講師紹介

永戸  豊野(えいと とよの)氏

昭和4年生まれ。早稲田大学文学部卒。
毎日新聞社東京本社にて編集局学芸部、出版局で活動後退社。
昭和59年から(財)世界自然保護基金日本委員会(WWF−JAPAN)常任理事。
現在、同委員会事務局顧問。



1.レッドリストの警告

生物の数億年の歴史を振り返ってみると、絶滅は常にあった現象であり、比較的短い年月の間に多くの生物が絶滅した、いわゆる大絶滅も過去に5回はあったといわれている。
その最後の大絶滅は、約6500万年前に起こった恐竜をはじめとする大型爬虫類の絶滅である。
大絶滅の原因は必ずしも明らかではなく、多くの説があるなかで、巨大隕石の衝突説が最も有力になりつつある。
いずれにせよ、現在起こっている絶滅は、原因も様相も過去とは全く異なるものである。
過去の大絶滅時代には、人間は存在していなかった。
一方、現在進行中の大量絶滅の原因は、人間の存在と行為に尽きるといっても過言ではないだろう。

国際自然保護連合(IUCN)では、世界規模で絶滅のおそれのある動植物の種をランクをつけて掲げた「レッドリスト」を1986年から発行している。
最新版(1996年刊)の「レッドリスト」では、1600年からの絶滅種が611種(他に「野生絶滅種」30種)と記載されている。
このリストに記載されている種名は、学術的に既知の動物種(約124.5万種)に限られている。
世界には未知の生物が非常に多く、既知の生物種175万種の10数倍から25倍はくだらないといわれている。
大量絶滅は、既知の種と未知の種の両方に及んでいるのである。
動物については、未知の種は昆虫などの小型の無脊椎動物に多く、未知のまま絶滅していく種も多い。
このことが、「今後30年間に地球上に存在する種の20%が絶滅する」という見通しの一つの根拠になっている。

このような大量絶滅は、生物の多様性を損ねるおそれが大きく、自然界に深刻な影響を及ぼすことは容易に想像できる。

【具体的な絶滅種の事例】

●グアテマラカイツブリ
グアテマラのアティトラン湖にだけ生息していたグアテマラカイツブリは、体長50センチほどの大きさの飛べない水鳥だった。
新種として記載された1912年には約100つがいほど生息していた。
しかし、1960年代から減少し始め、1986年の「レッドリスト」では絶滅危惧種となった。
WWFが支援した保護活動は60年代から始まり、その後230羽までに増えたが、結局1990年の「レッドリスト」では「絶滅」と認定された。
その原因は以下のように考えられている。

湖岸にヨシやガマが生えたアティトラン湖は、インディオが生活に利用していた場所だった。
しかし、周囲の山林の伐採や農地化といった開発が進んだことにより、徐々に湖の水位 が下がっていった。
さらに、グアテマラ大地震の影響で湖底に穴が空いたのか、5年間で4mもの水位が下がった。
水位の低下で、ヨシやガマが生育できず、カイツブリは浮き巣を作る場所を失っていくことになった。
さらに、政府がフィッシング観光の目的で放流したオオクチバス(淡水スズキの一種)により、湖に生息していたカニや在来魚が食べられ、カイツブリの食べ物が減っていった。
また、この魚はグアテマラカイツブリの雛も食べた。
カイツブリは生息環境を大きく損なわれ、数を減らしていくことになった。
湖岸に建てられた観光施設等からは、汚水が排出され湖の水質はどんどん汚染されていった。
これもカイツブリに影響を与えただろう。
このようにいくつもの原因が重なり、グアテマラカイツブリは絶滅するに至ったと思われる。

●ハシジロキツツキ
アメリカとキューバに生息していた大型キツツキの一種であるハシジロキツツキも、同じような経緯をたどっている。
アメリカでは森林伐採などによる開発が早く進んでいたので、1970年代にはもうこの鳥は絶滅したといわれていた。
隣国キューバでは、東部の森林にわずかに生き残り、緊急な保護活動が行われた。
しかし、1993年の調査では生存の痕跡がなく、絶滅が確認された。
大型キツツキは、高老齢の太い樹木がなければ生きられない。

●トラ
トラはアジアの広い範囲に生息している大型哺乳動物である。
20世紀の始めには8亜種のトラが生存していたが、このうちジャワトラ、バリトラ、カスピトラの3 種は、1940年代から1980年代にかけて絶滅した。
現在、生存が確認されているのは、シベリアトラ、ベンガルトラ、アモイトラ、スマトラトラ、マレートラの5亜種である。
トラは今世紀初頭には10万頭くらい生息していたといわれているが、現在は、5000〜7500頭しか生き残っていない。
トラの生息地の減少、彼らの食べ物であるシカやイノシシが減ったこと、また狩猟や毛皮、漢方薬とし ての骨を採取する密猟などが主な原因とされている。




2.絶滅の原因は何か

世界自然保護モニタリングセンターの資料に基づいて、世界資源研究所が1600年以後の野生動物の絶滅または極度の減少を招いた原因を分析した。
結果は次のようなものである。

1.移入生物(帰化動物) 39%
2.生息地の破壊 36%
3.狩猟(乱獲) 23%
4.そのほか 2%

このランクにあるように、1600年以降の絶滅の原因のトップは、「移入生物」となっている。
「移入生物」とは、人間の手でそこに放された動物のことで、グアテマラカイツブリの項で紹介したオオクチバス(ブラックバス)もこれにあたる。
また、ネズミなどのように意識的に入れなくても、人間について入ってきてしまう生物もいる。
世界規模で移入生物が増えたのは、15世紀末、航海技術の発達により海上交通が進歩したことにはじまる。
大航海時代を迎え、人間は地球上のすみずみまで移動し、侵入した。
ドードーという鳥は、ハト科の飛べない鳥で、モーリシャス島の固有種であった。
ドードーは、人間の食用にされたただけでなく、人間が連れ込んだイヌ、ブタなどによりヒナや卵が食べられた。
移入動物の問題は、現在にも及んでいる。
例えば、日本で放されたマングースがアマミノクロウサギなど野生動物に影響を与えるのではないかと問題になっている。

移入生物に次いで、生息地の破壊の影響も深刻である。
トラのように非常に広い範囲にわたり生息している野生動物も年々生息数を減らしているのである。
どんな動物も、それぞれの種ごとに、長い年月にわたり特定の環境で生息できるよう進化してきた。
その特定の環境を破壊されると、そこに依存していた種は生きていけない、ということである。
この原因の直接的なものは、我々人間が行うさまざまな開発行為であり、根本的には、我々人間の人口増加なのである。




3.絶滅を防ぐために

「野生動物は、どのくらいいれば絶滅を逃れられるのか」。
この問いに対する一つの答えは、最少生存可能個体数である。
1981年にシェイファーという研究者が提唱したもので、遺伝学、人口学、育種学などの知識を活用して、一般 には「100年後までの生存確率が95%」を基準としてはじき出される隔離集団(個体数)である。
これには50/500という則があり、遺伝学上、生き残りには最低50個体、できれば500個体を必要とするというものである。
ただし、これは有効集団サイズ(いま繁殖に参加している個体数)で、実際にはこの数倍はいないと安全とはいえない。

最新の「レッドリスト」には、新たに「野生絶滅種」という項目が加えられた。
人間の保護下では生息しているが、野生では絶滅したというものである。
アメリカのプレーリーに生息していたクロアシイタチが、この項に掲げられている。
ジリスの巣穴で牛が足をケガするのを防ごうと、ジリス駆除に毒餌をまいたため、ジリスを食べたイタチが減少していったのである。
このイタチを救おうと、生息地での保護活動や飼育による保存などさまざまな力が尽くされたが、結局、野生に返すところまで増やせないうちに、野生の個体が消えていってしまった。
狩猟目的で殺され、生息が危ぶまれたアラビアオリックスを、緊急避難し繁殖させて原生息地に再導入した例もあるが、こういったプロジェクトは時間やお金もかかり、うまくいった例はわずかで、危機に瀕した多くの種を保全する万全の策にはなりえていない。

また「1種の鳥がいなくなっても大勢に影響ないのでは?」という意見もある。
しかし、目に見えることだけで考えてはならない。
広い意味で自然のシステムや多様性を考えたとき、1種が絶滅することによる影響は簡単には測れない。
人間もそうであるように、基本的には1種では生きていくことは不可能である。
生物は、他の生物と結びつきあって生きているのである。
特定の種が消えることが全体に与える影響を、容易に知ることはできないのである。

生物種の半数以上が生存しているといわれる熱帯雨林(地球の陸地面積の約7%)では、1日に74種(1時間に3種)失われているという。
今、どのような生物が、どのようにして絶滅しそうなのか、という状況と原因を明確に把握しておくことが大変重要である。
減っていく原因は一つではなく、複雑に絡み合っている。
だからこそ、早くから手を打っておかなくてはならない。

外来種の移入を規制し、なおかつ保護区とそれを結ぶ回廊を設ける。
狩猟は、地域の生態系に十分配慮したルールに基づいて行う。
法体制の検討や、保護への意識の普及、保護区設立の訴えといった活動は、決して容易なことではないだろう。
しかし、これらのことに取り組んでこそ、私たちは大量絶滅という大問題に迫ることができる。
いま、こうしている間にも、この地球上から姿を消している種がある。
「レッドリスト」の警告を忘れてはならない。
その中の絶滅のリストをこれ以上大きなものにしないためにも。


【参考/レッドリスト関係のウェブサイト】

世界自然保護モニタリングセンター

トラフィックインターナショナル

国立環境研究所

ワールドウオッチ研究所

世界資源研究所

コンサベーションインターナショナル

全米野生生物連盟

ネイチャーコンサーバンシー

世界銀行本部

WWFアメリカ

WWFカナダ

WWFイギリス

 
「インターネット市民講座」の著作権は、各講師、(社)日本環境教育フォーラム、(財)損保ジャパン環境財団および(株)損保ジャパンに帰属しています。講義内容を転載される場合には事前にご連絡ください。
All rights reserved.