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1.水のイメージ 水というと、我々はどのような風景を思い浮かべるだろうか。 日本人は、最も一般的には川の流れを思い起こすのではないだろうか。 「五月雨を あつめてはやし 最上川」 これは松尾芭蕉の俳句である。 芭蕉は、この句を船に乗っていて作ったという説があるが、最上川は流れが速い。上流に降った雨をその支川が全部集めるために流れは早い。河川が持っている機能を見事に詠んだ句である。日本人にとって水は、自然のなかにある川、豊かな自然をそのまま眼前に表している川の姿が水のイメージではないだろうか。 しかし、世界の人にとっては、そのようなイメージばかりではない。 アメリカインディアンには、「川に感謝をささげよう」という言葉がある。現代の日本人が忘れてしまった気持ちかもしれない。大正時代まではアメリカインディアンのように、我々も自然に対する柔らかな感性があったはずなのに。 また、アフリカのサヘル地方には、「この世には決して盗んではいけないものが一つだけある。たとえ夢の中であろうと、たとえ他人の命を救うためであろうとも。それは泉の水である」という言葉がある。アフリカ人が使う水は地下80メートル深く掘って初めて手に入る水である。労しないと水は手に入らないものなのである。風光明媚な自然の水ではない、飲み水としての生きるための水なのである。
2.ナイル川の制御 ナイル川は世界一長い川である。 昨年、水の問題を話し合うために、ナイル川流域の10カ国のうち8カ国の大臣が来日して琵琶湖で会合した。琵琶湖流域の河川管理担当者との会議だったが、議論が見事にかみ合った。どういうことかというと、琵琶湖淀川流域には、上流にはダムがある。堰がいくつもある。川の規模こそ異なるが、ナイル河川流域と同じなのである。また彼らは、我々が琵琶湖の総合開発事業をする際に、下流の大阪の人たちが費用を負担しているということに興味を持った。同じようなシステムをナイル川でも取り上げたいというのだ。河川管理には巨大な技術と費用を要する。 メムノンの巨像の台座の横には線が刻まれているが、これはナイル川が数千年にわたって、何度も洪水を起こしたことを示す。人々は洪水にあわせて耕作をする。洪水に苦しめられた私たち日本人のように、エジプトの人も洪水には苦しめられた。ナイル川の洪水を何とかして制御したいというのがエジプト人の古来からの夢であった。 そのために開発されたのがアスワンハイダムである。このダムは1400億立方メートルの貯蔵量がある。アスワンハイダム一つで、日本のダム全部をあわせた総容量の4、5倍の大きさだ。エジプトは、時間と労力と費用をかけて、ナイル川の洪水を制御することに成功した。
3.水をめぐる問題 昨年、ヨハネスブルで開催された地球サミットでも水の問題が取り上げられた。 世界の水はどのような問題をかかえているのだろうか。 水は大自然を循環する大切な資源である。地球上の水の大部分は海水であるが、その多くは氷の形で閉じ込められているため、水循環に従っている水の量は非常に少ない。水は非常に限られた資源なのである。大事なことは持続可能な形で使うことであるが、それは雨の量に規定される。雨は年間約38万立方キロメートル降るが、陸地に降るのは約11立方キロメートルしかない。したがって、安定的に使える量は約4万立方キロメートルしかない。 現在、世界人口は約60億人であるが、1日に使用できる量は約18立方メートルしかないということである。この量で我々が生活に必要とする食べ物やあらゆる物に使わなくてはならない。水はけっして有り余る資源ではないのである。 さらに、この地球上で最も大きな問題の一つは、1日に使用できるその約18立方メートルの量が、時間的にも場所的にも偏在していることである。 アフリカの人々は、水汲みに人生の半分を費やしている。 「子供たちは学校に行く前に水を確保するために2キロ歩いている。」 「私の子供は朝水汲みに行って夕方帰ってくるまで十数キロを歩いている。」 大きな問題は、我々一人一人が、このような現実に対して、問題意識を持っていないことだ。解決可能だという認識を持っていないことが問題なのだ。 過去からずっと続いている問題であるが、現在顕在化している問題として、アラル海の問題も重大である。アラル海は、40年前には日本の東北地方位の大きさだったのが、今は半分近くほどに小さくなってしまった。これは、周辺の農業開発等で水を使用したために、干上がったと考えられている。現在も毎年同じ水深で下がっており、定常的に少なくなっている。同じようなことは中国黄河でも起きている。この問題は、特殊な問題ではなく世界各地の湖沼に共通する深刻な問題なのである。 水は全ての貧困に結びついている。 マニラの川は屎尿のたれ流しにもかかわらず、子供たちはこの川で遊んでいる。 世界人口60億人のうち、30億人は安全な水を飲めないという、不衛生な状態にいる。 12億人が安全な水を利用できない。500万人から1000万人は不衛生な水を使うことによる病気で死亡している。
昨年ヨーロッパは未曾有の洪水にみまわれた。アジアは比較的洪水には慣れているが、ヨーロッパでも洪水の重篤な影響を体験した。我々の暮らしは洪水に脆い。 水質汚濁は、今後も状況は悪くなることはあっても良くなることはないだろう。この問題は発展途上国の問題と思われるかもしれないが、先進国の都市河川の実態も深刻なものがある。例えば、東京都渋谷区を流れる渋谷川は、新宿御苑を水源として流れているが、全域暗渠である。渋谷は地名からもわかるように谷になっていて、かつては度々洪水を繰り返していたため、昭和10年頃に、コンクリートの3面張りにし、その後も改修を繰り返してきた。しかし、はたして現在の渋谷川の状態は、川本来の姿として良いのだろうか。 ヒートアイランド現象にしても水と土を断ち切ってしまうことから起こる。川は土を通じて、地下水と呼吸をしていた。パリにはセーヌ川が流れているが、セーヌ川以外の川を見ることは難しい。それは他の河川を暗渠にしてしまったからである。 私は、洪水対策も必要であるが、やはりパリの河川や渋谷川の蓋を取りたいと思う。
4.水の問題は人間の問題 水は人の心とも深い関係を持つ。ヒンズー教の聖地であるガンジス川に、現地の人々は焼いた遺体を流す。ヒンズー教の人たちは、このことによって聖なる川という意識を持つのだ。そのような文化があるということを知るか知らないかで、その川に対する理解も変わるだろう。 世界の水問題は、多様な形で問題を抱えている。 水の専門家自体がそれぞれのテーマで研究してきたが、そのしくみは縦割りと言っていい。世界各国や23ほどもある国際機関でも同様である。 そこで、皆で同じテーブルで考えようとして開かれるのが「世界水フォーラム」である。 1997年に第1回の世界水会議が開催されたのが始まりである。この会議は、水の専門家だけでなく、地球上の60億全ての人にかかわる水について関係者が集まって考える。あらゆるステークホルダーやメジャーグループも集まる。世界の水について考える絶好の機会である。 私はこのような機会を通して、多くの人に世界の水について、関心を持ってもらいたい。今後も水問題の解決のために取り組んでいきたいと思っている。 |
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