レーナ・リンダル(Lindahl,Lena)氏
講師紹介
レーナ・リンダル(Lindahl,Lena)氏
スウェーデン生まれ。スウェーデン環境ニュース発行人。1982年から2年間京都で日本語と日本文化を学ぶ。
1990年地球環境国際議員連盟(略称・グローブ)日本事務局開設と同時に事務局長。1995年スウェーデン社会研究所研究員。


1. はじめに

スウェーデンは「森と湖が美しく福祉が進んでいる国」というイメージが一般的であろう。福祉国家として有名になったスウェーデンは、さらに環境先進国としても有名になった。スウェーデンが福祉に取り組み始めたのは、第二次世界大戦以降である。当時まだ環境問題はそれほど深刻ではなかったが、本来、福祉の充実を図ろうと考えれば環境問題への取り組みに結びつく。きれいな水や空気、健康を守る安全な食料がなければ、本当の福祉は実現できないからである。
ナチュラル・ステップを始めたのは、1980年代、小児ガンの治療をしていた医者、カール=ヘンリク・ロベール博士である。彼は環境問題を解決しなければ、人間の健康も悪化していくという根源的な問題点に気づいた。従来の環境問題は、例えば日本における水俣病やイタイイタイ病などのように特定の企業が加害者で特定の地域の人々が被害者であったが、現在の環境問題は、ダイオキシン問題に象徴されるように、一人一人が被害者であり加害者である。
このような環境問題を解決するには、社会全体のシステムを変革するのが必要であると考えたロベール博士は、科学者のコンセンサスをまとめることで、持続可能な社会の実現に向けた包括的でシンプルな定義をまとめることに成功した。それは以下のようなものである。



2. ナチュラル・ステップの4つのシステム条件

上述の3つの基本的要素は、行政の立場から発生源、環境調査、影響対策の基本分野に分かれる。

<1> 地殻から取り出した物質が生物圏の中で増え続けない。
(鉱物・化石燃料などに関する原則)
解説:
鉱物は、地殻の中にゆっくりとしたプロセスで定着していくが、それに相当する以上の石油、石炭、金属、リンなどの鉱物を掘り出さないということである。企業や自治体にとってこの条件が意味することは、製造や消費のすべてのプロセスにおいて、計画的なスクラップと再生可能な資源を原料として利用するという変革である。

<2>

人工的に作られた物質が、生物圏の中で増え続けない。
(化学物質に関する原則)
解説:
社会が生産したものすべて、すなわち製品など望ましいものから、排煙汚染や下水などのように望ましくないものも含めて、科学の技術による循環かあるいは、自然の循環によって新しい資源として再生されるペース内で、生産・排出することである。そのためには、資源の利用を極力節約し、PCBやフロン、塩素パラフィンのような生分解しにくく自然にとって異質な物質は、除去しなくてはならない。

<3>

自然の循環と多様性が守られる。(自然破壊に関する原則)
解説:
アスファルト化、砂漠化、塩化、耕地の侵食などの人為的な原因による土地の不毛化をとめることである。企業にとっては、できる限り土地面積を効率よく利用し、企業自身の恒久基幹施設に対する必要度の吟味を始めとして、開発によって生産性のある緑地に与える影響を考慮することが必要になる。

<4>

人々の基本的なニーズを満たすために、資源が公平かつ効率的に使われる。(人間社会の在り方に関する原則)
解説:
条件1から3を満たすためには、人々は真剣に資源を節約し、効率的かつ公平に利用しなければならない。そのためには社会のあらゆる局面において、人間のニーズを満たし、かつ資源を節約するもっと洗練された方法・技術を求める努力をしなくてはならない。同時に富める国と貧しい国の不公平な資源配分も避けるべきである。


3. ナチュラル・ステップの活動とその広がり

1989年に設立したナチュラル・ステップは、同年、スウェーデン全家庭と学校に環境教材を配布した。ナチュラル・ステップはスウェーデン国王などが後援者となり、企業や行政と協働することで活動が広がった。実際の活動はさまざまな形で展開されているが、特に成功しているのは企業と行政における環境教育である。
スウェーデン人は環境教育に対して意識が高く、政策にも積極的に環境への取り組みが反映されている。一方、グリーン購入などに現れているように、国よりも自治体の方が積極的に取り組んでいる部分もある。このように政治や市民のレベルが高いなかで、スウェーデンの企業は、「環境に取り組むことによって市場が変わる」という意識を持っている。「将来実現すべき持続可能な社会での市場を目指さないと生き残れない」という意識を明確に持っているのである。過去、環境に配慮しないがために市民からの抗議やボイコット運動などを経験した企業は、環境に配慮するよう取り組み方針を変えた方が良いと判断し、環境問題の解決のために何らかの活動をすることが重要だと認識している。そのほうがずっと得だと考えるようになったのである。

環境に配慮した生産活動を行うための知識や技術が十分ではないときに、すべての社員に環境教育について理解してもらう必要がある。そのときに利用できるのがナチュラル・ステップのような団体である。ナチュラル・ステップは、行政や企業に対して反対やボイコットなどの対決姿勢を表明することが多かった従来の環境保護団体と異なり、全社会を変えるためには、社会を変える力、財源、組織力を持っている組織の中に入っていかないと、社会を変えることはできないと考えた。反対の立場をとり続けるだけでは、社会は変えられない。 社会を変えていけるのは、問題を発生させている当事者である。一番の主役である当事者が問題を理解すれば、解決もできるはずである。言わば人間を信頼する運動でもある。ナチュラル・ステップの目的は、多くの会員を集めて大きくなることではなく、企業や組織自治体に出向き、社員教育を実施し、社員全員が現在の環境問題の根源を理解し、循環型社会の意義を認め、企業の生産活動として取り組むことに矛盾がないように理解してもらうことである。

ナチュラル・ステップの教育は、4つの基本原則を道具として使い、対策を考え、対策の方法、経費などを実行できるように援助する。4つの基本原則は羅針盤のように機能する。このようなナチュラル・ステップの考え方が、スウェーデンで広く受け入れられている最大の理由は、スウェーデン国民の一人一人が「どこに行こうとしているか」ということがわかっていて、合意形成できているからである。ナチュラル・ステップにすべての人々が同調していなくても、循環型社会を目指すという基本的な考え方については全員が同意していて、お互いが協力しあえる相乗効果がある。

私は、現在の日本を見ていて、ナチュラル・ステップができた初期のスウェーデンと似ていると感じている。環境に良い取り組みはたくさんある。けれどもみんながどこに行こうとしているのかがよく分かっていない。合意形成できていないので、どうしても細部のお互いの活動がぶつかり合ってしまう。お互いが邪魔になってしまうこともある。皆がどこに行こうとしているのかという基本的方向性に合意形成できれば、もっとうまくいくのではないかと思う。



4. 企業活動におけるナチュラル・ステップの事例

<1> ソンガ・セービホテル

ソンガ・セービホテルは、ストックホルム市内から車で1時間ほど離れたメーラレン湖に面 した、ナチュラル・ステップの理念や教育を徹底的に生かしたホテルである。環境対策への積極的な取り組みは1993年に始まった。すべての職員が環境対策の必要性とそのための取り組み原則を理解するために、全職員を対象に環境教育を実施した。一人一人が、自分の仕事の中で、同じ目標に向かって具体的な対策を見つけていくことが重要なのである。このような環境教育の結果 、このホテルは、スウェーデンはもとより世界的にもエコホテルとして有名になった。環境対策に取り組む以前には厳しかった経営状況も良好になり、2000年夏には施設の増築も行った。具体的な取り組みは、以下のようなものである。
施設のエネルギー源として、化石燃料を一切使用しない。施設は96年から再生可能なエネルギー以外のエネルギーは使用していない。暖房の65%は、メラレン湖の冬と夏の温度差を利用するヒートポンプによるものである。湖の底にエタノールが入った7kmのゴムチューブが設置されており、比較的暖かい湖底から熱を施設に誘導するシステムである。残りの熱源は石油の代りに菜種油を燃料にしたボイラーで供給する。電気は、自然保護協会のエコマークの付いた水力発電の電力を買っている。湖のそばにあるプールやサウナのお湯はほとんど太陽熱によって暖められたものである。
施設内で排出されるゴミは22種類以上に分別している。そのほとんどがリサイクルあるいは再利用されている。施設利用者一人1泊あたりのゴミ排出量 は、95年には1.7kgであったのが99年には、それが100gになったという。徹底的に分別やさまざまな形で再利用した結果 である。ソンガ・セービホテルは品質管理・保証規格のISO9002と環境監査・管理規格のISO14001の両方の認証を取得している。ホテル独自に下水処理施設があり、排出された汚泥は回りの田畑で利用する予定である。
2000年には16室を増築したが、この時も建設市場で最も環境意識が進んでいる業者を採用し環境に配慮された建材を使用するなど、建設業界でも注目された。96年には国際ホテル協会のコンペで世界各地の55のホテルと競争し、第2位 になった。環境保護方針を打ち出した93年から95年までの間、売り上げは30%増加した。

<2>

スウェーデンマクドナルド社


スウェーデンにマクドナルド第1号店が開店したのは1973年である。当時は、環境に配慮した企業とは見なされておらず、紙箱にオゾン層破壊につながる発泡スチロールを使用していたり、使用されている肉が熱帯林を伐採した牧場で生産されていたりして、環境NGOの厳しい批判にさらされていた。しかし、マクドナルドはナチュラル・ステップの環境教育を導入した結果 、見事に変身した。マクドナルドは、本社はもちろんのことさまざまな素材や製品を納入する関連会社や下請業者に対しても、ナチュラル・ステップを導入するよう活動した。 具体的な取り組みとして、ゴミの分別は、お客さんにも協力を求めている。分別の仕方は、1)液体類や氷、2)紙コップ、3)子供向けセットメニューの紙箱、4)その他(主に紙類)。

また、お客さんに見えるところだけでなく、事業全体として7種類の分別を積極的に進めている。
  1. 汚れていないプラスチックはリサイクルする。
  2. 食料の残りは堆肥化するか、近くの農家で飼料として利用する。
  3. ダンボールはダンボールとして再生する。
  4. 事務用紙類は再生する。
  5. フライドポテトで使用した油は、食品生産以外の用途目的としてリサイクルする。
  6. 汚れているプラスチックは焼却し、エネルギー源として利用する。
  7. その他の紙は、焼却するか堆肥化する。

スウェーデンマクドナルド製品のほとんどの主材料は、スウェーデン国内から調達している。運搬エネルギーを省力化し、有機農法で生産された食料品であることを示すエコマーク「クラーブ(KRAV)」、の基準に合格した牛乳と肉牛を生産している農家を積極的にサポートしている。「エコ牛乳」はすべての店舗で販売されている。まだ「エコ牛肉」の生産量 は、マクドナルド社で商品化するすべての食肉を賄えるほど多くはないが、マクドナルド社では、生産できるエコ牛肉を全部購入することを約束することによって、生産者を刺激しようとしている。このようにアメリカからの輸入だったハンバーガー文化はスウェーデンの有機農業やリサイクルの考え方を取り入れて新しいハイブリッド文化になろうとしている。

マクドナルドでは、省エネ、リサイクル製品の導入、水の節約、レストランの建設などの面 でも持続可能な社会に合致した企業になるよう努力している。現在、スウェーデン国内には約170店舗があり、約8000人の社員がいる。会社全体の方針を定めるには、社員教育が非常に重要であると認識し、ナチュラル・ステップに協力を求めた。ナチュラル・ステップでは、マクドナルド用の教材開発を行い、各店舗には、全社員が利用できるコンピューターと環境教育のCD-ROMを用意している。また、各店舗の環境対策責任者は、継続的に環境セミナーや社内環境会議に参加している。

マクドナルド社は、自然循環型社会をイメージしながら、環境対策を進めているので、その循環型社会とはどんなものなのか、そのためにマクドナルド社はどんなことをしているのか、が社員一人一人に理解してもらえないと環境対策は進まないと考えている。そのため、毎年、協力企業や下請け業者を招待し、ナチュラル・ステップの環境教育プログラムに参加してもらっている。ナチュラル・ステップは、企業の問題点を指摘し批判するというような形はとらず、逆に企業が自発的に問題点に気付くように指導している。
ナチュラル・ステップを徹底的に導入した場合に、自分達の事業が最初から最後まで持続可能な社会になじまないという結論に到達する企業があるかもしれない。98年9月にナチュラル・ステップがスウェーデンで主催したワークショップで、創設者のカール=ヘンリク・ロベール博士は笑いながらこう言った。「ある日マクドナルドの社長から電話がきて、持続可能な社会にはハンバーガーはあるのだろうかと聞かれました」。

<3>

エレクトロラクス社


省エネ社会を実現するためには、素材を効率的に使用する必要がある。
そのために、「モノを売る」ことから「機能を提供する」という概念がスウェーデンでは広がりつつある。例えば、コピー機を販売するのではなく、レンタルという形でコピー機能を販売することを意味する。
本部をスウェーデンにおくエレクトロラクス社は、同じ発想で洗濯機というモノの販売の代りに服を洗う機能を販売する実験を行っている。このシステムは以下のようなものである。

同社は、お客さんに洗濯機を無料で貸す。お客さんは、その設置料の495クローネ(約5940円)を支払う。洗濯機にはインターネットに接続された測定器が付いている。洗濯した際の消費電力の情報はインターネットによって自動的に中央のデータベースに送られる。お客さんは、洗濯機を利用した際に、1回10クローネ(約120円)の洗濯料金を支払う。同社は、電力会社ヴァッテンファル(Vattenfall)社と提携しており、洗濯料金は、電気料金の請求書と一緒に請求される。
洗濯機は、エレクトロラクス社の所有で、メンテナンスもする。洗濯機が古くなったり、使えなくなると同社はその機械を引き取り、効率よく分解して、再利用するなど、リサイクルする。洗濯機は粗大ゴミになることはなく、素材が効率よく利用されるのである。


5. おわりに

スウェーデンは北欧の一小国にすぎないが、スウェーデンが持続可能な社会の実現に向けてさまざまな試みを行い実現することによって、他の国々にも参考になれれば、それが国際貢献になるであろうと考えている。スウェーデン首相は、96年に、持続可能な社会の見本をスウェーデンで示そうと宣言した。数十年かかって福祉国家をつくった。その次の大きなプロジェクトは、持続可能な社会をつくることであると、国の責任者が表明したのである。この政策は、1980年の国民投票で原発を廃止する選択をした結果 、代替エネルギーとして風力発電や木質バイオマスを積極的に採用したり、デポジット制による分別 など、環境政策の細部に現れている。

基本的にスウェーデン国民は自然が好きである。しかし、近年、都会に住んでいる子供達が自然のなかで遊ばなくなっている現象に気付いてからは、できるだけ自然に触れさせ、原体験を持つ機会を推奨している。楽しく遊びながら、自然のしくみがきちんと分かるようにストーリー立てた自然体験が子供の想像力を育むのである。
そして、持続可能な社会の実現のためには、長期的に取り組まなくてはならない。国として一世代くらいの時間をかけて取り組むことが必要である。そのためには、小さいときからの環境教育が非常に重要である。スウェーデンには大人も子供も一緒に楽しく勉強できる環境教育教材がたくさんある。

スウェーデンは欧州の他国に比べると比較的遅い1995年にEUに加盟した。これからはEU内で環境政策を進めることが重要な課題であると考えている。欧州の一小国が取り組み始めた、循環型社会の実現に向けたナチュラル・ステップという思想を、日本でも広めたいと考えている。



6. 参考文献

タイトル 著者 出版社
「ナチュラル・ステップ」 カール=ヘンリク・ロベール著
市河俊男訳
新評論
「ナチュラル・チャレンジ」 カール=ヘンリク・ロベール著
高見幸子訳
新評論
「北欧スタイル快適エコ生活のすすめ」 高見幸子・鏑木孝昭著 オーエス出版



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