東昭氏
講師紹介
東 昭(あずま・あきら)氏
東京大学名誉教授。
昭和2年生まれ。昭和28年東京大学工学部卒業後、川崎航空(現・川崎重工)入社。昭和39年東京大学工学部助教授。昭和49年同教授。昭和63年退官し、名誉教授。このほか東京都立科学技術大学教授、運輸省航空事故調査委員会委員等も歴任。専門は「飛行工学」。工学博士。


私は、ヘリコプターやロケットなどを設計したエンジニアである。エンジニアの眼からみると、さまざまな「生き物」たちの姿や形・動きは、じつに上手くできていると感心することが多い。
モンシロチョウは菜の畑のように空が開けているところで、花の蜜を吸っている。同じような場所をトンボが飛ぶ。トンボは蜜を吸うのではなく、チョウを食べる。モンシロチョウはチョウとしての、トンボはトンボの生態に叶った形や飛行の仕方をしている。同じような環境でも生きざまが異なると「動き」や「形」が変わってくる。

私たち人間の大きさはだいたい1〜2mの範囲内にある。同じ空気や水でも、他の生き物にとっては、私たち人間が感じている空気や水とは異なる感じ方をしている。どのように違うかというと、例えば、金魚鉢の中にメダカをいれたとき、どのように泳いでいるだろうか。メダカは、泳いでいる間は進むが、泳ぎをやめると止まってしまう。ところがフナやコイなど大きなものは、泳ぎをやめても慣性力が働くので進んでいる。私たち人間より大きなクジラなどは、泳いだ後何もしなくても、かなりのスピードで進むことができる。つまり、クジラにとっての水とメダカにとっての水は、まったく性質が異なるということである。メダカの場合、泳ぎをやめるとすぐ止まるのは、メダカにとっての水は蜜のように粘ばりがあるということである。体を動かさないと進めない。私たちがプールに飛び込んだとき、慣性力が働くのでそのまま10mくらいは進むが、同じことをメダカがやると、泳いでいるときは進むが、やめたら止まってしまう。彼らのような小さい生き物のまわりの水や空気は、我々が知っているものよりもずっと粘りがあるからである。

このようなことは生き物だけに限らない。全長が300m位あるタンカー船にとって、船をとりまく海水は我々が知っている海水よりもずっとさらりとしている。したがって湾に入ってきていきなり止めようとしてもすぐに止まるものではない。

これは大きさによって流体の性質が異なるということである。このような原理を「生き物」たちはじつに良く知っていて、それぞれの生態に利用しているのである。

植物の花粉の大きさは約20〜30ミクロン(1ミクロンは1ミリの1/1000)である。したがって、花粉一つをとりまく空気はかなり粘りがある。花粉は空気に対してほとんど相対的には動かない。空気の動くまにまに動くのである。空中にあると当然重力がはたらく。しかし、重力も慣性力と同じで、ほとんど粘りによる抗力に比べて有効に働かない。したがって花粉は、空気と一緒に動いている。風があると、地面に落ちてくるのではなく、ほとんどが空気の流れに乗っていく。そして、運良くめしべの柱頭に触れれば受精が叶うというメカニズムである。

マツタケの胞子は、20〜30ミクロンである。当然まわりの空気はかなり粘りがある。風が吹くと胞子は、発射台から発射されるようなしくみでまわりの風にうずをつくり、それに乗って流れていく。スギの花粉は地上から高いところにある。発射台そのものが高いということである。このような花粉は、地面からある程度高いところにいないと、上手く空気に乗れないしくみになっている。そういう意味でも植物のメカニズムはよくできている。

ツクシも発射台システムである。ここから胞子が勢いよく飛ぶ。飛ばすためには、まわりにいろいろなものがあっては困難である。風通しが悪いとうまく飛ばない。したがって、ツクシは、春先、他の草がまだ大きく成長する前に、じゃまものがいない中に、胞子を飛ばすのである。

山地やゴルフ場等に生えているホコリタケというキノコは、ジェット噴射方式である。袋状になっている体の中の胞子は、飛び出すべき時期になると、雨滴のような刺激だけにでも反応して、ぱっと上部の孔から胞子が噴射される。吹き出されると空気中に飛び散り、粘りのある空気の中を浮遊し拡散していく。

タンポポの種子は、2〜3mmの大きさである。花粉や胞子の約100倍の大きさなので、何の飛行用具もないと親元のすぐそばに落ちるだけで、拡散して子孫を増やすことができない。したがって、落下傘のような飛行用具を持ち、できるだけ広いところに拡散するようなしくみになっている。タンポポの落下傘は、冠毛という1本1本が数mm、直径が約10ミクロンの毛でできているものである。その毛が約120本位ついている。落下傘の速度は、およそ30cm/秒。1秒の間10mの風が吹いていれば、10m先に飛んでいく。タンポポが咲く頃には、地上では上昇気流が吹いているので、遠くに飛んでいくことができる。種子は効率よく拡散するのに適した風が吹いていないと飛ばないので、タンポポもツクシとおなじように他の草が背を伸ばす前、春一番に早く実をつけて種子を飛ばす。遅くなったものは、どんどん成長させ冠毛の部分を長くして、他の草丈より上に成長して、風通しのよい背丈にしてから種子を飛ばす。タンポポに限らず冠毛のついた植物は必ず風通しの良いところを選んでいる。だから、タンポポは森の中には咲かない。草原などの開けたところに咲いているのである。

クモはおしりから糸を出して飛ぶ。秋の終わり頃、雪が降る前の小春日和の暖かな、それほど風は強くはないが上昇気流がある日、コグモは分散するために高いところに登って、おしりから糸をだす。そして、上昇気流にまかせて飛ぶのである。この細い糸が飛行用具である。糸は気流に沿って伸びていく。糸は細いので、ここに働く空気は粘りがあり、風の方向に引っ張ることができる。長さ2〜3mになると、びゅんびゅん引っ張られるので、ぱっと飛びたてる。そしてどこか良いところを見つけると、自分で糸をきって降りる。そのときの糸はきらきら輝いていて、とてもきれいなものである。集団で飛んでいる姿は、綿雲のように美しい。

飛行用具なして飛ぶものもある。弾き飛ぶという原理で、植物のツリフネソウやカタバミ、ホウセンカなどがこの方法をとっている。弾き飛ばして拡散した種子は、弾道飛行を描いて飛ぶ。この原理は、種子を包んでいでいる「さや」が弾性エネルギーを貯めに貯めて最大になったときに弾き開くというものである。

ウバユリの種子は風に乗って飛んでいく。この種子には幕状の翼がついていて三角形をしている。重心が三角形の中心近くにある。翼のほぼ真ん中に種子が収まっていて、滑空をしたときに、スパイラルな飛行を描く場合と、ひらひらと飛ぶ場合とある。そのときのまわりの空気の条件によって、飛行形態を選択することができるというしくみである。ウバユリの種子は、非常によく拡散する。それはまるで雪のような散り方である。歌舞伎などの舞台で雪を降らすとき、伝統的な手法として、和紙を四角ではなく三角形にして散らす。四角でも良いのだが、三角形の方が揺動が大きく散らばりが広いからである。

ヤマノイモの種子にも小さな翼がある。重心は前方の尖った方にある。このようなタイプの種子は、一般的にはスパイラルを描きながら、また稀にはまっすぐ滑空する。シラカバなども同じようなより小さい幕状の翼を持っている。翼にはまわりの空気の流れに対して後ろ向きの抗力(抵抗)がかかるだけでなく直角上向きにも空気の力、揚力が働く。じつは飛行機はこの原理で飛ぶことができるのである。斜めに下降していくことで、空気力と重力とが釣り合って飛行が可能となる。このように種子はじつによく流体力学を知っている。 ツクバネの種子は、非常に早い回転をする。1500rpm(毎分の回転数)で、落下速度は、1m/秒。日本には強い偏西風が吹くので、このメカニズムを持っていると、非常によく拡散することができる。ボダイジュやアオギリも同じようにすばらしい飛行性を持っている。モミジの仲間も非常に早く回転し、落下速度をやはり1m/秒程度に抑えている。
ユリノキがモミジと異なるところは、重心の位置である。モミジの種子を断面で見ると、前方の方が厚い。重心が前方に分布している。これに対してユリノキは真ん中にある。翼に働く空気力は前に働くので、弱い風だと、ユリノキの種子は落下したときにカエデのように回転するが、同時に翼のスパン方向(長手方向)の軸の回りにも回転する。ただし、回転数は少ない。ユリノキは高木で、強い風で遠方に運ばれる方法をとっている。だから、全ての翅果の種子は、風が弱いときには絶対に飛び出さない。風がどの程度の強さのときであれば効率よく自分の子孫を残す動きができるかということを植物は知っているようである。

カエデの種子には翅脈が通っていて、ざらざらしている。これをわざとやすりでつるつるにし全体を平滑にすると、落下しても回らない。ここではこの翅脈が自動回転の重要なメカニズムとなっている。この種子の数cmという大きさでは、回りの空気はかなり粘りがある。この空気の中では、流線形であるよりもむしろ粗さがあったほうが揚力が良く働くのである。

昆虫の飛行も精巧なメカニズムの上に実施されている。セミは、前の翅と後ろの翅が重なって一対の翼になっている。ナナホシテントウは、前の翅を広げたままで、後ろの翅をはばたくことができる。コガネムシやカナブンなどもはばたきは後ろの翼が行う。 トンボの仲間は優れた飛行能力をもっているが、ギンヤンマは特に秀でている。翅の付け根は胴体に対してほぼ平行である。前後の翅は、最初に後ろの翅がはばたいて、次に前の翅が追うようにはばたく。また前後の翅にはたくさんの翅脈が通っている。翼の前縁はぎざぎざしていて流線形ではない。ギンヤンマは高速で飛ぶので、足も引っ込める。この状態にしないとはばたかない。実際に計算してみると、そのような翅の動きが一番効率が良いということがわかった。

海鳥の一種のアホウドリは、バランスのとれた翼をもっている。アホウドリの形から推測した揚力と抗力の比は、40:1ほどである。翼が横に広いために後ろに働く抗力の40倍の揚力が上に働く。ノスリやトビは横幅はあまり大きくなく、揚力と抗力の関係は、15〜20倍の比率である。じつは、ボーイング747の揚力と抗力の比は17:1である。この比率をわかりやすくするために20:1とする。飛行機の全重量は約400トン。400トンもの体が空に浮くためには、揚力も400トンなくてはならない。そのとき20:1ということは、抵抗は1/20になるので20トンの力が働く。したがって、4つのエンジンが出す推進力は、20トンで良いのである。それは翼が十分に細く長いからである。このようなことも鳥達の翼の大きさや形が証明している。(飛行機の場合実際には、滑走路の長さや周辺地域への配慮から、早く高速で上昇させるために4個で100トン推力のエンジンを搭載している。)
コンドルは、前から見ると、翼端の初列風切は上に沿り返り、さらに先端は尖っている。この原理は、揚抗力の比率を考えたとき、翼はまっすぐ水平の方が揚抗力の比は良いが、じつはまっすぐだと肩が辛くなる。したがって翼端を少し上げると、揚抗比はあまり悪くならないので肩の辛さをしのげるのである。肩の辛さを一定に与えながら、揚抗比が最大になる翼平面形はどのような形になるのかを数学で解いてみると、これと同じ形が解となった。つまり、コンドルやアホウドリの形は、数学で証明できるほど非常にすばらしいメカニズムを持っているということである。今から約20年ほど前にNASAで風洞実験をした結果、飛行機でもこの形を採用するようになった。

アホウドリは上昇気流のないところで飛び続けなくてはならない。トビなどの陸上の上昇気流を使う飛び方ではなくて、風上に向かって上昇する。高さが上がるにつれて風は強くなる。ちょうど上下の風の差(風の上下勾配)が最も大きくなるところの高さは15〜20mであるが、アホウドリやオオミズナギドリは、15〜20m上昇したところで旋回をする。風下に向かって降下を始める。位置エネルギーを失うほどに速度が増すと共に、追い風でさらに高速になる。このとき、海面すれすれのところで、翼を傾けて旋回する。まるで翼端が水についているようにもみえる。この一連の飛び方をすると、風からエネルギーをもらって、自分がはばたかなくても飛び続けることができるのである。これを利用してグライダーも飛べないかと考えたが、残念ながら高度20mのところでこのような飛行は大変に危険で不可能であることがわかった。そこで次に、ジェットストリームを利用できないかと考えたが、上下の速度差不足でうまくいかないことがわかり、アホウドリやオオミズナギドリのような飛行は人工物ではできないことがわかった。
渡り鳥のマガンがV字形の編隊飛行をするのはよく知られている。なぜ編隊飛行をするのかということには明確な理由がある。それは、二番目以降にいる鳥は、たくさんのエネルギーを使わずに楽に飛べるからである。鳥の後ろには翼端渦が生まれる。後ろの鳥は、前の鳥の真後ろより少し脇に外れた方が、前の鳥の吹き上げの中を飛べるので楽に飛べるという原理である。ただし編隊飛行の一番前の鳥だけは何のメリットもないが。
私は、飛行機も同じ目的地に向かうのであれば、各社でトップを入れ変わりながら、編隊飛行で飛べば、かなり省エネになるのではないかと思っている。

以上、「生き物」がどのようなところに棲んでいるのか。そこで何を食べどのように生きているのかという生態によって、「生き物」の「形」や「動き」が変わってくる。環境、生態、形、運動という4つは深く関連している。したがって、環境が破壊されると、さまざまな点で問題が起きてくる。生き物の種が破壊されつつある環境でもまだ生存して対応できるうちは良いのであるが、できなくなってくると絶滅するということである。しかも「生き物」の形や運動が、我々人間の生活にとっても非常に有益なメカニズムを示してくれているということも、「生き物」の環境を考える上で大変重要な意味を持っていると思う。


参考文献

タイトル 著者 出版
トンボになりたかった少年 東昭著 1985年
ポプラ社
生物・そのすばらしい動き 東昭著 1986年
共立出版
The Biokinetics of Flying and Swimming 東昭著 1992年
Springer‐Verlag
ハチは宇宙船の中でどのように飛んだか 東昭著 1993年
日経サイエンス
生物の動きの事典 東昭著 1997年
朝倉書店


 
「インターネット市民講座」の著作権は、各講師、(社)日本環境教育フォーラム、(財)損保ジャパン環境財団および(株)損保ジャパンに帰属しています。講義内容を転載される場合には事前にご連絡ください。
All rights reserved.