講師紹介
長谷川 誓一氏
くりやまエコマネー研究会代表。1956年北海道後志支庁共和町生まれ。現在、奥山赤十字病院医事課長。1992年より栗山青年会議所に入会しボランティア活動に取り組む。1999年くりやまエコマネー研究会設立に参加し、現在、代表として活動している。
1. 地域通貨、エコマネーとは?
最近、日本各地で、「地域通貨」や「エコマネー」が盛んに行われている。「地域通貨」も「エコマネー」もその意味に大きな違いはないが、「エコマネー」はよりボランティア的なサービスの交換に特化した「地域通貨」ということができる。もともと「エコマネー」は、加藤敏春さんという個人の方が提唱している概念で、エコノミー、エコロジー、コミュニティの造語である。
世界各地でも「地域通貨」は盛んに使われており、有名なところでは、LETS(イギリス)、イサカアワー(アメリカ)、タイムダラー(アメリカ)などがある。
現在世界でもっとも参加者が多い「地域通貨」がある国は、アルゼンチンである。アルゼンチンでは、国民通貨の信用があまり高くないために、「地域通貨」が盛んになっているという社会背景がある。
またそれぞれの「地域通貨」には特色がある。「LETS」や「イサカアワー」は国民通貨と併用しても良い。お金として使うこともできるということである。
スイスのヴィア(WIR)は70年近く地域通貨としての実績を持っており、これは国民通貨と併用が義務化されている。お金を使うとき、半分は地域通貨として使いなさいという意味を持っているものである。
「タイムダラー」や「エコマネー」は、国民通貨としては使用できず、お金では現せないコミュニティ通貨の役割を果たしている。
2. なぜ栗山町でエコマネーを導入することになったのか。
北海道栗山町は、石狩平野の奥、ちょうど札幌と夕張の中間に位置する人口15000人弱の小さな町である。栗山町も他の市町村と同様に少子・高齢化が進み、同時に急速な核家族化が進行している。そのような状況のなかで、1999年春、当時の町長が栗山町を活性化する方法は何かないかと模索していた折、出会ったのが「エコマネー」という考え方であった。もともと、栗山町は福祉に力をいれてきた町である。町立の介護福祉学校があり、介護に関する全てのサービス事業がそろっている。介護保険制度が導入される1年前という時期もあいまって、エコマネー導入について建設的に取り組まれ、さっそく「くりやまエコマネー研究会」が設立された。1999年6月、「エコマネー」の導入を開始した。
「エコマネー」を使うことによって栗山町では、自助、互助、共助、公助を柱として安心して暮らせる町、「まちという名の家族」の実現を目指している。参加する方、一人一人が主役となって失われつつある地域内のコミュニティの促進や地域活性化のしくみとして取り組んでいる。
「エコマネー」は地域住民が発行し、地域にあった名前をつけることから始まる。
栗山町の地域通貨「クリン」は、栗山町の「栗」をやわらかく表現し、英語のクリーン(清らか)の意味から名づけた。
始めの頃、町の人々に「エコマネー」の活動や意味について、長々と説明をしていると、あるおばあちゃんが言った。「それって、「てまがえ」のことですね」と。
「てまがえ」、「ゆい」、「もやい」などと言われるが、一種の労働の交換である。誰かに何かしてもらい、誰かに何かしてあげること。「てまがえ」は、昔から連綿と地域のなかで行われてきたことなのである。「てまがえ」=「エコマネー」だ。自分しかできないではなく、自分もできることを出し合い、「クリン」を通して人から人へつながっていくとき、感謝の気持ちや思いやりが芽生える。誰もが気軽に参加して支えあい、助け合える地域社会を目指しているのである。
3. エコマネー取り組みの内容
栗山町では、エコマネーの本採用に向けて、現在3回目の試験流通の実験をしている。
第1回目の試験流通は、2000年2月〜3月に実施した。参加者は256人。方法は、参加者どうしが、メニュー表をみて、サービスを提供してほしい方に直接電話で依頼するという方法である。このときは、1000、500、100の3種類のクリンを、合計2万クリンほど発行した。まず、「私は何何ができますよ」という内容と住所などの連絡先を登録し、メニュー表を作成した。
試験結果によってわかった大きなことは、2万クリンは配りすぎたということだった。期間が2ヶ月で、1回のサービスは1000クリンなので、一人は20回分のクリンを持っている。なのに、誰も使おうとしないのだ。256人の人は、積極的に参加したいという意思をもって参加した人たち。何かしたい、何かやってあげたい人たち。しかし、動かない。「誰も私のところに頼みに来ない」、「電話が来ない」、「やりたいのに。どうして?」。たくさんの人から苦情が寄せられた。そのとき私が皆さんにお願いしたのは、「あなたが何かをしたいという気持ちがあるのであれば、まずあなたが頼んでみてください。使ってください。」ということだった。
「クリン」は使わないとコミュニケーションは生まれない。お互いが顔見知りにならない。
「エコマネー」は貯金と違って貯めるしくみではない。循環させて初めて意味が現れるもので、いかに多く使いまわして循環させるかというのが大切なのである。
ポイントは、「自分を通りすぎたクリンが多くあればあるほど、自分が多くの活動に参加したこと」になることである。
試験途中には、参加者どうしの交流を図るために、「フェステイバル」を開催してみた。
事前の電話の聞き取り調査では、40%位の人しかまだ使っていないことがわかった。それで、フェステイバルではメニュー表に記載されている「何かできる人たち」に「そば打ち」を教えてもらう、「紙飛行機の作り方・飛ばし方」を教えてもらう、などたくさんの参加の機会をつくった。結果、期間の最後のアンケートでは、76.8%の人が参加してくれたことがわかった。
このときの最大の課題は、直接頼みたい相手に電話をするという、依頼の問題だった。
私が「犬の散歩をしてもらいたい」と思ったら、犬の散歩ができると登録している人に、直接電話して依頼しなくてはならない。これは非常に頼みづらいとアンケートに記された。
この人に依頼したい。しかし相手の都合が悪いときには、本来エコマネーの精神は強制されるものではないから、次の人、次の人へとまわっていく。結局依頼する人が、提供する人に出会うまでにかなりの時間がかかってしまうのだ。
そこで、2回目の試験流通のときにはさまざまな点を修正した。
2回目の参加者は553人。このときはクリンを5000クリンしか配らなかった。
また、1回目のときには、依頼事1回が1000クリンだったが、今回は1時間を1000クリンにした。「エコマネー」の重要な点は、「エコマネー」はお金で評価できるようなサービスはあまりないということである。「犬の散歩」や「除雪」、「モーニングコール」、「カラオケに一緒にいって歌ってもらう」、「家事を手伝ってもらう」、などである。30分から1時間のちょっとした活動、お金では表現できないような内容がメニューに登録されている。
また、1回目のときにはボランティア保険に256人全員が加入したが、2回目は、ボランティア保険に一人も加入しなかった。これは、1回目には何の事故も起きなかったので、2回目は、一度保険をかけないでやってみようと考えたのだ。結論は2回目のときも何の事故や事件も起きなかった。
最初に取り組もうとしたとき、よく聞かれたのは、エコマネーを行うことによって何か悪いことをする人は現れないのですか?というものだった。1回目のときに一応警察官に説明にいったら、反応がすべて悲観的なもので、とても残念な気持ちになったことを強く覚えている。
そこで、2回目では、楽しく活動しようということを大切にした。机上で考えるより、とりあえずやってみて考えよう、楽しくやろう。というものだった。そこで部会の構成も変えた。研究会設立当初は20人で構成されていて、参加者は256名だった。
2回目のときは研究会のメンバーは50人に増えていた。そして参加者は、553人である。研究会のメンバーが増えると参加者も増えるということがわかった。
部会は、「支えあう福祉部会」、「きらきら子供部会」、「さわやか環境部会」、「ふれあい地域部会」、「生き生き推進部会」というようにおもしろいネーミングにした。
野球や、サッカーなど何でも良いから教えることができる人はたくさんいるのだが、なかなか橋渡しをできないのが現状だ。しかし、「エコマネー」はそのような状況を打破してくれた。最初はメニュー表をみて直接依頼するだけだったのが、2回目からは、福祉のボランティアや子供活動に携わる、環境の活動がしたいなど、より具体的になりテーマも明確になった。
また1回目のときの大きな課題であった依頼方法の解決のために、とりあえずモデル地域を設定して、コーディネーターを置いてみた。その結果、コーディネーターを置いたところの方が使いやすく、利用しやすいということがわかった。
3回目は、すべての地域でコーディネーター制を導入した。
コーディネーターは、依頼に関する仲介やマッチングの役割を担ってもらうものである。
以前のように、電話で直接相手に依頼するのではなく、パソコンでも電話でも直接でもどのような方法ででも、まずコーディネーターに自分の希望を伝えることで参加が可能になり、とても便利になった。
コーディネーターは、依頼者からの希望をどのような優先順位で、つなぐかというと、
1.依頼者の近くの人
2.クリンの所有額が少ない人
である。
かつて、あるおばあちゃんから雪かきの依頼があり、たまたま近所ではない人がその役を担ったところ、おばあちゃんの隣のおじさんから、「なんで俺に言ってくれないのか。言ってくれればしてあげたいのに」と言われた。雪かきをしてくれた人も私たちも、悪いことをしたわけではないのだが、双方に平謝りをしたという苦い経験がある。
近所づきあいを考えれば、もっともなことである。そこで、上記のような優先順位を考えたのである。
「エコマネー」の大切なことは、「感謝の気持ち」である。
1回目のときには、1回:1000クリンとし、2回目では、1時間:1000クリンである。では、100クリンとか500クリンは何に使うのか。それは、感謝の気持ちにつかってほしいということである。雪かきしてもらって本当に感謝したとき、1000クリンのほかに思わず100クリンをあげたくなる。こういう形で使ってもらいたい。
ただ、この方法だと、依頼時に値段設定ができなくなってしまう。システムが機械化されているので、情緒的な値付けができなくなってしまったことは残念であるが、相手に対してその場で値段をきめるのが商売の原点である。少しでも感謝の気持ちをクリンで表現できればと思っている。
3回目の試験流通では、保険は加入するのも加入しないのも本人の意思に任せている。加入するかどうかは自分達で決めるということである。当たり前といえばそれまでだが、3回を経験してようやく実感として理解できたことである。
3回目の試験流通では「エコポイント制度」も拡充した。
エコポイント制度は、買い物をしたときに、自分で買い物袋を持参し、レジで「レジ袋はいりません」「包装紙はいりません」と伝えることで、エコポイントカードにポイントがもらえ、5ポイントで、500クリンと交換できるというものである。
町内のスーパーマーケットやコンビニエンスストア、商店街などに協賛いただき、実行している。この試みは、「エコマネー」に対してあまり理解を示してくれなかった商店街の人たちに理解を深めてもらえる「きっかけ」になったことの意味が大きいと思う。
こうして、互いにコミュニケーションを深めることによって、さらなるアイデアが生まれたりするのだ。
エコポイント制度では、エコポイントにより販売が促進された協賛店から、1ポイントあたり2円を、エコマネー研究会に「緑の基金」として寄付していただき、エコマネーを通して行われる環境美化活動(植樹のための幼木の購入費用など)にも活用している。
4. エコマネーとは何か
栗山町で数年間にわたって「エコマネー」の取り組みを行ってきて改めて思うことは、「エコマネー」とは「道具」であるということである。
何かをしようとしたときに必要なものは、達成するための助けとなる「道具」であるが、その使い方はさまざまにあるだろう。
行政から「こうしてください」と命令されるのではなく、私たち自らが考えて、参加する活動では、私たち自らがアイデアをだし、その方法を皆で決め、実践していくことが鍵となる。「エコマネー」はまさしく、私たちが住民主体で活動するためのもっとも有効な「道具」であったのだ。
北海道の観光キャンペーンの標語には「試される大地」とある。私が思うには、試されているのは「人、志」だと思う。地域づくりの本質は、皆が住んでいる地域づくりに対して、自分が如何に主体的にかかわれるかということだと思う。主体的にかかわるということは、関心があるから、好きだから、楽しいからであろう。
エコマネーや市民活動を行うとき、主体的にかかわる楽しさに気づいてほしいと強く思う。誰かに何かをやらされることと、自らが楽しさを感じて主体的にかかわることは、全く意味が異なるはずだ。
「クリン」はただの「紙きれ」である。しかし、おばあちゃんから何か頼まれごとをしてあげたときに、おばあちゃんから「クリン」をもらう。「クリン」はただの「紙きれ」なのであるが、この瞬間は、本当に嬉しい瞬間である。じわっとくる、じいーんとくる嬉しさ、である。
私は、是非一人でも多くの人たちにこの嬉しさを感じてほしいと思っている。
5. 参考
※この講演内容は、2002年11月現在のものです。
「くりやまエコマネー研究会」は、第3次試験流通を無事終了したのち、発展的に解消し、現在は、NPO法人くりやまコミュニティネットワークとして活動を展開しています。
NPO法人くりやまコミュニティネットワーク ホームページは
http://npo.iki2.jp/
地域通貨のポータルサイトは
http://npo.iki2.jp/localcurrency/
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