん毛虫に感染していると言われている。健康体であれば症状が出ないが、体が弱まったときに体内で増殖して下痢などを発症する。そしてクリプトストリジウムと同様にこの原虫も塩素消毒では死なない。

私は、何でも塩素消毒に頼るのは間違っているのではないかと思う。WHOや米国の基準のように、5%程度の大腸菌の存在は容認するような基準にしておいたほうが良いのではないかと思うのだ。

大量の塩素殺菌はまた別の問題も引き起こしている。
塩素によって完璧にきれいにしたと思っていても、塩素自体が人体に及ぼす影響も問題となっているのである。酸化還元電位とは、人の組織に当たると、その部分が酸化したり還元したりする電位のことである。水に含まれる酸化還元電位の値によって、水が触れた臓器が変化させられるということである。酸化還元電位の高い水は、からだには良くない水である。

そこで、日本国内の水道の酸化還元電位を調べたところ、一番高かったのは大阪府南区、下関市、鳥取市などであった。この原因は塩素の投入量である。酸化還元電位の値は、投与した塩素量によって決まるからである。大阪府南区の水は、源水が汚れていたために大量の塩素が投入されたということである。

また、塩素消毒をしたために、あらたに出てきた物質として、トリハロメタンやクロロホルムなどの有害物質がある。トリハロメタンは、発がん性の物質である。クロロホルムは麻酔剤である。厚生労働省が、水質基準としてこれらの項目を掲げるということは、日本の水道水がかなり汚染されているということだ。大腸菌などの一般細菌全てを除去しようとして、過剰に塩素消毒した結果、発がん性物質や麻酔剤成分が水中に副生されてしまう。健康と安心を求めた結果の弊害である。皮肉なことではないだろうか。

同じような背景で硝酸塩の問題がある。これは有機肥料の投与によるもので、有機野菜ブームなどの影響である。有機肥料を大量に施肥すると、野菜や土壌、そして水にも大量の窒素化合物が含まれ、これが硝酸塩となる。硝酸塩は、糖尿病や小児メトヘモグロビン血症などの障害を起こす。また、発がん性物質になる。しかも硝酸塩は浄水場では除去できない。環境省が日本各地の地下水の硝酸塩を調査したところ、全国500箇所中259箇所で基準を超えて検出された。

日本人は良いとなると徹底的になってしまうが、何事も行き過ぎは良くないということではないだろうか。

これまで日本の水道水は世界で一番安全だと飲んでいたが、もう生では飲めなくなる。
そこで、各水関連の企業ではこれらの汚染物質を除去する浄水器の開発が活発になっている。塩素や硝酸塩をどうやって除去するか。メーカーによっては、シャワーの取水口にビタミンCや炭素を入れるなどの技術開発を行っている。



3.からだに悪い水とは?
からだに悪い水の条件
(1) 料水の発がん性物質規制
総トリハロメタン:0.1mg/l以下
トリクロロエチレン(メッキ後洗浄用):0.03ミリグラム/l以下
テトラクロロエチレン(ドライクリーニング洗浄用):0.01mg/l以下
1,1,1−トリクロロエタン(溶剤):0.03mg/l以下
(2) 化学物質による障害有機水銀:水俣病
カドミウム:イタイイタイ病ヒ素:黒脚病、ニューロパチー
硝酸塩:糖尿病、小児メトヘモグロビン血症
銅:肝硬変
(3) 水の硬度
低すぎると心臓や脳に障害。高すぎると皮膚の障害や下痢を起こす。
(4) 微生物感染ウイルス:ポリオ
細菌:O157
原虫:クリプトスポリジウム
寄生虫:回虫



4.からだによい水とは?
からだによい水の条件
(1) ヒトにとっての有害な物質を含まないこと。
(2) ミネラル成分をバランスよく含むこと。
(3) 水の硬度は極端に高すぎないこと。カルシウムとマグネシウム成分が入っていること。
(4) 酸素と炭酸ガスが十分に溶け込んでいること。
(5) 弱アルカリ性の水であること。
(6) 水分子のクラスターが小さいこと。クラスターが大きいと、成分の吸収が劣る。血中の老廃物を運ぶ働きも悪くなる。源水が汚染されていないとクラスターは小さいことがわかっている。
(7) 酸化・還元電位が低いこと。塩素濃度が低いということである。



5.おいしい水とは?
ミネラルが多すぎるとしつこい味になる。逆に少なすぎると淡白である。

まろやかな水は、ミネラル量が30〜200r/l位の水である。
日本人はお酒にはうるさい。したがって、お酒をつくるための水の成分は大変重要である。
お酒には、辛口と甘口があるが、ミネラル分が多いのが辛口で、甘口は少ない。日本酒のおいしさは、ミネラルの量で決まる。また、ミネラルはカルシウムとマグネシウムで占められているが、マグネシウムが多いと渋くなる。
カルシウムは硬度としては、200(r/l)位がからだに良い。日本の水は、硬度40〜50(r/l)で低い。硬度100(r/l)という水は国内にはめったにない。
また、炭酸ガスが多いとぴりぴりするが、少ないと湯冷ましのように気の抜けた味になる。
酸素はある程度あったほうがおいしい。冷たい水は清涼感がある。温度10〜15度が良いとされている。中性からアルカリ性が良いようだ。また、蒸発残留物が少し入っているほうが良い。厚生労働省には、「おいしい水研究会」があり、おいしい水とはどんなものかを検討している。

厚生労働省が基準としているおいしい水
  おいしい水 水道法の水質基準
pH 6〜7.5 5.8〜8.6
蒸発残留物 50〜200(r/l) 500以下(r/l)
過マンガン酸カリ消費量 1.5以下(r/l) 10以下(r/l)
硬度 50以下(r/l) 300以下(r/l)
0.02以下(r/l) 0.3以下(r/l)
塩素イオン 50以下(r/l) 200以下(r/l)
臭み 不快な臭みなし 不快な臭みなし



6.超清潔志向の行く末は?
私達は、黴菌は全て排除するという抗菌社会に住んでいる。世の中の物質の多くが抗菌仕様になっている。そして、菌と付き合わないようにしていると、知らないうちに私たちのからだの免疫力が落ちていく。その結果、今まで何でもなかった細菌や微生物に感染して疾病することになる。また、そのような細菌は、今までのような殺菌剤では死なない。その繰り返しを続けていることによって、私達はさらに弱い菌に感染していく。

また、菌を排除するために、大量の抗生物質や殺菌剤を使い、環境を汚染している。
私達は、ある程度の微生物が私たちの体を守っているということを理解していない。
このまま抗菌社会が進むと結局は、私たち自身が自分の健康を阻害し、環境を破壊し、命を落としかねない。全て、超清潔志向のつけである。

私は、今まさに、「からだに良い水」はどのような水なのか、「安全な水」とはどのような水なのかについて、一人一人が真剣に考える時期に来ていると強く思う。



参考図書
「からだに良い水・悪い水」 藤田紘一郎著 小学館文庫
「癒す水蝕む水世界の水と病気」 藤田紘一郎著 NHK出版
「原始人健康学 家畜化した日本人への提言」  藤田紘一郎著 新潮選書

 
「インターネット市民講座」の著作権は、各講師、(社)日本環境教育フォーラム、(財)損保ジャパン環境財団および(株)損保ジャパンに帰属しています。講義内容を転載される場合には事前にご連絡ください。
All rights reserved.