講師紹介

山本  良一氏

昭和21年生まれ。
昭和49年東京大学工学系研究科大学院博士課程修了。工学博士。
現在、東京大学生産技術研究所教授。
日本MRS(日本材料研究学会)前会長。
エコマテリアル研究会会長。 専門は、材料物性。



1. 我々がおかれている地球環境の現状

人口が爆発的に増加している。
また、環境破壊や資源の枯渇化も急速に進行している。
途上国の生存と豊かさを求めての急速な経済成長による環境破壊と、先進国に おける資源エネルギーの過剰消費による環境破壊は、今や地球生命圏を脅かすに至っている。
特に先進国における自己目的化した量的成長、自らの欲望を作り出してそれを満足させるために努力するといった消費行動、また大量生産、大量消費、大量廃棄をもたらす市場経済と、先端技術に内在する欠陥(リサイクルには膨大な環境影響を伴うなど地球環境容量が考慮されていない。
また市場経済には環境コストが反映されていないなど)によってこのような近代工業文明が地球規模では継続不 可能であることは、もはや誰の目にも明らかであろう。
ここで、我々が作り上げた文明がいかに持続可能でないかの理由を挙げておこう。

<1>自然収奪的な工業、農業、漁業であること
・枯渇性の金属資源、化石燃料に依存している。
・土壌の劣化、熱帯雨林の伐採、漁獲量の飽和。
・農業生産性が飽和しているのに、人口増加が続いている。

<2>資源消費のマテリアルフローと使用している物質の多様さ
・膨大な総物質需要量 85トン/人・年(米国)
(日本は45トン/人・年)
・人類全体のエネルギー消費が自然エネルギーと同程度に近づく
・膨大な資源エネルギー・食糧の廃棄

<3>地球規模(あるいは地球レベル)の環境破壊の進行
・温暖化に伴う異常気象(大洪水、熱波、暴風雨、干ばつ、森林火災など)
・オゾンホールの発生、酸性雨、生物多様性の減少など
・戦争に伴う資源浪費と環境破壊

<4>南北格差、社会的不公正、世代間不公平等による社会的緊張の高まり
このような状況の中で今後どのように展開していくのかを、私なりに予想し「崩壊シナリオ」としてまとめてみた。

【第一段階(〜2010)】
・廃棄、都市ゴミ処理をめぐる紛争の多発
・大気汚染、土壌汚染の深刻化
・地球規模の異常気象の連続化(大洪水、大暴風雨、干ばつなど)
・これによる農業の大打撃、食糧価格の高騰化
・経済損失の巨額化と金融不安

【第二段階(〜2030)】
・安い石油の枯渇化とエネルギー価格の高騰化
・複数の原発で重大事故発生
・資源獲得をめぐる地域紛争の多発
・一部金属の枯渇化の始まり

【第三段階(〜2050)】
・異常気象が激しくなるのに伴う、環境難民が大量発生
・環境難民の越境移動により、ついに全面戦争の発生
・大量の死者をだして戦争は終結するが、温暖化は続く
・新たに国際環境連合が結成される
・ 環境負荷を資源の国連管理始まる

このような深刻に悲観するしかない状況を引き起こしている原因は何か。
それは、我々の膨大なエネルギー使用による、地球の限界を超えた産業活動に他ならない。
このことから導き出されることは、「経済活動が環境影響を伴うことは避けられないが、地球環境容量の枠内で永続性を考えなくてはならない」ということである。




2.持続可能な発展のために

<1>目標としての脱物質経済、そのための環境効率
科学・技術を更に発展させ、市場メカニズムを補正しながら進んでいく他に途はないだろう。
現在の地球環境問題の解決は一国、一地域の努力だけでは不可能である。
まず、長期的視野に立ち、後悔しないような対策をたてなければならない
(予防の原則)。
さらに、環境バランスのためには社会バランスの回復が必要である
(平等の原則)。
そして、環境破壊の原因を作った人が修復のための費用を負担すべきである
(汚染者負担の原則)。

具体的には、世界の資源・エネルギーの使用量を1990年の1/2までに下げる(エコロジカルガードレール)。
途上国は一人あたりの資源エネルギーの使用量を若干増加させて経済を成長させ、人口抑制に取り組み、OECD諸国は一人あたりの使用量を1/10にまで削減し、脱物質経済を実現させる。
途上国にしても先進国にしても最終目標は脱物質経済の実現である。
その根本は、資源・エネルギーの多消費と経済的繁栄をでき得る限り分離することである。
ファクター10とは、資源生産性を10倍に高め、同一のサービスを従来の資源エネルギー量の1/10で提供することであり、その達成には技術のみならず、社会経済システムの革新が必要になるのである。


【脱物質経済】
@ 資源エネルギーの多消費と経済的繁栄を分離する
A 資源生産性を飛躍的に高める
B 労働生産性よりも資源生産性の向上の方が重要
C エコデザインされた製品及びサービス
D 製品を売るのではなく機能を売る
E 製品はサービス提供機械
F 機能拡張容易な製品(成長する機械)

1992年に開催された地球サミット以降、経済成長と環境保全をどのように両立させるかが大きな課題となっている。
このサミットでは、「持続可能な発展」および「環境効率」の二つの概念が新たに提起された。製品サービス等の環境効率を向上させるためには、脱物質経済に示すような7つの側面で環境品質を改善しなくてはいけない。
これを実行するためには事業所ごとに環境管理を徹底的に行うことが必要になる。
環境管理を行い、環境効率を向上させ、質の高い製品・サービスをを生産し、そのライフスタイル全体に責任を負うことが経営者の目標となるはずである。


【環境効率(Eco−Efficiency)の原則】
1. 製品及びサービスの物質集約度を減少させる
2. 製品及びサービスのエネルギー集約度を減少させる
3. 毒性物質の放出を減少させる
4. 材料のリサイクル可能性を増加させる
5. 再生可能資源の持続可能利用を最大化する
6. 製品の耐久化を拡大する
7. 製品のサービス集約度を増加させる


<2>エコデザイン
環境に配慮した製品やサービスを設計・生産することを、エコデザイン(環境配慮設計)という。
すでに述べたように、脱物質経済の実現のためには、エコデザインされた製品あるいはサービスを社会に普及させなければならないが、それはグリーン購入によって推進される。
グリーン購入によって消費者そのものも環境意識にめざめ、環境によりよい製品を使うように変わっていくことが期待される。
そのためには、製品のライフサイクル全体で環境に対する影響を定量的に評価できるような手法が必要である。
これをライフサイクルアセスメント(LCA)といい、まさにエコデザインの道具である。
LCAについては、ISO14000シリーズの中で現在規格化作業が進行中であり、すでに一部の規格(ISO14040)が発行されている。


<3>急速に進むグリーン購入
消費者が環境に配慮された製品およびサービス(エコプロダクト、エコサービス)を優先的に購入することで、市場の圧力によって製造業者をエコデザイン(環境に配慮した設計)、クリーナープロダクション、ゼロエミッション(廃棄物ゼロ)の方向に導くことが可能である。
製造業者は市場で売れる製品を生産するはずだから、消費者が一致団結すれば、市場のグリーン化を達成することが可能に違いない。
問題は一般消費者や購入者がどれくらい環境意識を持っているか、環境意識を高めるために環境教育が十分なされているかどうか、グリーンコンシューマーが圧力団体として組織化されているか、製品・サービスについての信頼できる環境品質情報が入手可能かどうか、という点である。
また、グリーン購入が制度的に保証されていることも重要である。
ただし、政府による法令化については、国際的貿易障壁となる危険性が高いので、世界で法令化している国はまだない。

欧米各国でも様々な率先的な取り組みがなされているが、我が国においても1995年6月の閣議において、政府の率先実行計画が定められ、それに基づき物品調達にあたってのガイドラインが、まず紙類、文具、コピー機、自動車について策定され公表されている。
自治体の中では滋賀県が全国に先駆けて「環境にやさしい物品の購入基本指針」を定め、具体的な商品名をあげて推奨している。
民間企業でも積極的な取り組みがなされつつある。
キヤノンは、独自にグリーン調達基準を制定し、部品・部材メーカーの企業体質と商品自体を18項目の基準でグリーン度を判定している。
日本では、1996年に、企業、行政機関、民間団体によりグリーン購入ネットワーク(GPN)が結成された。
今年7月末の会員団体数は、1516団体で、内訳は、企業1101社、自治体230団体、民間団体185団体となっている。

グリーン購入ネットワーク(GPN)では、基本原則を作成し公表している。
  • その製品のある一面ではなくライフサイクル全体の環境負荷を考慮して購入する。
  • 資源やエネルギーの消費が少ない、持続可能な資源採取であること、長期間の使用が可能、再使用・リサイクルが可能であること
  • 環境監査など積極的に環境保全にとりくんでいる企業の製品を購入すること
  • 製品に対する環境情報の開示を勧め、環境情報を積極的に行っている製品を購入すること

また製品についての具体的な購入ガイドラインを明示するほか製品情報、取り組み情報なども随時掲載し、改訂している。
徐々に増えつつある会員数は、これらの団体が率先してグリーン購入を行うことで製造、流通業界に多大な影響を及ぼし、一般消費者を含め、社会全体をグリーン化する力を備えていることを窺わせている。


【グリーン購入ネットワーク(GPN)事務局の連絡先】


〒150東京都渋谷区神宮前5−53−67
(財)日本環境協会青山オフィス内
TEL03−3406−5155
FAX03−3406−5190
ホームページアドレス http://www.wnn.or.jp/wnn-eco/gpn/


<4>環境報告書によって形成される企業イメージ
環境報告書の作成と積極的公開は、21世紀においては重要な企業戦略となるであろう。
我が国でも環境報告書に基づく広い意味での環境コミュニケーションとパートナーシップの確立の重要性が認識され、今年6月には、環境報告書ネットワーク が設立されている。
しかし、残念ながら我が国の環境報告書についての取り組みは、ヨーロッパに比較して極めて遅れを取っているといわざるを得ない。
今年、「障子の陰に隠れる日本企業−トップ企業の環境報告書を調査して」というタイトルで論文が掲載された(著/ジョン・エルキントン、Tomottow:Global Environmental Business誌)。
批判の要点はこうである。


  • 40%しか経営責任者のイメージを載せていない。
  • 自分の企業の短所にふれることは日本の企業にとって苦手のようだ。
  • 持続可能の発展についての言及が少ない。
    日本の企業の経営陣は、不自然なほど発言しないといわれている。20社の内5社しか触れていない。せいぜい環境効率どまりである。
    経済的成功、環境の質、社会的公正が重要。
  • 65%は環境対策への支出について触れていない。
  • 報告の第3者による検証を受けたものはゼロ。

厳しい批判ではあるが、反論の余地はない。


<5>期待される企業の力
21世紀に向けて、持続可能な発展のためには脱物質経済の社会を実現することが肝要である。
そこでは、企業の力が重要な存在になる。
企業がリーダーシップを発揮し主役にならなくてはならないのである。
江戸時代、沢庵禅師が柳生新蔭流等の武術の奥義に影響を与えた「不動智神明録」の中に、次のような記述がある。
『人間は欲の塊である。これを避けて通ることはできない。むしろ、欲の力を借りて無欲の義を行うは道なり。』
私は、これを現在の我々の状況に置き換え、読み替えてみた。
「欲」=企業利益を追求する資本および個人
「無欲の義」=持続可能な発展
「道」=環境効率
とするならば、すなわち、「企業の力により環境効率の向上をめざすことによ って持続可能な発展をする。
これが、21世紀に向けての環境戦略ではないか」と。

 
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