講師紹介
小島 麗逸氏
昭和9年長野県生まれ。大東文化大学国際関係学部教授。
昭和35年一橋大学経済学部卒業。
アジア経済研究所で中国研究に携わり、調査研究部次長を経て、昭和61年より現職。
北京大学光華管理学院客員教授も務める。
専門はアジア、中国経済論
1. はじめに
アジア各国は依然として経済成長上昇の一途にある。
今後もこの成長の伸びがあると想定したとき、環境問題の深刻化は、現在の想像をはるかに超えるであろう。
アジアの多くの発展途上国が直面している環境問題は、我々先進国とは違った基本的観点が必要である。
それは次のようなものである。
先進国の環境破壊は段階を経てきている。
産業公害、都市公害、そして地球環境問題への認識という段階である。
我々はこの段階を追って、それぞれに対策を練ってきた。
しかし、発展途上国の場合には、先進国のように段階を経るのではなく、それら段階的なものが同時に起きているということである。
身の回りの環境破壊から地球規模での破壊まで同時に起きているということである。
これは極めて重要な問題であり、我々が経験した問題よりその解決を探ることははるかに難しい。
私はこれを「圧縮型の環境破壊」と呼んでいる。
アメリカが主導した大量生産、大量消費が経済成長を促し、先進国のどの国も急速な発展をなし得た。
現在、中国では、都市化率が33~35%位であるが、すでに大都市では大量浪費の生活スタイルが庶民の生活の中に入り込みつつある。
中国政府は約25年前から環境問題に取り組んでいる。
最初に取り組んだ分野は、重金属、農薬など、直接人間の生命にかかわる分野である。
重金属排出については、対策によって1986年からの統計では年々排出量が削減されている。
しかし、このように一部についての改善はみられるが、全体としてはまだ困難な状況にある。
今回は環境の中の生態系破壊について述べていきたい。
2.水害と森林伐採
1998年夏、揚子江の水害が話題になった。
あの水害は、川の上流部での森林伐採が引きがねになった、「人災」であるといえる。
中国全国で98年8月末までに、水害で死亡したのは3003人である。
揚子江は1950年以降4回の大水害を経験している。
それまでは、死者の数が万人台であったのが、今回は1000人台で止まっているということは、大変な努力、改善がなされてきた証である。
自然災害では、「水害」よりも「干ばつ」の方が悲惨である。
「水害」は「線」で起きるが「干ばつ」は「面」で影響がでる。20世紀に起きた大干ばつは2回。
1928~31年の干ばつでは約1000万人が死亡、1959年~61年までの3年間では干ばつによる餓死者は毎年500万人の割合で3年間で1500万人に及んだ。
水害と干ばつという両局面の事象を突きつめてみると、原因が複雑に絡み合っていることが見えてくる。
そこが中国の生態系、環境問題の難しさである。
中国東北部黒竜江省にある大興安嶺は、天然林の宝庫である。
1987年には大森林火災により、大量の森林を消失した。
揚子江の上流にも天然林が少し残っているが、大部分の地域にはほとんど森がない。
このような国は、世界的にみても極めてめずらしい。
【森林面積率(1977年から1981年、1985年調査)】
世界第1位はフィンランドの68.7%、次は日本で67%である。
世界平均は30%。
中国は、全中国としてでも12%で、オーストラリアやイランと近似値である。
中国国内の河北、河南、北京、山東、山西などは10%にも満たない。
このような森林面積の中で、中国政府は森林を増やす努力はしているが、実際には木材資源は減少している。
【黒龍江省の森林資源の衰退の情況(1950年~1988年データ)】
伐木1本あたりの体積は、下がっている。(1.2m2 →0.24m2) 森林面積率はあまり減っていない。(38.5%→33.4%) 全森林に占める針葉樹比は、半分に下がっている。(68.1%→33.5%) 1haあたりの蓄木量は、半分になっている。(191.3m2 →90.6m2) |
このことから分かるのは、近代化のための木材需要が増加しどんどん伐採した結果、良質な有用材が減少しているということである。
揚子江上流でも伐採は進み、その結果、今回の大水害を引き起こした一因となったと考えられるのである。
3.砂漠化、干ばつ
東京の降水量は年間1800ミリである。
東京に比べて北京は600~650ミリ、西北部では平均300ミリである。
つまり、東北、華中、西北地方では大変乾燥している。
乾燥地域は徹底的な水不足に見舞われる。
経済成長のための資源に真っ先に影響を与えるのは水である。
中国の西北部に位置する新彊地方などに見られる間欠川、内陸河川。
それらは、雨が降ると川になり乾燥すると干上がる。
そして、黄河もそうなる可能性がある。
実際、黄河の断流距離、断流日数は年々増えてきており、1997年の断流距離は700キロメートル、断流日数は200日に及んでいる。
断流が起こる原因として考えられることに、工業化を進めるために上流で先に水を取ってしまうことがある。
黄河だけでなく、東北地方などの小さい河川でも同じ事が起こっている。
さらに自体を深刻なものとしているのは、これらの現象が、他の要因と複雑に絡み、やがては砂漠化を促しているということである。
じつは、砂漠化は北京付近までに広がりつつある。
砂漠化の直接的な要因は、遊牧民を農耕に従事させての開墾、生産力向上のためのヒツジやヤギなどの過放牧、などが挙げられる。
この50年間で内蒙古、新彊などではヒツジの放牧量は1haあたり、3~4倍に増えている。
また、オオカミやキツネを駆除したことによって、ネズミが増え、草原の劣化を促している。
4.塩害化
土壌の塩害化は、灌漑が進むことにより引き起こされる。
北方では11月以降に作物収穫が終了する。
季節的には9月から乾燥が始まる。
乾燥が進むと、毛細管現象により地下から水が吸い上げられ、地表から水分が蒸発、水分中にある塩類成分だけが土壌表面に滞り、白くなる。
ここで灌漑を行うと、さらに毛細管現象が促され、よりいっそう塩害化が進むことになるのである。
この塩害化は中国の北方地方だけでなく世界の乾燥地域全体の問題でもある。
5.表土流出
中国の各河川から流される土壌は、年間50億トンといわれている。
黄河はこの問題でも深刻で、山門峡ダムは15年で使えなくなった。
貯水池ではなく貯砂池になってしまったのである。
黄河の天井川になっている部分では、平地より川底が10m位高くなっているところもある。
今年の揚子江の水害は、前述した森林伐採のほかに表土流出で湖沼が埋まったり、湖畔の開墾も要因の一つとなっている。
6.おわりに
以上のような一連の環境破壊を一挙に解決することはまず不可能である。
森林再生一つを取り上げても、現代の中国では、山西省や四川省などの山奥にいって植林に従事する人はまずいない。
大都市で仕事に就いたほうが収入が良いからである。
しかし、ここを修復しないことには、2000年間痛めつけてきた国土は修復できない。
国の施策として、取り組まなくてはならないはずである。
日本は世界の原木の40%を輸入している木材輸入国である。
それによって我々は豊に生活している。
中国は日本と比べてすべての規模が大きい。
都市化率が30%といっても人口でいえば4億人規模である。
もし、中国が日本のような生活レベルに近づいてくれば、日本を圧倒して木材輸入国になるといることは容易に想像できる。
環境破壊の抜本的解決は難しいかもしれないが、悪化を防ぐ、鈍化させる方向で何らかの手だてを打つことは可能だと思う。
年々、中国からの日本に対する技術支援・経済支援の要請は増加してきている。
アジアの仲間として、また隣国として、我々日本も真剣に考える必要があるはずである。
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