講師紹介
井上 真 氏
東京大学大学院農学生命科学研究科助教授。昭和35年生まれ。
東京大学農学部林学科卒業。農水省森林総合研究所、東京大学農学部助手を経て、平成7年より現職。昭和62年より3年間国際協力事業団の熱帯降雨林研究プロジェクトに参加。
インドネシアに滞在、東カリマンタン州での焼き畑農業の調査研究等を行う。
1.森林の定義と面積
【熱帯林の減少の面積】
1990年から1995年までの5年間で、毎年1291万haの熱帯林が消失している。
この面積は、北海道+九州を合わせた面積よりさらに少し大きい。
つまり、急速なスピードで消失しているということである。
「熱帯林の消失」は、樹冠の被覆率が10%以上であった森林から10%以下の土地に変わったものを指す。
当然、もともと100%から50%になったり、60%から30%になったりした森林は含まれないのであるから、消失した面積の何倍もの森林が劣化しているということを強く認識しておく必要がある。
2.熱帯林が減少するとどのような影響があるのか
生物多様性が消失する、二酸化炭素が増加する、洪水などの災害が下流でおこるなど、さまざまな影響が想定できる。
さらに、熱帯地域には多くの人々が住んでいて、熱帯林の消失は、住民にとってまさに死活問題である。
たとえば、森がなくなると薪がなくなる、薪がなくなると食事や調理ができない。
森から採取していた果物や木の実がなくなる。
そして、森の存在が前提で成り立っていた焼畑農業ができなくなる。
焼畑農業ができなくなると、主食であるコメやイモの栽培ができなくなる、あるいは雑穀類が生産できなくなる、たんぱく源であるイノシシやシカも捕れなくなる。
川も枯れる、魚も捕れなくなる。
したがって、食料の自給が破綻するのである。
また、彼らには現金収入源はほとんどない。
彼らにとって現金収入になっていたものは、藤(ラタン)や樹脂、香木などの森からの産物である。
森がなくなることで、これらの現金収入源も食料もなくなってしまうということは、つまり、森に住んでいる人々がある種の難民状態に追い込まれるのと同様である。
3.どのようなプロセスで熱帯林は減少するのか
いろいろな定義があるので私なりに整理してみた。
伝統的焼畑農業
↓ 比較的長い休閑期を持つ環境調和的な焼畑農業
↓ 人類学者の言う焼畑農業(伝統的農法)
↓ 準伝統的焼畑農業
↓ 多くの伝統的焼畑の現在の形
非伝統的焼畑農業
人類学者はこれを焼畑と言わない場合が多い。
しかし、国連機関や林業関係者はこれを焼畑農業といっていた。
そのため議論がかみあわず、焼畑は破壊的である、いや焼畑は持続的であるという論争となっていた。
また、環境調和型焼畑ももはや現在ではどんどん非伝統的焼畑農業に変わってきているのが現状である。
【商業伐採】
「択抜=抜き切り」は持続的な林業経営の方法である。 では、抜き切り後の木がどのくらい損害を受けているかという研究報告を見ると、被害なしが約6割、約4割には被害がでる。 同時に林道も作られるので、土壌侵食がおきやすくなる。 これだけでは「森林の消失」にはならないが、「森林の劣化」が起きる。道路がつくられることにより、都市からの人々が流入し、倒伐、火入れ開拓が行われ、消失へと進む。 |
土地は法的には国有林である。
国有林を書類の上で線引きし、A社、B社、C社と伐採の権利を渡す。
伐採権をもらった会社は林道をつけ、そして、植生を調査し、伐採する。
しかし、線引きをした時点では、元来生活していた集落の人々の生活様式について、全く考えられていなかった。
つまり、彼らが守ってきた森が伐採事業者によって伐採されるということが起きてしまう。
伐採事業者と住民は折り合いがつくところもあるが、うまくいかないこともある。
このような事態を引き起こした森林政策は、彼らの生活様式を考慮していなかったことが最大の誤りといえる。
しかし、1990年以降何がおこったか。森がなくなってきたので造林が行われた。
造林自体に問題はないが、前提条件が必要である。
伐採と同様に造林にも権利がある。
A社がある地域について権利を得て造林する。別の場所はB社が権利を手にいれる。 A社の権利地域では、住民の生活地域と重なっていないので問題は起きない。
パルプ用材を植林し輸出することによって会社と共に国にも外貨獲得となる。
ところがB社の権利地域では、ここにあった慣習保全林はすべて切られてしまい、地元住民には全く関係のないパルプ用材の植林がなされる。
さらに、これから焼畑になるであろう場所についても植林されてしまう。
焼畑農地が大幅に縮小され、食料生産ができなくなってしまうのである。
伐採のときにはあまり目立たなかった紛争が、植林が始まってからは、土地問題という形で急激に増えているのである。
4.どのようにすれば熱帯林を保全することができるのか。
たとえば、アグロフォレストリーにおける植林方法は多様にある。
ローテンションする、畑の境界に木を植える、列状に植えるなど。
技術的な研究はもとより、生態的、経済的にどのように良いのか研究を続けているが、これらの研究が現場にどのように汎用できるかがが現在の課題である。
これについても、日本では国際協力事業団やNGO団体を通じて協力を行っている。
5.最後に
森林の減少というテーマから地域をみたとき、そこで何が起っているのかということは、その地域によってさまざまである。
したがって、世界全体の統計やそれらの分析を元にして処方箋や対策を立ててもあまり現実的ではない。
何が必要かというのは、まさに現地での現地ごとの状況の把握であろう。
そこで私は、現地に入り生活を共にしながら情報を集め、政策に反映させるというフィールドワークに基づいた研究が重要であると実感している。
重要な点は、現場に行くと学問の在り方が問われるということである。
熱帯地域にどのような人々が住んでいて、その地域にはどのような森の産物があり、人々はそれをどのように活用し、それによってその地域の生態系や文化がどう成り立っているのか。
ある学問で見ることのできる視点は一面的であるが、現状で起きていることは複合的である。
生態学、経済学、文化人類学などからの複合的な視点が必要なのである。
しかし、現在世界的に発達している学問は分化しすぎている。
私は、これでは我々が今直面している環境問題は解決できないのではないかと思っている。
私は、現在の学問の在り方を問い直すという意味でも、フィールドを基礎に研究を続けていきたいと考えている。
参考文献
井上真
「熱帯雨林の生活:
ボルネオの焼畑民とともに」築地書館
1991年
K.ミラー、L.ダングレイ/熊崎実訳
「生命の樹」
岩波書店
1993年
日本環境会議編
「アジア環境白書1997/98」
東洋経済新聞社
1997年
上智大学アジア文化研究所編
「(新版)入門・東南アジア研究」
めこん
1999年
井上真・宮内泰介編
「コモンズの社会学」
新曜社
2000年(近刊)
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