講師紹介

●パネリスト
尾崎美千生氏 国際協力事業団客員専門員
北谷勝秀氏 「2050」代表
飯島愛子氏 財団法人ジョイセフ
(家族計画国際協力財団)
人材養成事業部長

●コーディネーター
岡島成行氏 社団法人日本環境教育フォーラム常務理事

1.世界の人口問題(国際協力事業団 尾崎美千生氏)

ノーベル賞受賞者をはじめとする世界20ヶ国の1200人の科学者・識者たちに聞いたアンケート結果によると、人類最大の危機は?という質問の回答の1位は「人口爆発」(22.7%)であったという。
これは、1999年5月放送のTBS「21世紀プロジェクト/ヒトの旅、ヒトへの旅−世紀末人類最先端スペシャル」で紹介された。
2位は戦争、3位は環境破壊、4位はテロ・独裁国家、5位はエネルギー資源の枯渇である。

【世界人口会議小史(2000年4月現在)】
1954年 ローマ 専門家会議 国連/国際人口学会共催 1963年 第1回アジア人口会議(ニューデリー)
1965年 ベオグラード 専門家会議
(60年代後半) 途上国の人口増加率史上最高(年率2.4%)
1967年 国連人口活動信託基金設立
1968年 国連人口基金(UNHPA)に改組
1972年 人間環境会議(ストックホルム)
同 ローマクラブ「成長の限界」
同 第2回アジア人口会議(東京)
1973年「オイルショック」
1974年 ブカレスト 政府間会議(以下同)
「人口抑制」を主張する先進国+一部のアジアと、「開発優先」を主張する 中国・ブラジル・ナイジェリア間で論争。
「世界人口行動計画」採択
1982年 第3回アジア人口会議(コロンボ)
1984年 メキシコ・シテイ 「国際人口会議」
第2次オイルショックで経済停滞
途上国を含め家族計画の必要性で合意。
1985年 国際婦人の10年
国連国際女性会議(ナイロビ)
1992年第4回アジア人口会議(バリ島)
同 国連環境開発会議(UNCED)
1993年国連人権会議(ウィーン)
1994年 カイロ 「国際人口開発会議」行動計画採択
この会議で今までの人口抑制の合意内容から大きく転換が図られた。
それは、女性の人権を保たなければ人口問題は解決しないという全く新しい視点からの内容である。
1999年カイロ+5 女性の権利を保護するという政策が、現在の人口問題対策の根本的な考え方となっている。

20世紀とはどんな時代だったのか。
世界戦争の世紀、科学技術の進歩の時代、そして人口爆発の世紀であった。
1804年に10億人に達してから20世紀に入ってまもない1927年に20億に達すると急速に上昇し始めた。
1999年10月にはとうとう60億人に到達、21世紀の終わり頃には100億に達すると予測されている。
20世紀になって非常な勢いで人口が増えたことは、基本におかなければならず、しかも増加するスピードが急激であることも重要である。

最初の10億に達したのは、西暦1804年。
20億に達するのは123年(1927年)。
30億に達するに33年。(1960年)
40億に達するに14年。(1974年)
50億に達するに13年。(1987年)
60億に達するにはわずか12年。(1999年)

では、21世紀はどうなるのか。
年増加率はだんだん小さくなっているが、年増加数は大きくは減少しない。
2000年〜2005年の予測をみても、増加率は1.2%であるが、増加数は7400万人と予測され、この数字はだいたいフィリピンの人口に匹敵する。
つまり、毎年フィリピンの人口が地球上に増えていくということである。
50年後にあたる2050年にはどうなっているだろうか。
国連では、最大で107億人、最少で73億人、最も可能性の高い値として89億人と予測している。
いずれにしても73〜107億人の幅の中で増加が予測されているということである。
増加を少しでも抑えるためには、我々が人口問題をどう取り組むのかということにかかっている。


2.人口と女性 (「2050」代表 北谷勝秀氏)

過去70年間に世界人口は3倍に増加した。
しかしその結果、一人当たりの自然資源や土地は急減、貧困は減らず、環境は悪化している。
また、人口圧力により人間の安全保障にはほど遠い。
そこで国連が主導する形でまず着手したのは、「人口政策」と「家族計画」である。

その後、カイロ会議(1994年)で国際社会は人口問題の取り扱いについて180度の政策転換を行った。
「数から質への転換」である。
質とは何か、それは、今まで虐げられてきた女性に対して、女性に基本的な人権を認め、女性が本来持っている身体的・精神的健康を保持し、女性の能力を向上させようというものである。
そこで打ち出されたのが、

◆リプロダクテイブ ライツ
◆リプロダクテイブ ヘルス
  である。
翌年行われた北京での第4回世界女性会議で、これらの女性の人権は定着した。

【リプロダクテイブ ライツ】
「自由に責任を持って、子供の数と産む時期を決める権利。
  そのために必要な情報を入手する権利。」
【リプロダクテイブ ヘルス】
「生殖の仕組み、機能、過程のすべての事柄について、単に疾患なしというだけでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあること。」

このことは男性にもあてはまる。
したがってこれらの実現のためには、男女両方の責任において行わなければならない。
現在においても、世界で完全に男女平等な社会はない。
歴史的にみても、まさに男性支配の社会であり、女性は子供を産み、育て、家庭を守るということが既成観念であった。これが人口急増の原因となったのである。
したがって、男女共同参画社会を実現するためには、男性の意識改革が必要である。

特定国の平均寿命(PRB1999 世界人口データシート)
国名 男性 女性
アフガニスタン 46 45
インド 60 61
ネパール 58 57
パキスタン 58 59
バングラデシュ 59 58

本来女性の方が長寿であるのにかかわらず、これらの国では女性の方が短命、あるいは男性とほぼ同年である。
これはいかに、女性が「ジェンダー差別」を受けているかということを表している。

【ジェンダー差別】

女性は生まれてから死ぬまで差別を受ける。
胎児のときから性別判断され女性であると堕胎されたり、間引きされたりする。
教育を受けられない、治療を受けられない、性器切除、家庭内暴力、また、エイズも女性の間に急増している。
さらに、女性は社会に参加しにくい。
そして、最貧困層と非識字の70%が女性である。

結局、人口問題を解決する最良の方法は、女性に教育を与え、人間としての権利を保護し、エンパワメント(女性の能力向上)と選択決定の機会・権利を与える、ということである。
これらについて男性は協力しなければならない。
具体的には、女性が望まない結婚や出産を回避し、それらによって、妊産婦死亡の減少、家族の健康管理へと向上をはかるということである。
また、日本は戦後人口急増を経験しているが、その後10年間で半減している。
これらの経験を途上国に伝えるべきである。


3.ジョイセフが協力しているネパールプロジェクトの戦略
(ジョイセフ 人材養成事業部長 飯島愛子氏)

ジョイセフは1979年来、ネパールにおいてネパール家族計画協会と共同で、国連人口基金(UNFPA)の資金により、「家族計画(FP)」「母子保健(MCH)」事業を推進してきた。
プロジェクトは1979年に丘陵地域のカブレ郡(パンチカルプロジェクト)に始まり、1993年にインド国境に近いタライのスンサリ郡とモラン郡(スンサリプロジェクト)に拡大した。
両プロジェクトの対象人口は約165,000人である。

(1)ネパールプロジェクトの背景
パンチカルプロジェクト地域は、ネパールの首都カトマンズから45キロ東に位置する無医村地域である。
1976年にプロジェクトを開始した当時、ネパール政府は不妊手術サービスを中心にFPの普及を図った(すべての避妊方法の80%)。
しかし、フォローアップが不十分な巡回サービスによる不妊手術は人々になじまず、FP実行率は10%位であった。
その結果、女性は平均6〜7人の子供を産み、早期出産や多産、危険な人工妊娠中絶が原因で命を落とすことも多く、現在に至るまで女性の寿命が男性よりも短い希有な国である。
これには、男女的性差(ジェンダー)が深く関わっているといわれている。

(2)ジョイセフの活動
ジョイセフの具体な活動は、寄生虫予防と家族計画を統合させた「インテグレーションプロジェクト(IP)」である。
ネパール人は寄生虫感染率が高い。
寄生虫の集団検査、駆虫を実施することにより、保健ワーカーとの信頼関係が生まれる。
そして、相互の信頼関係ができると家族計画の説得も容易になる。
スタッフは集団検査駆虫の実践を通し、衛生教育と共に住民参加の保健環境改善へと運動の展開を図っていく。

(3)プロジェクトの活動内容
@地域住民組織の設立
地域住民の参加を促すために村に保健委員会を設置し活動をはかる。
Aスタッフの養成
寄生虫集団検査、駆虫活動実施のための寄生虫検技師の養成
Bプロジェクトの各村にヘルスポスト(簡易保健室)を設立
Cパンチカル・プロジェクトの15カ村を管轄するフィールドオフィスの運営
Dパンチカル助産院のサービス開始
E青年海外協力隊(助産婦)の着任
F草の根無償協力によりパンチカル家庭保健センターを設立、
フィールドオフィスと助産院を統合・運営
G草の根無償協力によるスンサリ家庭保健センターの建設、運営

(4)活動成果
プロジェクト実施の結果、保健ポストやNGOの設立が進み、村人自身で健康管理に取り組むことが可能になった。
家族計画の普及率も上がり、女性達が妊婦検診などさまざまなサービスを受けられるようになった。
プロジェクトはネパールにおける無医村地域の母子保健を改善するためのモデルづくりをめざすものである。
今後の課題は、地域リーダーやスタッフ人材養成の強化、リプロダクテイブ・ヘルスの知識の普及、住民組織の強化などにより持続可能なFP、MCHサービスを確立することである。



4.パネル・ディスカッション

●途上国における高齢化問題はどのような状況か?
尾崎氏: 高齢化問題は、人口問題の難しさを表しており、小子化、長寿化が進めば人口構成の高齢化が起こる。
いわゆる「もぐらたたき」のようなものだ。
高齢化の問題は、途上国でも人口増加と同様に深刻な問題になりつつある。
中国では「一人っ子政策」により約3億人の人口が増えなくてすんだと言われるが、逆に高齢化が進み、社会保障、介護、住宅などの対策に悩んでいる。
飯島氏: 女性の権利問題においても高齢化は深刻である。
女性側は早婚でも相手は年をとっている場合が多い。
男性が先に亡くなって一人で高齢化を迎えている女性が多いのが実状である。
カトマンズでも個人的にこの問題に取り組んでいる人もいるが、もっと組織的に若者も巻き込んで、広い世代間で取り組まなければならないと考えている。

●若者や女性の問題についてコメントをいただきたい。
北谷氏: 私が今もっとも心配しているのはエイズの問題であるが、これには打つ手が限られている。
日本人はどちらかと言うと他人事のように受け止めてはいまいか。
しかし、現実にはエイズは大変な勢いで増えており、アジアにもどんどん広がっている。
インド、中国、カンボジア、ベトナムなどで猛威をふるっており、次は日本に広がるのではないかと危惧している。
日本の若者は、正確な性教育を受けていないし、エイズに対する予防教育ももっと必要である。
尾崎氏: 途上国ではどうしてたくさんの子供が生まれるのかというと、家庭において「子供は無償の労働力である」と考えられているからである。
それに社会保障のない途上国では、子供は親の老後を看る社会保障の代替物になる。
また、生まれる子供は必ずしも全員が成人に至らないために、多めに産んでおく。
さらに女性は家庭でも社会でも地位が低いため、子供を産むことによってはじめて存在価値が認められている。
ここを解決しないとどうしようもないと気づいたために、女性の地位向上に取り組むようになった。
21世紀はまさに女性の力なくしては迎えられないだろう。
北谷氏: インドのビハール州では、8〜14歳位までの女の子の80%が結婚させられ、牛馬のごとく酷使されている。
14〜15歳になると子供を産む。相手の男性は18〜20歳位なので、毎年子供を産まさせられる。
しかも栄養が悪いために、生まれた子供は半分位は死んでしまい、母親も30歳すぎると身体はぼろぼろである。
途上国で、貧困を解決し、環境保全をし、人間の質・生活の質を高めるための一番の近道は、女性が教育を受け、社会的、経済的に向上するしかない、一見回り道のようにみえるが、これが現在の国際認識である。

●人口問題について日本が果すべき役割はどのようなことがあるか?
飯島氏: 人口問題はデリケートな問題でもあるので、柔軟性のあるNGOが政府とパートナ―シップを組んで取り組むことがとても重要ではないか。
北谷氏: 同感である。
日本の経済力、経験、技術、これらをもっと世界のために役立てるべきである。
国際機関が持っている普遍性や中立性を活用して各国政府に政策提言 を行い、現場の実践はNGOに任せる。
日本が貢献すべき分野はまだまだたくさんある、途上国の人づくり、国づくりのために、日本はもっと貢献すべきである。
尾崎氏: 私は、2004年に開催が予定されている「世界人口会議」を日本で開催するべきであると考え、民間の「人口問題協議会(明石康氏会長)」の立場で、先日日本政府と国連事務総長に提言した。
世界人口の2/3はアジアに集中しているのに、アジアでこれまで一回も世界人口会議が開かれたことがない。
日本は「人口転換」に成功している、「人口転換」とは、多産多死から最終的には少産少死に転換を図ることである。
日本型人口転換の特徴は、短期間のうちに実現できたことである。
ヨーロッパなどでは達成するのに半世紀位かかっているのに比べて日本では約10年あまりで達成した。
更に日本は、経済成長と平行して人口転換も実現した貴重な経験を持っている。
現在の途上国では、経済成長を遂げたあとに人口問題に着手するという余裕はないので、まさに日本の経験が生かされるべきである。
また、高齢化の問題も、日本は世界のトップランナーとして走っており、新しいテーマとして国際社会に協力できるのではないかと思う。
ただし、NGOの活動についは、日本はまだまだ揺籃期であるから、欧米のNGOを招いて、交流をはかり活性化すべきである。
これらのことを人口会議を契機として意見交換や経験を分かち合うことで、日本はもっと世界に貢献することができると思う。
 
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