講師紹介

荻野  和彦氏

昭和11年京都生まれ。昭和40年京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
京都大学農学部助教授を経て、昭和58年から愛媛大学農学部教授、平成10年から滋賀県立大学環境科学部教授。
農学博士。専門は森林生態学。



1.東南アジア熱帯林をとりまく環境問題

(1)人口圧と開発希求
東南アジアの熱帯林をとりまく環境問題を考える際に留意しなければならないことは、高い人口圧が加わっている結果、森林に強い開発圧が働き続けているということである。
タイのバンコク、インドネシアのジャカルタなどの都市は、人口の超過密地帯となっている。
このように都市に人口が集中し都市化が進行すると、経済的な開発要求が高まり、一次生産力に依存する国々では、商業伐採の対象として森林に対する開発要求が高まる。
また、今まで小規模の焼畑をしていたところから大規模農地開発に変わるなど、経済化の進行は熱帯林に対して大きな打撃を与えている。

(2)国際的な潮流
92年に開催された地球サミットでは以下の二つに関する条約が締結された。

【気候変動枠組み条約(地球温暖化対策に伴う施策)】 1997年12月に京都で開催された「気候変動枠組条約第3回締約国会議」では温室効果ガス削減について以下の内容が締結されている。

@削減対象の温室効果ガス
二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、代替フロン(HFC、PFC、SF6)の6種類のガス
A削減
2008年から2012年の間に、先進国全体の平均で1990年に比べて、5.2%削減する。
B温室効果ガス吸収源
温室効果ガスの吸収源として、森林などの吸収量を排出量から差し引くことができ、90年以降の植林、伐採について考慮する。
C共同実施・排出権取り引き
先進国は、共同実施又は排出権取り引きによって、総排出量を削減することができる。
Dクリーン開発制度(CDM)
先進国は、途上国の持続的開発や温室効果ガス削減のための事業へ資金供与すれば、その事業による削減量を自国の排出量から差し引ける。

例えば、日本がアジアのどこかの国の植林・造林事業に資金を供与すれば、日本が排出するCO2量から、その造林事業によって排出される量を差し引けるということである。
一見、聞こえが良いように見えるが、これは、経済問題を森林生態系に持ち込むことになる。
一つ間違えば、資源保有国である東南アジア熱帯諸国と、技術・資本保有国の日本の間に、新たな、深刻な南北問題を生み出しかねない。


【生物多様性条約(生物多様性条約に関連する施策)】
目的:生物多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用、および遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を行う。

この条約によって、資源開発の持続的な利用、資金供与、知的所有権など、経済的な利益を伴う問題を抱えることとなった。
「生物多様性条約」と聞くと「生物多様性を保全するための条約」だと理解する人が多いが、じつは、保全するという目的の他に、「持続的に利用する」という意味がある。
つまり、生物資源をどう利用するのか、利益の配分をどうするか、という論議である。
かつて、森林資源といえばそれは木材を指し、木材を板や柱などに利用することであった。
しかし、「生物多様性」として森林資源をとらえるときには、すべての遺伝資源を含むことになるのである。
木部の直接的な利用というだけでなく生物資源の内容が変わってきたこと、利用の仕方が変わってきたことに注目する必要がある。




2.東南アジア熱帯林の生態的特徴

・海洋性島嶼部にある。
インドシナ半島の海岸部やマレー半島のほか、インドネシア、フィリピン、パプアニューギニアなど、大小様々な島嶼に熱帯林は発達している。
これに比べてアフリカ、南米にある熱帯林は、大陸の大きな川の流域に発達している。
東南アジアの熱帯林は低地熱帯雨林、常緑季節林、熱帯半常緑林、山地多雨林など実に多様である。

・生物多様性に富んでいる。
東南アジアの熱帯林生態系は、
@複雑な階層構造
凹凸の激しい林冠層をもち、複雑な階層構造をつくっている。

A多様な植物生長の周期
木によっては、常時伸長する(常伸)、リズミカルに伸長と休止を繰り返す(隔伸)、一時的に裸樹になる(完全落葉)、新葉枝、裸枝、旧葉枝が混在する(半落葉)など、それぞれの植物の生長リズムが多様である。

B興味深い生物間相互作用。
植物と植物、植物と動物、植物と微生物など生物群の間に展開される生物間相互作用は複雑、巧妙かつ精緻である。
植物と植物、動物、微生物などこれらの「関係」には「生理活性物質」が介在している。
この「生理活性物質」は人間にとっても有効な薬理効果を持っている物もある。


ヤドリギの蜜を吸う野鳥
「オオハシクモカリ」(体長は5〜6cm)






C開化時期と同調性
花の咲き方も種類によってさまざまである。
年中開化する常季花、年数回定期的に一斉に開化する定季花、定まった季節はないが開化が同調する同季花、開化、結実の周期性〜数年に一度一斉に開化する(4年から5年という周期ごとに一斉開化するのではないかといわれている)などである。

D高温多湿にもかかわらず生じる葉の水不足。
熱帯林は年平均気温が摂氏27〜28度であるため、年中高温多湿であると思われている。
しかし、一日の温度変化をみると、朝、昼、夜の間にはかなり温度差が起きる。
一日の温度変化のほうが一年の温度変化より大きい。一日の温度変化が大きいと、植物の葉では日中水不足が起こる。

Eやせた土壌
高温多湿であると土壌の風化が進む。風化が進むと、本来その土壌の母材に含まれていたミネラルなどがどんどん水に溶解してしまい、やせた土壌となってしまう。




3.生態系の修復は可能か

生態系の修復は容易なことではないが、多数の動・植物、微生物が精緻なシステム、生命の連環体を作り上げていることを念頭において、人為的に植樹造林をすることから始めなければならない。
最近では、林業としての森林造成だけでなく、自然に似せた森づくりも行われるようになってきた。
東タイの農民ウィブンさんは、直接食用できるドリアンやマンゴスチン、ヤシ、コーヒーなどの擬自然林をつくり、この森によって家族を食べさせることに成功した。

マレーシアのサラワク州では、日・米・マの共同で熱帯林生態系の修復実験を行っている。

熱帯林生態系の修復は、

1)生態系修復技術の確立

2)生物資源利用の適正化

3)地球環境の保全

という視点から取り組んでいかなくてはならない。




参考文献

「温暖化する地球」 田中正之著読売科学選書23 読売新聞社
「地球の掟」アル・ゴア著 小杉隆訳ダイヤモンド社
「熱帯雨林を考える」 四出井綱英・吉良龍夫著人文書院
「熱帯雨林をまもる」 熱帯雨林保護検討会編NHKブックス644 日本放送出版会
「地球環境再生への試み」田村三郎著研成社

 
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